松野邸で僕達を待っていた人達
葉子さんの照れた顔を見て、僕が贈った花を気に入ってくれたのだと思ってホッとした。
僕はきつい物言いの葉子こそ優しい女性に思えるので、香りの良い薄紅色のオールドローズに、淡いブルーや白色の小さな花々を添えてブーケのような丸いアレンジメントを作ってもらったのだ。
そこに赤いストロベリーキャンドルが数本ツンツンしているのは山口の悪戯だ。
だがそれが淡い色の花々を引き立てて、花束が丸く可愛いだけでない個性的をも感じる雰囲気を醸している。
「ええと、ストロベリーキャンドルを足したアイディアは淳平君ですよ。彼はセンスがありますよね。」
僕の言葉に頬を赤らめたのは山口だった。
うわぁ、もじもじして可愛い。
彼は自分をいつもその他大勢にカモフラージュしてしまうが、彼だけを見つめると、スーツの形から持ち物まで彼は自分のスタイルを持っている。
彼の愛用鞄は有名な店の帆布鞄である。
彼はその黒い鞄を、まるで幼稚園児のように斜め掛けにしているのだ。
「仲がいいのはいいけれど、あんたの傍に和尚様がいないのは不思議な感じね。」
葉子の言葉に僕達は顔を見合わせて肩を竦め、それから葉子の後を追って居間へと進んだ。噂の良純和尚は僕を山口に放り投げると、彼は一人で楊のいる相模原へと発ってしまったのである。
彼も本業があるだろうに、相談役として責任感が強い彼は、常に僕の事を一番にして動いてくれるのだ。
とてもありがたく嬉しいが、そのたびに自分を決して一番に考えてくれない両親という存在を思い知らされて、僕はそのたびに彼に問いかけたくもなる。
いつまで、僕を一番にしてくれるの?と。
「お前を含めて馬鹿な親戚が武本には多いからね、物事は全部俺が把握しておかないと、俺が後で困るじゃないか。」
出掛けにそう叫んだ彼の言葉が思い出され、彼は自分が一番大事なのかもしれないと急に思いつき、勝手に自分で考えた勝手な想像で勝手に落ち込むという馬鹿なことになった。
こんな僕では、小学生の頃の溌溂とした玄人を知っている親が、僕を受けいられる訳がない。
「あらぁ、羨ましい。玄人は私には花も贈ってくれないのに。」
僕の陰鬱を吹き飛ばす声に、僕は首が折れるかと思う程の勢いで頭をあげた。
噂をすればの、僕の鬼婆が松野邸にいたのである。
老けた僕の顔を持つ、艶やかで騒々しい呪いの雛人形。
「あれ?おばあちゃんは台湾だって加奈子伯母さんが。」
咲子は葉子と同じく年齢不詳の外見ながら、葉子と違って和装姿だ。
彼女は小柄な体の癖にこれでもかと豪奢な小紋か派手な絵羽模様の着物を普段着に羽織る。その上、彼女の玉ねぎのように結った黒髪は、着物の毒々しさにも負けないような紫色を帯びている。
そんなサイケデリックな僕の祖母は僕達の到着を待ちきれなかったのか、大きく居間のドアを開け放して僕に怒った振りをして立っていた。
開いたドアから見える居間のソファには若い男性の後姿があり、相棒の到着を待っていたらしい彼は後ろに振り返り、僕達の姿を認めて軽く手を上げた。
葉山友紀は山口との相棒をしており、巡査部長の二十八歳だ。
四角い輪郭に荒削りながら整った顔立ちで、山口よりも少々背が低いが、武士のような立ち居振る舞いでしゃんとして見える格好のいい人である。
けれどちょっと繊細で常識人のため、非常識人の多い楊班ではちょっと目立てない気がする。楊の相棒の髙は地味そうでも、実はかなり自分ルールで好きにしている人なのだ。
僕達は彼らの待つ居間へと歩きだした。
「まぁ、本当にちゃんと歩けるのね。お前が退院したって聞いてね、昨夜の便で帰ったばかりよ。」
「えぇ、台湾に発ったのは一昨日の朝って。えぇ。お祖母ちゃんこそ大丈夫なの?そんなハードな移動をして。」
「だって、お前が元気になったのなら少しでもお前の側にいたいじゃないの。しばらくこっちにいるからね。」
「え、ええ?」
僕はとても驚いた。ここは神奈川県だし。婆はとうとう惚けたか?
とりあえず歩きながらでも、というか少し遅くなったが、僕は祖母に山口を紹介をする事にした。僕は挨拶については祖母に厳しく躾けられている。
「淳平君、僕の父方の祖母の武本咲子です。おばあちゃん、僕の友達になってくれた山口淳平さんです。すごく、大事な人です。」
あれ?
僕の紹介の仕方が悪かったのか、祖母と葉子と山口の三人は、なぜか顔を真っ赤に染めただけでなく、ちょっと挙動不審になってしまった。
当初は吾亦紅でしたが、吾亦紅は秋の花でしたので、春に開花するストロベリーキャンドルに差し替えました。丸っこいブーケからぴょんぴょん飛び出す真っ赤なボンボンが付いた草、というイメージですので、一本の細い茎の先っちょに赤いボンボンが付いた花であればいいのです。