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子供達は屠殺ごっこをするためにブタ役を決めた(馬5)  作者: 蔵前
五 祖母と葉子と友人と、そして偽物の僕
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松野葉子さん

 松野葉子は十代でシングルマザーとなり、子供を抱えながら検事となり、検事長にまで登り詰めた女傑だと、巷では評判の憧れの女性だ。

おまけに巨大企業であるマツノグループの令嬢でもあったので、検事長引退後の現在はグループの総裁となり、どこの誰も彼女に逆らえないだろう女王様でおわす。


 そんな彼女の住む豪邸は、五年前に新築されたばかりであるが、バウハウス建築によるコンクリート造りの見た目からして大使館か美術館のようでもある。

 それは建物の外観だけではない。

 建物の警備は物々しく、マツノの私設警備員が警護しているばかりでなく、彼女の社会的重要性から神奈川県警からも警察官が常時配備されているからだ。


 かわやなぎによると、彼女の歯に着せぬ物言いと検事時代に鬼の検事と名高かった所業で、暗殺したい人間のリスト上位者でもあるのだそうだ。


 さて、五年前といえば、楊が本部から左遷された時期と重なる。

 それも当たり前だ。

 彼女は楊を気に入り過ぎたために、左遷された楊を追って横浜市の山手から相模原市へ引っ越して、相模原東署のすぐ目の前に豪邸を建てたからである。


 しかし、僕はこの親切で優しい女性に対して、孫の婚約者に楊を仕立てるほど執着しているとしても、ストーカーの女王様だと決して思いたくはないのである。


 彼女の孫で楊の婚約者は、楊の隠し撮り写真で溢れている部屋の住人なのだ。

 ストーカーの女王様にストーカーの姫様に愛された男と楊を認めたら、楊が蜘蛛の巣に掛かったモンシロチョウそのもののようではないか。


「かわさんて、ストーカータイプばっかりにモテるよねぇ。」


 僕の友人の何気ない一言で、誰もが僕と同じ思いを楊に対して抱いていたと知ったが、僕は楊の一応の弟分として兄を庇わねばならないだろう。


「葉子さんが、自分の恋した佐藤雅敏とかわちゃんの声がそっくりだって言ってました。だから、それで声が聞きたいだけで、葉子さんはストーカーでは無いと……。」


 僕は松野邸の玄関先で隣に立つ楊の部下の山口に訂正したが、彼の意識を変えられるような強い訂正など出来無かった。

 それはきっと僕が鬱で気弱だからという事にした。


「ほら、玄関前でいつまでもふざけていないで、早く入ってらっしゃい。」


 女王様が自ら玄関ドアを開け広げて、普通の祖母のように僕達を出迎えた。

 僕達が立っているのは警備員に誰何されるエントランスではなく、葉子のプライベートな区画の方の玄関なのである。

 楊のお陰か、楊に連なる僕達も彼女のプライベートな方の区画に、楊のように好き勝手に出入りをすることを許可されているのだ。


「ご心配かけて済みませんでした。それからお見舞いをありがとうございます。」


 彼女は僕が入院していた場所が世田谷であるにもかかわらず、忙しい中何度も僕を見舞いに来てくれたのだ。


「あら、昨日退院したばかりで、もうそんなに歩き回って大丈夫なの?」


「はい。だから昨日退院したのです。」


 僕をいじめた人達を殺していると死神は騙り、騙された僕は死神と対峙して死ぬために退院したのだ。

 本当はそのことは後付けで、僕は全てに脅えるだけ脅えて逃げ出してしまった結果の方が正しいが。

 結果として僕は僕に纏わりつく動物霊を使役できるようになり、その動物霊たちのお陰で怪我が完治した。


 なんて気味の悪い僕。


「ひゃっ。」


 つんっと背中を山口に突かれたのである。

 これは山口が勝手に決めたお遊びだ。

 僕が落ち込んで俯くと、彼が僕を突くのだという。

 僕を突いた山口は、おどけた表情で楽しそうに僕に笑いかけている。


 僕は口だけでありがとうと山口に返してから、家主の葉子へと見返した。

 彼女は実の祖母のような顔で僕をみつめていてくれており、目が合うとボッティチェリの描いたビーナスのような顔を綻ばせた。

 僕はそんな慈愛の女神のような彼女に、自分の手に持った小さなブーケを捧げた。


「あの、どうぞ。」


「まぁ、花なんて久しぶりよ。花束はいつ貰っても嬉しいものね。でも、あんたの見立ては面白いわねぇ。なんて優しい色合いの可愛らしいブーケなの。私が貰う花束は毒々しいものが多いから、こんな柔らかい風合いは新鮮でいいわね。」


 微笑んだ年齢不詳の美女の年齢を示すものは、豊かな長い髪が銀色に輝いているという事だけだ。

 彼女はその豊かな長い髪をゆったりと一つに結んで右肩に流し、着心地の良さそうな空色のカシミアのセーターにプリーツ加工でロングスカートにも見える灰色のワイドパンツを履いていた。

 その服の組み合わせは、知的で優雅な彼女に似合っている。


「クロトが、優しくて柔らかい色合いの方が葉子さんっぽいって言うのですよ。」


 山口の言葉に葉子は頬を赤らめた。

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