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#8 五尺の童子たち

 中国地方の対戦車KRV分隊に属していた立木は、本部から捨て駒にされて仲間をすべて失った。左胸の傷もこのとき負ったものである。

 立木は分隊長の遺した41式を駆り、保身のために仲間を見殺しにした本部の将官らと、日ごろから立場の弱い兵卒を虐げてきた先任たちを皆殺しにして復讐を果たす。そして軍隊という寄る辺を失った立木は、放浪の果てに東海地方へ流れつき、ベンダーとして生計を立てるようになった。


 立木の事務所は古い貸し倉庫を改造したものである。

 三棟のガレージと大型トラックを数台停められる大きな駐車場からなり、電気や水道などのインフラも機能していた。また、周囲には廃墟となったビルが立ち並んでおり、それが事務所の存在を外部から隠蔽していた。

 上記のように、立木の事務所はここ周辺では抜きんでた好立地の物件であることから、傭兵や武装勢力から垂涎の的として知られている。そのため、この土地にはたびたび無法者たちが簒奪を目論んで攻め込む事があり、立木はそのたびに金にならない戦いを強いられる事となった。

 しかし、近年では立木の強さと無慈悲さが周辺に知れ渡った事で、そういった無法者による事務所への襲撃の頻度は減っていた。セキュリティのためにシンプレックスからリース契約で導入していたセントリーガンも、使用機会の減少により大半を解約してしまい、現状における立木の事務所の防衛体制は隙だらけとなっていたのである。


 富士周辺の小さな町から逃げ出してきたチンピラたちは、そこを立木という凄腕の傭兵の住処であるとも知らず、新たな移住先と定めて押し入った。

 まず、五台の車両が入り口のフェンスをなぎ倒しながら駐車場へ突撃し、うち先行したピックアップトラック二台が地雷を踏んで爆散する。空高く吹き飛ばされたピックアップトラックの荷台が、ラグビーボールのように不規則に跳ね転がりながら近隣のビルの壁面へ突っ込んだ。後続の中型トラック一台が急ブレーキを踏んでスピンしつつ、黒煙と炎の渦をかき分けて駐車場の中程へ躍り出る。残りのバン二台は、フェンスに乗り上げた状態で停車した。

「この野郎!」

 何者かによる攻撃だと勘違いした初老のリーダーが、最後尾の車両からいきり立って飛び出す。直後、駐車場のど真ん中で立ち往生する中型トラックがセントリーガンの十時砲火を浴び、爆発炎上した。怒りに任せて両腕を振り上げたリーダーの顔を、火の粉と爆風が叩く。

 立木の事務所の駐車場は、三台の車両の残骸と、ならず者たちのバラバラ死体が散乱する、戦場の様相となった。死体が焼ける悪臭がリーダーの鼻を突く。宿無しのチンピラたちは、押し入り強盗を試みてから数秒で過半数の人員を喪失した。

 リーダーは掲げていた両腕を静かに降ろし、速やかにバンの車内へ戻った。


 タダシは事務所の窓から顔を引っ込め、隣の姉の横顔を見る。

 カオリは炎上する三台の車両の残骸をしばらく窓越しに見つめていたが、やがてきびすを返すと、タダシの手を引いて格納庫に向かった。

「どうしたの?」

「立木に恩を売る」

 カオリは戦う決心をした。戦わなければ全てを奪われて死ぬだけだ。そう自分に言い聞かせた。

 立木の事務所に帰れば安全だろうという姉弟の思い込みは間違っていた。安全な場所とは、立木の事務所ではなく、立木が居る事務所なのだ。強くて金持ちな上に優柔不断な立木は最高においしいカモであり、どんな手を使っても関係を維持しなければならないと、カオリは決心した。

 そして幸運にも、立木に恩を売るチャンスが姉弟の目の前に転がってきた。あの襲撃者たちを撃退すれば、立木は自分たちの願いを聞き遂げてくれるだろうという確信がカオリにはあった。

 姉弟は格納庫に入り、運搬車の前に立つ。

「タダシ、銃撃った事あるっけ?」

「ないよ」

「タダシ、ドア開けて」

「いいよ」

 タダシは母が死んだあの夜と同じように、運搬車の後部扉の施錠を針金で器用に外した。


 残弾に余裕が無いときに限って、次から次へと獲物が網に引っかかるものだ。立木は鳴り止まない警報に毒づいた。

 立木は装弾数を表示するインジケーターを横目で気にしながら、手早く標的を片付けていく。市街地の中心部で、朽ちた高層ビルの群れを盾にしつつ、眼下に見える車両部隊へ35ミリ機関砲を放つ。トップアタックを受けた車両部隊は呆気なく火だるまとなった。

 一息入れる間もなく41式改のコンソールにロックオンアラートが表示される。IFFに反応しない二台のKRVが後背から接近してきたのである。機種はR-29。彼らは連携も何も無く、機関砲を遮二無二ばらまきながら空中の41式改へ向けて跳躍し突進する。

 R-29はR-27の上位機種であり、ずんぐりとしたフォルムではあるが、日本の41式やアメリカのKRV-11のように人型を成している。非力で脆弱であった“タコ助”とは異なり、R-29は強靭でペイロードに優れ、なおかつある程度安価であることから、ゲリラや傭兵に重宝されていた。

 立木の前に現れた二台のR-29は、機体全体に増加装甲を設けた上に左腕部へ防楯まで装備しており、防弾性能にのみ関して言えば立木の41式改に近い水準のものとなっていることが伺える。しかしロシア製KRVの宿命である動きの固さは如何ともしがたく、頑丈さに任せて一直線に突撃するばかりであった。

 立木は火線をかいくぐりながらペダルを踏み込み、41式改を真上へ上昇させる。二台のR-29は追撃するべく空中で超信地旋回を行うが、トップスピードに乗った重装甲の機体は慣性に押し流されて背中からビルへ突っ込んだ。

 地響きを立ててビルは倒壊し、粉塵が空を突く。

 瓦礫からはい出そうともがく二台のR-29へ、41式改は副腕に装備したなけなしのロケット砲を各機それぞれ二発ずつ、計四発発射する。操縦席を穿たれた二台のR-29はあえなく沈黙した。

 このR-29のアビエイターたちの腕前は、先ほど立木が交戦したR-27のアビエイターたちのものとは雲泥の差であり、楽な相手ではあった。だが、R-29の重装甲を破壊するために対戦車用のロケットを使い切ってしまったのは痛手であった。レールガンの残弾も無い。補給を行うまでは戦車の相手はなるべく避けるしかなかった。占位をしくじらなければ手頃な獲物であるはず戦車を避けて通らなければならないのは、立木にとって屈辱であるし、何よりスコアが惜しかった。

 本来、KRVは対戦車兵器であり、地上に降りない限りKRVが戦車に敗北する事はまず無い。一方で、戦車の装甲と火力はKRVにとって脅威でもある。KRVは精密機器の集合体であり、榴弾の破片でも直撃すれば一撃で致命傷となりかねない。対戦車火器が枯渇したKRVは、戦車に負けずとも勝つことは難しい。

 左腕の35ミリ機関砲と頭部の同軸機銃が尽きる前に、早く戦域から離脱し補給を行わなければならない。立木は焦っていた。


 燃え盛る三台の車両の残骸を前に、ならず者たちのリーダーは確信する。この倉庫には重武装のヤクザたちが潜んでいる。それも、かなりタフな奴らだ。

 ぼんやりとしか状況を認識していないリーダーは、車両を破壊したのは何者かによる攻撃であると勘違いしていた。実際に彼らを攻撃したのは地雷とセントリーガンという人の意志の介在しないトラップでしかなく、無警戒なまま飛び込んだ彼ら自身の無謀さこそが仲間の死を招いた原因であるのだが、そのことに気がついているならず者は皆無だった。

 バンの車内は重苦しい沈黙に包まれている。大半の仲間が突如として惨死したのだ。動揺しない方がおかしい。

 リーダーの脳内に僅かに残されている理性は、眼前の倉庫の制圧は諦めて撤退すべきであると主張する。だがリーダーの、統率者としての本能が、弱気を許さなかった。これ以上の逃避行はリーダーとしての資質を疑われる事になる。そうなれば、リーダーに待っているのは下克上であり、死だ。退くことは許されない。

 この倉庫の住人は、重武装であるが軍隊ではないだろう。ならば、先日軍隊に追われた時よりかは勝ち目があるはずだ。大丈夫、行けるはずだ。初老のリーダーは自分に都合の良い想定を行うことで己を鼓舞した。

 リーダーはバンの後部座席から、凍り付いている前席の若者の肩を力強く掴む。

「あ、ヤマさん」

 若者は惚けた顔で振り返り、ヤマさん、つまりリーダーの顔を見た。

「お前さ、ビビってねえか?」

 政治の世界でも、軍隊社会でも、ビジネスシーンでも、スポーツのフィールドでも、親戚づき合いでも、人間関係は舐められたら終わりである。当然、チンピラの世界でもそうだ。チンピラに対する「ビビっているのか」という言葉は、宣戦布告に等しい重みを持つ。

 リーダーの嘲弄を受けて、恐怖に淀んでいた若者の目に憎悪と怒りの炎が宿る。

「ビビって……ねえよ」

 若者はまなじりをつり上げ、絞り出すような声で精一杯の虚勢を張った。

「ならいいんだ」

 リーダーは若者の肩を叩き、バンの車内を一望する。座席へすし詰めになっている屈強な男たちの視線がリーダーへ返ってきた。男たちの瞳は、一昼夜にわたる逃避行と、先ほどの無慈悲な殺戮を目の前にしたことにより、怯え消沈していた。

 リーダーはこの状態を、手下の人心掌握のチャンスと捉える。彼は咳払いすると、不敵な笑みを浮かべ、死んだ魚のような目をした男たちに演説を始めた。

「おい、俺たちは運がいいぞ。いきなりデカい獲物が見つかったんだからな」

 男たちは、車外に散乱する仲間の焼死体へ目をやる。どう考えても獲物は自分たちの方だとしか思えなかったが、リーダーへ口答えする気力がある者もいなかった。

「こんだけやばい連中がいるってことは、溜め込んでるブツもたんまりとあるはずだ」

 確かに目の前にある大きな倉庫が拠点となるのならば、それは悪い話ではないと、男たちは考える。あれだけの火器を蓄えているのならば、無慈悲で恐ろしい軍隊もそうそう手出しはできないはずだ。

「今日からあそこが俺らのねぐらだ。悪くないだろ」

 自信満々に戦意を煽るリーダーの言葉に、屈強な男たちはわずかに闘志と未来への希望を取り戻す。

 この初老のリーダーは能無しで胆力も腕っぷしも今一つだが、悪運にだけは恵まれていたことを手下の男たちは思い出した。もしかしたらそれは悪運などではなく、本当は実力で生き残ってきたのかもしれない。この暴力の時代は、巡り合わせだけで生き残れるほど温い世界ではない。手下たちが気づいていないだけで、このリーダーにはギリギリのところでリスクを切り抜ける知恵と眼力が備わっているのかもしれない。まがりなりにも世界一屈強で凶暴で恐れ知らずなタフガイである自分(と手下の男たちは己自身を評価していた)を配下に置いている人間である。この男ならば、この倉庫の強大な火力を無力化し支配する秘策を考えついてもおかしくない。やはりこのリーダーについてきて正解だったのだ。

 手下の男たちの目にギラギラとした輝きが蘇った。

 車内に熱気が渦巻き、初老のリーダーは満足げに頷く。

「じゃあお前ら、突撃開始だ! 頑張ってこい!」

 男たちは各々拳銃やらナイフやらといった得物を手にし、車外へ飛び出す。倉庫の入り口へめがけて雄叫びを上げながら男たちは真っすぐに突進し、セントリーガンによって一瞬で血煙と化した。

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