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#9 ヤコブの梯子

 東田と34式改の搭乗者は合流すると、地下へ穿たれた通路へと降りた。かつて地震で崩落した地下街を掘り起こして設けられたその通路は、高さ四メートル近いKRVが移動できるほどの広大さを持っており、簡易的な車両運搬用エレベータまで設置されていた。

 治安隊の隊員たちは、地下街から現れた東田の協力者に拘束され、地下街の会議室と思われる一室に監禁されている。部隊が使用していた装甲車と二台の41式は回収され、いずこかへと運び去られていった。

 隊員たちはマスクや武装を没収され、後ろ手に拘束されたまま会議室の地べたに座らされている。多井隊長は、不安げな表情を晒している部下から目をそらし、窓の外の地下街へ目を向けた。

 地下街の壁面はコンクリートの地肌がむき出しになっており、そこら中に積み上げられた雑多な機材と相まって、貧民窟の裏通りを思わせる薄汚い様相を呈していた。天井に設けられた空調のファンが唸り、真夏だというのに冷たく淀んでいる空気を騒々しくかき回している。かつて大通りの側面に連なっていたであろう店舗は軒並み撤去され、路面の一部と化していた。

 雑踏の喧噪や機械音が幾重にも反響し、冷えた空気を震わせる。天井に並ぶ蛍光灯が地下街を煌々と照らし、無数の男たちがせわしなく行き交っているが、コンクリートと機械に占められた灰色の景色は寒々しく、どこか閑散とした印象を多井に抱かせた。

 このような巨大な地下街の存在など、治安隊の隊員たちは何も知らされていなかった。ここが東田の私兵“夕映会”の拠点なのだろう。あまりにも予想を超えた光景を目の当たりにし、隊員たちはみな絶句し、狼狽していた。

「さっきお前さんが乗ってた青い34式が、注文してた俺の機体か?」

「ああ。試運転がてらに持ってきた」

 部隊が捕われている会議室の席の一画で、東田と若い男が親しげに言葉を交わしている。この若い男は、先ほど治安隊を襲撃した蒼穹の34式改のアビエイターであった。

 会議室には東田たちの他にも数人の武装した男たちが控えており、治安隊の隊員たちを油断無く見張っている。この武装した男たちの身なりはみすぼらしく、体格もやせ細っており、隊員たちへ向ける目は敵意に満ちていた。多井は、彼らの素性に心当たりがあった。この男たちは自衛軍領に隔離されていた難民であった。

 東田たちがこの地下街を復旧したのは、隔離されていた難民キャンプと接触するためだったのである。東田たちはこの地下街を介してキャンプへ火器を供給し、今回の騒ぎを引き起こしたのであった。

 多井は知る由もないが、この地下街が再建されたのは昨日今日の話ではない。地元の武装勢力が、拠点として活用するために長い年月を費やして復旧と改修を行ってきたのである。その武装勢力を東田の夕映会が吸収合併し、現在に至るのであった。

 そして、夕映会が手中に収めているのは、この難民キャンプ付近の地下街だけではない。震災や紛争で放棄された地下施設はここだけではないし、山中に朽ちたまま忘れ去られている工場なども物資や人員を秘匿するには適していた。

「あの34式改は、アンタが昔乗ってたマーク1ほどじゃないが、なかなかの動きだったろう」

「いや、すまんが車の中にいてよく見えなかった」

「それは残念だ」

 東田とこの若い男の関係は、対等な取引相手であるようだった。若い男は蒼穹の34式を東田のために用立てて、ここまで運び込んだのだと述べる。

「本当は試験用のタコ助に乗ってきたんだけど、やられちまったんだよ」

「ふうん、お前さんを墜とすって、そんな奴がこんな田舎にもいたんだな」

「まあ手加減したからな。表の仕事のお得意さんだったし」

 若い男は出されていた茶を飲み干すと、テーブルに置いてあったヘルメットを手に取り、席を立った。

「じゃあ、俺の仕事はここまでだ。“祭り”の邪魔にならんよう退散するわ」

「世話になったな。また頼むわ、枯野さんよ」

 枯野は東田に手を振ると会議室を出て行った。

 東田も残った茶を啜ると席を立ち、拘束されている隊員たちへ顔を向ける。

「さて、お前らはどうするか。ここで死ぬか?」

 東田の無慈悲な言葉に隊員たちは動揺するが、訓練を受けたプロの軍人の矜持をかけて取り乱すことは無かった。

 口をつぐんでうなだれるしか出来ない隊員たちを横目に、多井は慎重に言葉を選び、東田に訪ねた。

「なぜ我々をここまで連れてきた。何を望んでいる」

 東田が治安隊を始末するつもりであるならば、先ほど青い34式改に殺させれば済む話であり、この地下街に連れてくる必要は無かった。部隊が地下街へ連行されたのは、東田が彼らを生かして利用する意志があったからだと多井は洞察していた。

 多井の問いに、東田は少し考え込む。

 東田にとっても、治安隊を地下街へ連行してくることなど想定外の事態であった。

 もともとの段取りでは、難民たちの蜂起と同時に、東田たちは戦場となった難民キャンプへ潜入して地下街への通路を隠蔽しながら撤退するということになっていた。ところが、東田が難民キャンプ付近のセーフハウスにて待機している時に、治安隊が押し入ってきたのである。治安隊の接近を察知した東田は同志に助けを求め、結果として枯野が34式改の納入のついでとして迎えに参じたわけであった。

 東田が治安隊を連行したのは、自衛軍がどれほど東田たちの情報を掴んでいるのか吐かせるためである。そしてそれ以上に、手駒として引き込めるのであればそれに越したことは無いとも考えていた。しかし、この多井の様子では満足な情報を与えられていないようであるし、仲間に勧誘できる気配も無かった。

「俺は平和主義者なんだ。むやみに人命を奪うような真似はしないさ」

 とりあえず、東田は真顔で出任せを言ってみた。

 隊員たちは黙ったまま東田の顔を見上げている。彼らの眼差しにはあからさまな不信の色が浮かび上がっていた。

 東田は溜め息をつき、隊員たちの近くに椅子を引き寄せ、それに腰掛けた。

「さっき車の中で言ったろ。お前らも“祭り”に噛まないかって。俺たちには人手が足りないから勧誘しようと思ったんだよ」

「我々は貴様を逮捕しにきたんだぞ。言うに事欠いて、テロ活動に勧誘だと? 笑わせるな」

「今さら軍に帰っても査問と処刑が待ってるだけだぞ」

 東田の無配慮な言葉に、多井はほだされるどころか激昂した。

「くどい! テロリストとの交渉には応じないと言ったはずだ」

 多井だけでなく、隊員たちの顔にも赤みが差し、その瞳は怒りに燃え上がっていた。

「殺すなら殺せばいい。我々はその覚悟がある」

 堂々たる態度である。隊員たちは後ろ手に拘束され、地べたへ座らされているにも関わらず、その背は真っすぐに延ばされ、責務を負った兵士としての威厳を纏っていた。

 隊員たちを監視していた難民の男の一人が、凍えるような冷たい目で小銃の安全装置を外し、その銃口を多井の頭へ押し付ける。

「やめとけ」

 東田は小銃を構えている男の腕をそっと抑え、銃口を多井の頭から外した。

 多井は動じず、難民の男をにらみ返している。

 死ぬ覚悟があるのならなぜ34式改に捕縛された際に抵抗しなかったのか、という言葉を東田は飲み込み、しゃがみこんで多井と目線を合わせた。

「なあ、俺はな、お前らみたいな若くて元気のいい奴らを殺すのは望みじゃないんだ」

「だったら何をしたいんだ。街をあんなに滅茶苦茶にするのが貴様の望みなのか」

「この街がメチャクチャなのは、もうずっと前からだろ」

 東田の言葉は正論であり、多井は言葉に詰まった。

「とりあえず、俺の話を聞いてくれ。殺されるのはその後でもいいだろ」

 東田の声音は穏やかだった。多井や隊員たちは尋問や洗脳に対する訓練は受けていたが、充分ではなかった。東田の言葉や雰囲気には、頑な敵意を持った者でも知らずに飲まれるほどの説得力があったのだ。


 カオリは運搬車の運転席に座ると、後部座席のタダシの助言に従って電源を入れた。リニアタービンの甲高い吸気音と共に起動した運搬車は、ノロノロとガレージから駐車場へ進む。

 駐車場には車両の残骸と無数の死体が方々に転がっており、火の手を上げている。その奥には、フェンスに乗り上げた状態で停車している二台のバンがあった。

 タダシはポケットに詰めてあったレーションを頬張りながら、後部座席の前面に備えられているレーザー銃座の手動制御用ハンドルを弄んでいる。

「タダシ、上の鉄砲であの二台の車をやっつけて」

「わかった」

 タダシはレーザー銃座のハンドルに備えられているキータブレットを操作し、自動迎撃モードを解除すると、電圧制御装置と照準装置を起動する。火器管制システムが起動し、ハンドル中央のスクリーンに外部の映像が表示された。

 タダシはハンドルを操作して銃座を旋回させ、二台の襲撃者のバンをスクリーンに捉える。スキャンスイッチを押しながらスクリーン上の円形レティクル内にバンを納めると、車体を囲むように黄色い目標指示ボックスが表示された。バンをロックオンしたのだ。

 タダシは無慈悲にトリガーを引いた。

 何も起こらない。

 スクリーンの向こうのバンは健在であり、発砲シグナルも表示されていない。運搬車はゆっくりと前進を続けている。

 タダシは目を瞬かせた。

 実はレーザー銃座の制御ハンドルには、ごく簡素な安全装置が立木の手によって備えられていたのである。ハンドルの裏のトリガーはダミーであり、本当の発砲トリガーは無線ボタンに偽装されていたのだ。

 偽装に気付かないタダシは首を傾げる。

「こしょうかな」

「胡椒?」

「こわれてるのかな」

「じゃあ踏みつぶそうか」

 カオリは非情に宣言すると、運搬車を前方のバンに突進させた。


 生き残っていた二台のバン、その内の片方に搭乗していた者たちは、リーダーの無責任な煽動によって全滅した。一方、もう一台のバンの車内は冷静だった。

「向こうの車に乗ってた奴ら、なんでいきなり突撃したんでしょうね」

「またどうせリーダーの思いつきだろう」

 若いサブリーダーがまとめ役を勤めるこのバンの乗車メンバーは、この盗賊集団の中でも比較的知恵が回る者たちで構成されており、彼らは力ずく以外のやりかたを知らないリーダーに不満を抱いていた。

 何はともあれ、リーダーの取り巻きはみな死んだ。ということは、この集団の中で最も権力を持つ者はサブリーダーということになる。

 サブリーダーは先ほどの銃撃が自動銃座からのものであることを見抜いていた。そもそもセントリーガンは塀や屋根などの解りやすい位置に設置されており、その存在は一目瞭然であったのだ。

 サブリーダーは、セントリーガンの射線を避ける形で建物へ到達しようと考え、それを手下たちに伝えた。

「さすがタニさん、頭の出来が違いますね!」

 手下たちのヨイショにサブリーダーは気を良くし、どこぞで入手した読めもしない小学生用の国語の教科書を見せびらかす。ますます盛り上がる車内。

 多少知恵が回ると言ってもしょせんは教養の無い山賊であり、作戦とも呼べない当たり前の危機回避行動でも彼らにとっては天啓に等しいひらめきであった。

 ひとしきり騒ぎ立て、意識合わせを行ったのち、サブリーダーは進撃の号令を下す。

「慎重に、銃口の死角を行くんだぞ」

「四角?」

「あの鉄砲から隠れて行くんだぞ」

「わかりました!」

 バンは駐車場の塀に沿って、セントリーガンの射角から巧妙に逃れつつ事務所の入り口を目指して進み始めた。

 そしてサブリーダーたちは、敷地内の奥に見えるガレージのシャッターが開き、見上げるほど巨大な運搬車が這い出てくる様を見る。運搬車はリニアタービンエンジンの咆哮を轟かせながら、こちらへ向かって徐々に加速を始めた。

 サブリーダーたちは、迫り来る運搬車の山のような巨体を呆然と見上げるしか無かった。

 

 ならず者たちのリーダーは、バンの窓越しに手下のバラバラ死体を眺めながらしばし沈思黙考する。なぜ、手下たちは車から降りて、生身で突撃したのだろう。無謀だとは考えなかったのだろうか。とりあえず手駒が無くなった以上、今日のところは引いた方が良さそうだ。手下と共に外へ飛び出さなくてよかった。銃声で耳が馬鹿になりそうだ。などと、とりとめもないことを断片的に考える。

 リーダーは後部座席からいったんバンの外へ出て、運転席へ移った。

 そのとき、前方で停車していたサブリーダーのバンがおもむろに発車した。サブリーダーのバンは駐車場の塀に沿ってゆっくりと走行する。

 リーダーは首を傾げる。なぜサブリーダーのバンは、この倉庫の住人から攻撃を受けないのだろう。先行したトラックや、先ほど突撃していった己の取り巻きたちは苛烈な銃撃を受けて即死したというのに、不公平だ。

 そしてリーダーは恐るべき真実に思い当たった。サブリーダーは、ここに住まうヤクザたちとグルだったのではないか。思えば、この危険な倉庫を占領しようと言い出したのはサブリーダーであった気がする(これは全くの記憶違いであり、初めに倉庫へ目をつけたのはリーダー自身である)。理屈っぽく小生意気な若造だと思ってはいたが、よもや仲間を裏切るような真似をするとは。

 初老のリーダーの顔は怒りに赤く染まり、アクセルを底まで踏み抜いた。リーダーのバンが、サブリーダーたちが搭乗するバンの後ろめがけて突進する。


 こうして、前方から突撃する運搬車と、後ろから追突してきたリーダーのバンに挟まれたサブリーダーたちの車両は、前後から圧縮された無残なスクラップと化した。


 メシの当てが無ければ継続できないのは暴動も戦争も同じである。41式改の残弾と反体制勢力の戦力がほとんど同時に尽きようとしているのは、つまりそういうことだった。

 戦場では、みな、疲れ果てていた。誰もが引き際を見計らって、退路を求めて右往左往している。そして気まぐれに姿を眩ます暴徒を追撃する手段など、自衛軍には無かった。

 潮が引くように、街から銃声や砲声が消えていく。

 得物が姿を消した以上、もうスコアを稼ぐことは出来無い。立木の41式改は傾いだビルの谷間を縫いながら家路をたどる。立木もまた、疲れていた。

 ここのところ、立木は己から若さが失われつつあるのを感じていた。一度の仕事で前後不覚になるほど疲労困憊してしまう。KRVアビエイターの寿命は三十歳前後までと言われており、立木はその年齢に近づきつつあったのだ。

 空はまだ明るいが、そろそろ日が傾く時間である。立木は自分が空腹であることに気がついた。

 これほど苦しい戦いの日々を生き延びても、立木を労ってくれる者はいない。金のために他者の命を奪うという利己的すぎる生き方を咎める者すらいない。傭兵とは、空虚な生き方だった。

 立木は、本当に疲れていた。

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