お前、それダメ
笹原家の時間は止まった。
俺は青白いろう人形になった笹原家面々の顔をゆっくりと眺め見て、どうやってさらに追い打ちをかけてやろうかとほくそ笑んだ。
「武本って、武本物産の関係者?」
突っ立っていた笹原は無機質な声で呟いたが、それも当たり前だ。
武本物産は大々的なテレビのコマーシャルなどはしていないが、ドラマや雑誌で衣装協力をしていたり、通販ページを載せて紹介している大手の雑誌もある。
武本物産が出している通販カタログなどは、かなりしっかりした作りで、普通に本屋で売っているのだ。
先日はオマケ付きの雑誌風カタログも販売したと玄人が喜んでいた。
大きくは無いが、聞けば誰でも分かる社名ではあるのだ。
「言ったでしょう。武本は親族だけは沢山いるって。」
「お、お和尚様!それで橋場って。」
父親はソファから尻を浮かせて、血の気の引いた真っ青な顔でテーブルを挟んで座る俺に詰め寄ってきた。
武本と橋場の関係をどのように説明しようかとふと考え込んだ時に、台所で割った茶器を片付けていた母親がしゃがんだ姿勢のまま叫び声をあげた。
「あなた!鈴川さんと北村さんのご主人があの時に橋場にリストラされたっていうのは、まさか、それ?あなたの会社も取引先が橋場グループの一つだったわよね!」
妻の言葉を聞いた男は、呆然とした態でどさりと再びソファに座り込んで呟いた。
「……それで俺は出向にされたままなのか。」
俺は夫妻の会話に、玄人を孫同然以上に、その以上を異常にへと変換したくなるぐらい可愛がっている橋場善之助を思い出し、大企業主が私怨を用いてはいけないが、奴なら玄人可愛さでやるだろうなと確信してしまっていた。
善之助は早世した長男の忘れ形見のお遊戯会のためだけに、自宅豪邸の歴史ある庭を潰して能舞台付き客間を作ってしまった非常識な人なのである。
いや、それとも、玄人を息子同然に可愛がっている橋場孝継の方か?
次男の孝継は玄人のためにと裏で色々と動いて、あまつさえ俺に「クロちゃんの写メール」という小煩いメールの催促をしてくる非常識だ。
ちなみに、本当の玄人の親族と呼べる人間は、玄人の父方の叔母奈央子の夫である橋場家三男の孝彦だけだ。そして孝彦もやはり玄人を我が子同然に可愛がっているが、彼は青森の工房で武本物産のために家具を作り続けているだけの人なので簡単に除外ができる。
「で、でも。俺は別に武本物産なんかに就活するつもりも、橋場グループだって眼中に無いって言うか、平気でしょう。」
怯えを含んだ声音で強がりでしかない台詞を吐く笹原の様子に、俺の心に悪戯心が湧いてしまった。俺は未熟者だ。仕方が無い。
だが、刺せるなら止めって刺してみたいものだろう?
「言ったでしょう。繋がるものはって。グループ会社ってあちらこちらのグループと繋がり合っているものなのですよ。」
「うわぁー。」
笹原のようやくの心からの叫びを背に、俺は自宅に戻ったのだった。
「お前、それ駄目じゃん。」
俺の笹原家との邂逅に、楊は俺を褒めるどころか完全否定だ。
「ダメか?」
「ダメだよ。下の人間だと思っていた脅しやすい奴が金持ち関係者だって知ったら、別の危険を呼ぶでしょう。お前、その可能性を考えなかった?うかつすぎだろ。」
「――そうか。そうだなぁ。まぁ、来たら、潰すか。」
「――頼むから俺の目の届かない所でやってくれよ。俺はどんな糞野郎でも守る立場だからさ。」
「どうした。本気でいつものお前らしくないな。」
「一緒に浮かんでいた藤崎騎士ってヤツも最低でね。」
「ナイトなのにロクデナシか?」
俺のまぜっかえしにいつもと違う楊は付き合う気も出ないほどのようだ。
彼はとても嫌そうに首を振ると、重い口ぶりで話し出した。
「女の子を車に乗せて乱暴して適当な所に捨てる、を繰り返していた。スマートフォンの画像は乱暴された女の子の写真で一杯でさ。メールは襲った子に「バラまかれたくなかったら。」の脅しメールばっかりだった。金とレイプ再びってヤツ。立場上死んで良かったなんて言っちゃいけないけどね、ぶち殺したくなる奴だね。鑑識の解析班も、ちびの携帯やデスクトップをまたいじって癒されたい、とか言い出しているよ。」
「どうしてそこでクロのデスクトップが出てくるんだ?」
「あいつのデスクトップには、悪い事どころか、馬鹿なものしかはいっていなかったんだもの。大好きなラブクラフト全集の原文に変な洋ゲー。エッチ検索の履歴にしても俺達には可愛らしいものばっかりで、普通のお馬鹿な子供のパソコンだったからさ。」
なんとなく、性的な履歴が有った事にはホッとした。
あいつは一応二十歳の青年だ。
「エッチなのはあったんだ。」
「そこで反応するお前はエッチ。まぁ、俺も聞いて安心はしたけど、……実際は可哀相だった。」
「可哀相って。」
しかし、楊は答えたくないという意思表示なのか、別の話題にあからさまに変えるためにしても、急に俺を責め始めたのである。
「それで、お前のチビは今どこなんだ?頼んだじゃん。目を離すなって。」