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#39 草露白し

 2042年。開戦当初。

 情勢の変化により、高給取りの戦車手から使い捨てのKRVアビエイターに転身する羽目になった立木曹長は、転属先の中国地方戦線で伊出少尉と出会った。

 井出は対戦車KRV小隊を指揮する若き士官であり、海外自衛隊から出向してきたエリートだった。いわゆる軍隊の流儀に対して経験不足である一方で、戦史や政治に対して妙に教養があり、それが井出の“軍人らしくなさ”を際立たせていた。

 伊出は都会育ちであり、自然とは縁遠い世界で生きてきたという。そんな彼はリタイア後に田舎で自分の畑を持つことを夢見ており、兵舎の傍らに設けられた家庭菜園にて収穫された作物を調理しては部下にふるまっていた。井出は調理を趣味とする一方、妙に小食で、自分がそれを口にすることはあまりなかった。

 幼少期より農奴として過酷な肉体労働に従事していた立木からすれば、伊出のままごとじみた野良仕事はただの泥遊びに等しく、それは彼を大いに苛立たせた。

 若さゆえの向こう見ずさにより部隊に馴染む気が一切なかった立木だったが、しかし彼は農業に関する知識と経験を伊出に見いだされ、共に畑の世話を行う羽目になる。


 開戦から程なくして軍の補給は途絶え、前線の兵士たちは食料や弾薬などの現地調達を余儀なくされていた。自前で食い扶持を得る手段を確立せざるを得ない状況は、やがて井出の家庭菜園を小規模ながらも本格的な農場に拡充させていくこととなる。

 立木が後に思い返してみると、井出はかなり早い時期から、食料の供給が途絶えることを予測していたようにも感じられる節があったような気もした。今となっては実際のところはわからない。とにかく農場を仕切る井出の発言力が基地内で急速に高まっていったことは確かな事実であった。

 そして2043年6月。

 戦争は激化の一途を辿り、対戦車KRV小隊の面々は連日の出撃によって疲労困憊し、極限状態にあった。

 何人もの仲間を失ったが、立木と井出は生き延びた。いつ死んでも不思議ではない状況の中で、復員後の生活を夢見て日々を戦い抜いていた。

 そんな中、立木はときおり、井出が農園を険しい顔で見ていることに気が付く。

 そして数週間後。その日は台風の中の出撃となった。

 農園を気にする立木に、目の前の任務に集中するよう叱咤する井出。

 対戦車KRV小隊はいつまでも来ない友軍を待ち、甚大な被害を出しながらも高梁川で防衛線を維持し続けた。

 結局、根負けした瀋陽軍が撤退したことで立木は生還したが、援軍をよこさない上層部に不信感を抱き始める。

 帰投後、倒壊したビニールハウスを必死に立て直す立木に対し、井出が声をかけた。

「土いじりは好きか?」

 喧嘩でも売られているのかと立木は頭に血が上りかけたが、井出は真剣だった。

 立木の農作業への認識としては、農奴であった幼少期を思い起こさせる不快な仕事ではあったが、部隊の食料事情を鑑みれば嫌でもやらざるを得ない業務であることも理解している。そのように立木が答えると、井出は子供のおもちゃのような水耕栽培器の鉢植えを立木に託した。仮にも上官である井出からの贈り物を無下に断ることは出来ず、立木は嫌々ながらもそれを受け取って育てていくこととなる。

 そしてまた疲れが癒える間もなく次の出撃命令が下る。

 今度の戦闘は致命的だった。

 分隊は数倍の物量の敵に囲まれ、孤立無援の中で全滅しつつあった。

 その上、友軍の重砲までもが戦域全体へ見境なしに降り注ぎ、立木の仲間たちをすり潰していった。

 硝煙弾雨の中を這いずり回りながら、なぜ友軍はこちらを捨て駒や囮の様に扱うのかと憤る立木に対し、井出は事の次第を明かす。

 井出は上層部から、農園を潰して大麻畑にすることを要求されていた。

 そしてそれを拒否した井出は、懲罰的に無謀な任務が下されることとなったのである。

 つまり、事が公になることを恐れた上層部は、保身のために井出とその関係者を戦場にて葬り去ろうと目論んだのだ。

 捨て駒にされるくらいなら大麻でもケシでも何でも作ればよかったのに、と井出に詰め寄る立木。それに対し井出は、戦後になって全ての責任を被せられるのは立場の弱い最下級の兵卒なのだと説く。そうなれば、戦争に生き延びて除隊できたとしても、真っ当な人生を歩むことは出来なくなってしまう、と。

 幼少期の井出は、貧民街の路上で飢えと戦いながら生きてきた。だから、飢えこそが戦いの根源であると信じていた。農業への執着はそのためであった。

 戦線は崩壊し、もはや任務の達成は誰の目から見ても不可能だった。井出と立木は独断で撤退を断行する。井出の私物であり分隊の切り札たるレールガンを酷使することで、敵の包囲を切り崩しながら綱渡りの脱出を敢行する。

 這う這うの体で基地へ生還した立木たちは、敵前逃亡で拘束される。立木は怒りに任せて大麻畑の件について士官たちを問い詰めるが、警務隊に背中から撃たれてしまう。

 銃弾は立木の肋骨を砕き、心臓を穿つ。

 多くの兵士たちと同じように、苦しみの中で息絶えようとする立木。しかし井出は捨て身の攻撃で立木を救い、41式に搭乗して逃走する。

 

 半死半生の立木は、自身も重傷を負った井出によって御手と名乗る闇医者に担ぎ込まれた。そして三日三晩生死の境をさ迷った末に、辛うじて命を拾うこととなる。

 目覚めた立木に対し、闇医者は井出の万能人工臓器を心臓として彼に移植したということを告げる。それは井出の最後の望みであったとも語った。

 井出の消化器系はサイバネティクスによって製造された万能人工臓器であり、拒絶反応を起こすことなく立木の胸郭に収めることができたという。井出が兵隊のくせに小食であったのは、それが理由であったのだと闇医者は語った。

 こうして井出は死に、立木は命を取り留めた。

 立木は井出の41式を受け継ぎ、自分たちを陥れ、仲間を無駄死にさせた者たちへ復讐を敢行する。

 立木のねぐらだった基地は立木の手によって壊滅し、兵舎も農園も瓦礫と燃えカスの山と化したが、焼却炉へ打ち捨てられていた水耕栽培器の鉢植えだけは無傷で立木の手元へ戻ってくることとなった。

 拠り所も食い扶持も何もかも失った立木は、故郷である東京を目指して旅立ち、なんやかんやの末に静岡へ根を張ることとなる。


 2042年10月から勃発した第二次日本海紛争は、破綻しつつあった日本の国家体制が東京に集約されたことで、2045年9月より名目上の休戦を迎えた。

 一方で政府から切り捨てられた地方には、自衛軍や警察軍などの現地の防衛戦力が統治機関として根付き、程なくして軍閥化への道を辿ることとなったのである。


 そして2047年9月中旬。

「レールガンの整備、終わりましたよ」

 応接室でいつものように茶をすする立木へ、開け放たれた扉の向こうから枯野がにこやかに声をかけた。

 41式改の主兵装であるレールガンは出所も定かではない一点物の実験兵器であり、その整備や補給には相応の金を必要とする。そんな金食い虫のレールガンを立木が後生大事に運用しているのは、それが井出の形見だから、などという感傷的な理由などではもちろん無い。レールガンは一般的に流通しているKRVの兵装と比べて威力がとびぬけて強力であるため、仕事道具として重宝しているに過ぎない。

 立木のスコアを支えるレールガンではあるが、個人傭兵の懐事情に厳しい装備であることには違いはない。

 立木は憂鬱な顔で清算とレールガンの引き取り手続きを済ませ、運搬車で帰路に就いた。行先は新たなねぐらである小学校跡地だ。

 傾いた夕日が荒れた車道に廃墟の影を落とす。湿った空気が秋の始まりを告げていた。

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