青森の法事の件
「え、あれ。どうしてみんなして困ったようになっているの?」
その場を助けてくれたのは、武士で繊細な葉山だ。
「ちょっと待って、俺は?俺は友達じゃなかったの?俺はクロには大事じゃない?」
「友達です。おばあちゃん、友君もすごくすごく大事な人です。」
葉山は僕の言葉に安心したという顔を作り、さらにわざとらしく胸に手を当てている。僕は山口に肘でグイっと押されてよろめき、葉子と祖母はそんな僕達に対してけたたましい笑い声をあげた。
誤解をさせてしまったかもしれないが、僕に友達って言ってくれた人は漏れなく友達のどこが悪い。
僕は友達が少ないのだ。
「もう、本当に玄人は面白い子よねぇ。そうか、そうか。」
花を抱えたまま爆笑している葉子が笑いながら僕達をリビングのソファへと導き、彼女はそのまま花を活けるためにキッチンの方へと移動していった。
僕達がソファに落ち着くと、僕の左隣に座った祖母がわくわくとした声を出した。
「和尚様はいついらっしゃるのかしら?世田谷のご自宅よりもお仕事で活躍されている此方の方がお会い出来ると聞いてね。」
祖母は良純和尚の大ファンのようだ。
そうか、松野邸突撃は彼目当てか。
彼女は僕の大怪我を知ったその時に倒れたのは本当だが、僕の個室に無理矢理にベッドを入れて納まるや、病室に病人として居座ったという鬼婆だ。
そして、その仮病で入院している際、良純和尚の素晴らしい介助を僕から横取りして堪能し、そのうちにその介助の為だけに病院に居付くのではないかと大怪我で死にそうな状態の僕を寒からしめた程である。
「彼を迎えにすぐに来ますよ。百目鬼さんは玄人君の守り人ですからね。」
白けた僕の代わりに僕の隣を陣取った山口が、好青年の風で僕を挟んで祖母に話し掛けきた。
どうしたのだろう。
いつもの透明人間の衣を脱ぎ捨てて、金粉が周囲にチラチラと舞っているかのようなキラキラした本来の淳平君になっているのだ。
「どうしたの?山さん、いつもと違わない?なぜだか、美男子に輝いて見えるよ。」
向いに座る葉山が身を乗り出して小声で僕に囁いた。
やっぱり仲のいい同僚だ。
相棒の変わりように気付いている。
そして、僕もなぜだろうと首を傾げた。
「良かったわ。今すぐにも夏の法事についてご相談したい事があったのよ。」
あぁ、と僕は頭を抱える。先祖代々の二百五十年目の法要だ。その三年後の秋は祖父の十三回忌が待っている。それどころか、実は毎年お盆に親族が集結して法事をしているのだ。なんて法事が好きな一族なのだろう。
「玄人君の実家には菩提寺の住職様がいるではないですか。」
「法事でなくて玄人の相談役として青森にいらして欲しいのよ。和尚様が傍についていてくれるなら、玄人も安心して法事に出れるでしょう?」
常識の落し子の葉山に答えながら、祖母は僕に優しく提案するが、そもそも「僕は法事なんか出たくない」と、どうしたら伝える事ができるだろう。
角を立てずに。
「百目鬼さんが駄目だったら、僕が休みを取って付いて行ってあげるよ。」
僕の右手を両手で包むように握って、山口が僕ににっこりと微笑んだ。
山口、良い笑顔をしているけど、君の首を絞めていいですか?
「それじゃあ、俺も休みを取るよ。一度東北に行ってみたかったんだ。」
葉山、非常識班へようこそ。
僕は遊びたい盛りの警察官にうんざりして、いつもと違う行動を取ってしまった。
丁度お茶セットを運んできた葉子に叫んだのだ。
「葉子さん。角を立てずに、法事に出たくないですって、どう言えばいいですか?」
しかし彼女は何の知恵も僕に授けてくれず、大笑いをするだけだ。
あ、工芸茶のジャスミンティーとパイナップルケーキはくれた。
「何を言っているの。あなたは武本の跡継ぎでしょう。跡継ぎが法事にいなくてどうするの!昨年も一昨年も、その前だって、高校生になってから一度も青森に帰って来なかったじゃないの。元気になった今こそ、皆に当主として挨拶しなければ駄目でしょう。」
「だって。」