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#38 回禄5

 矢野を攻撃していた数台のモノとR-27をレールガンの一射で吹き飛ばした立木は、運搬車の傍らに降着し、周囲を油断なく走査した。

 機影は先ほどまでよりもだいぶ減ってはいるが、それでもうんざりするほどに大量の輝点がレーダー画面上を占めていた。

「カオリ、車は動くか」

<……動かない>

「矢野はどうだ」

<う、動けます>

 仰向けに転倒していた菫色の41式がぎこちなく立ち上がる。二度にわたる転倒により、頭部の近接防衛用レーザーは折れ曲がり、背部のフローターには罅が走っていた。

 立木はやおら眼前のビルへ向けてレールガンを投射する。コンクリートの壁面に穿たれた大穴の向こうで、身を潜めていた二台のモノが爆発四散した。

「俺がお客の相手をする。お前らはここでカオリたちを守れ」

 矢野と小林ににとって、立木の声がこれほど頼もしく聞こえたことはなかった。


 立木の41式改は恐るべき推力で瞬時に百メートルほど上昇すると、敵KRVの一群へ対戦車ミサイルを発射した。四基のミサイルがそれぞれ異なる標的へ突進する。敵KRVは即座にチャフや発煙弾を展張して回避機動を行うが、しかし間に合わなかった。四つの爆炎がアスファルトの大地に轟く。

 ミサイルの尽きた発射器を投棄し、41式改は真横へ飛んだ。噴射炎の光跡を追う無数の機関砲やロケット砲の射線が、曇天の夜空を嘗め回す。

 先のミサイル攻撃によって敵のKRVや車両の注意を引いた立木は、四方八方から押し寄せる砲火をかいくぐりながら、つかず離れずの距離を保ちつつ35ミリ機関砲で反撃する。

 無数のR-27やモノが跳躍し、空中の41式改へ襲い掛かった。各々に火器を発砲しながら41式改へ距離を詰めるが、立木はそれらをレールガンやロケット砲で返り討ちにする。

 一瞬にして十台以上のKRVを撃破した立木は、機体をジグザグに振って攻撃を回避しつつ、事務所の向こうのビル街へ稲妻のような速度で飛び去った。それを追い、野盗のKRV群もまた飛翔する。

 そして、運搬車と二台の41式のみがその場に残された。

「つ、強え……」

 矢野が呆然とつぶやく。

 立木の実力は確かなものであることを、矢野は良く理解した。少なくとも、小林と矢野が二人掛りで挑んだとして、太刀打ちできる程度の腕前ではない。

<少尉、テクニカルが来る! 気を付けて!>

 小林の声で矢野が我に返る。矢野は41式の機関砲を、立木の事務所より迫る武装車両へ向けた。

 幾度も死を覚悟してはギリギリで拾った命を、今更こんな所で失うつもりはない。冷や汗でじっとり濡れた手の平で、矢野は操縦桿を握りしめた。


 幾棟ものビルの間を縫うように、41式改を先頭としたKRVの群れが飛ぶ。

 立木は陸橋の下を弾丸のような速度で潜ると同時に後方へ向けてレールガンを投射した。追撃する数台のKRVがまとめて吹き飛び、四散する破片が陸橋を破壊する。

 立木はレーダーを確認しつつ、エンジンを噴射して増速した。残敵は十台ほど。先ほどの一撃でレールガンは撃ち尽くしてしまったため投棄する。このレールガンは一点ものの特注品であるため、後で必ず回収しなければならない。レールガンは試作品ゆえにKRV用コネクタが搭載されていないが、代わりとして非接触式トリガが内蔵されており、それを回収用ビーコンとして用いることもできた。

 右副腕のロケット砲を、レールガンを投棄して徒手となった右主腕へ持ち替える。

 無線機からは矢野の喚き声と小林の叱咤が聞こえてくる。とりあえず二人とも今のところ生きてはいるようだ。

 立木が囮役を担うのは四年前のあの日以来だが、状況は今回の方が遥かにマシだ。敵はろくすっぽ整備もされていないチープKRVばかりだし、乗機は重装備の41式改だ。味方に心臓を穿たれることも、恐らくは無いだろう。

 41式改は眼前に迫る高層ビルの中腹を蹴り、真横へ飛んだ。追手のKRVは高層ビルを散り散りに回避するが、その内の二台は周囲の建築物や路面に激突し、バラバラになる。

 41式改は荒れ果てた路面へ踏み砕くように着地すると、ホイールでアスファルトを耕しながら高層ビルの裏手へ速やかに回り込む。三台のR-27も路上へ着陸し、愚直に41式改の轍をなぞりながら追いすがる。R-27たちが高層ビルの背面へ飛び出した瞬間を狙い、41式改は上空から機関砲を浴びせた。爆散する三台。飛散するR-27の残骸が、高層ビルの壁面を穴だらけにする。

 野盗の操縦の精度は驚くほど高いが、その一方で戦術的な判断力は著しく乏しい。立木は敵KRVの人間味の無い動きに薄気味悪さを感じていた。

「こいつら、薬でもやってるのか」

 軍隊では恐怖心や疲労感を麻痺させ集中力を持続させる薬物が陣営を問わず広く使用されている。精密な動作で自殺行為を繰り返す野盗のKRVの挙動は、そういった薬物を投与された兵隊を思い起こさせるものだった。

 不意に、41式改の背面より、高層ビルの壁面を打ち砕きながら一台のモノが飛び出す。その手にはモーターハンマーが携えられている。小林の41式が喪失した装備を回収したのだろう。

 41式改はとっさに身を捻り、同時にモノのモーターハンマーの切っ先が一筋の閃光として空を切り裂いた。41式改の防盾の一欠けらが宙を舞う。返す刀でモーターハンマーの二撃目が振り上げられるが、即座に立木は最大まで伸長した41式改の副腕をモノの胴部へ叩き込んだ。アビエイターシートを潰されたモノは紙屑の様に吹き飛び、街灯をなぎ倒しながら路上を転がって爆散する。

 残る敵はR-27が四台。立木は敵機の群れへ正対を維持しつつ、ビルを遮蔽物として利用しながら巧みに回り込む。

 R-27は二台づつに別れ、互いにフォローしあいながら立木へ機関砲による牽制を繰り返し、攻撃の機を伺う。

「教本通りの動きだな……。軍人崩れなのか?」

 本来は、ゴロツキの駆るR-27など立木にとって恐れるほどの相手ではない。しかし、今相手にしている野盗のKRVは得体が知れない不気味さがあった。機械的にKRV運用ドクトリンの基礎を遵守し、そのためには自身の生存すら度外視しているように見えた。

 まるで亡霊でも相手にしているかのようだ、と立木は毒づく。

 四台のR-27を相手取って牽制の応酬による根競べをしている最中、矢野からの通信が届いた。

<立木さん、事務所が……>

 どうやら、グズグズしている暇は無いようだ。

 立木は舌打ちをしてペダルを踏みこむ。目の前の敵を一刻も早く片付けなければならなくなったようだ。


 矢野たちを襲ったテクニカルは、ほとんどが鉄クズと化していた。

 いくら矢野たちの41式が手負いとはいえ、テクニカルなどにKRVが敗北するようなことはそうあることではない。

 しかし矢野たちが撃ち漏らした少数の敵は、立木の事務所に逃げ込み、陣取って籠城する構えを見せた。

 ほとんど崩壊している倉庫に数台の改造車が乗り付け、円陣を組んで矢野たちを近づけさせまいとしている。彼らの背後には、立木が保管していた弾薬や燃料が山と積まれていた。驚くべきことに、弾薬庫に保管されていた物資は無傷で残されていたようだ。矢野や姉弟がノコノコ矢面に出てきてくれたおかげで、野盗の攻撃の矛先が倉庫から逸れたためであろう。

 爆発物の前に陣取る野盗へ迂闊に攻撃すれば、当然立木の事務所も木っ端微塵に吹き飛んでしまう。そうなれば立木に保護されている矢野たちも路頭に迷うこととなる。

 矢野たちは事務所の近隣のビルを遮蔽物として身を隠しながら、対処を考えていた。

「どの道この事務所はダメでしょう。とっとと戦闘を終わらせて、その後どうするか考えたほうが早い」

 小林が敵KRVから奪った機関砲を倉庫へ向ける。

<待った、相手は車両だけなんだから、もっとスマートなやり方があるだろう>

 矢野は事務所ごと敵を葬ることに反対した。雑兵を片付けるために貴重な物資を犠牲とする必要は無いと主張する。

 そもそも籠城という戦術は援軍があってこそ意味がある。退路もなく、ただ立てこもるだけの野盗に未来は無い。放っておいても枯死するのは目に見えている以上、こちらから積極的に手出しする意味は無い。

<どうせ時間をかければかけるほど敵のほうが不利になるんだ。半日もすれば根負けして突撃してくるか、逃走を図るだろう。その時に攻撃すればいいんじゃないか>

「その前に火事場泥棒や別のゴロツキが集まってきますよ。そうなったらまた戦闘を再開することになる」

 ああでもない、こうでもないとやり合う矢野と小林をしり目に、カオリは運搬車を前に進めた。一輪が脱落し、残った三輪も全て破裂している状態で、運搬車はヨタヨタとその身を敵の前に晒す。

<危ないぞ! 下がってるんだ!>

 矢野が制止するが、カオリは聞き入れなかった。

「私が敵をやっつける」

 カオリの無謀な宣言に呼応するかのように、野盗の改造車から銃撃が放たれ運搬車を傷つける。

<よせカオリ、引っ込んでろ>

 立木の41式改が高層ビルの向こうから現れた。四台のR-27を血祭りにあげ、引き返してきたのだ。

 運搬車にも自衛用のレーザー機銃は搭載されてはいるが、しかしそれは発砲トリガーが無線スイッチに繋がれているという仕掛けが施されている。それを知っているのは立木だけである。そのはずだった。

 こんな消化試合めいた戦いで命をかけるのはバカバカしい話だし、せっかく無傷で残った貴重な物資を野盗の敗残兵ごときのために失うのも惜しい。立木の41式改は運搬車の横に着地する。

<小林、カオリたちと矢野を連れて下がれ。テクニカルは俺が――>

 立木が叫ぶと同時に、運搬車のレーザー機銃の冷却装置が騒々しく唸った。タダシがレーザー機銃を照射したのだ。

 レーザーの光跡がチンピラどもを薙ぎ、ついでに砲弾ケースの上にも這いまわった。

 そして光と熱が周囲一帯を包み込んだ。


 枯野は廃ビルの屋上でタブレットの画面を睨みながら、頭を掻いた。

「規格の異なる機体同士の群れ制御にはまだまだ課題があるようだね」

 先日の富士動乱の際に投入した無人のR-27は、枯野が傍らで巧みに誘導していたため熟練アビエイターに匹敵する動きを発揮することができた。しかし、今回のテストで使用したKRVは碌にメンテナンスもされていない二束三文のチープKRVであり、アビオニクスの仕様もてんでバラバラであるため、満足に連携を取ることができなかった。

 異なる区分の無人兵器からなる諸兵科連合を、一台もしくは少数のKRVにて有機的に協調制御することを目的とした自律戦闘システム。それこそがオートマトンの本領である。

 しかし、今日の実験の有様を見る限り、現状のオートマトンでは全く要求性能に達していない。途中で妥協して機数を絞りシステムの精度を向上させたにもかかわらず、満足に戦果を挙げることはできなかった。

「とはいえ成果がなかったわけでもないな」

 操縦精度や反応速度は非常に良好で、標的の脅威度を計測して攻撃の優先順位を決定したり、複数の標的は各個撃破を試みたりなど、戦術構築のロジックも正常に機能していた。おおむね有意義な実験であったとは言えるだろう。

 オートマトン開発において枯野が担当しているのはソフトウェアであり、進捗はまあまあ順調であると言えた。少なくともクライアントから小言を頂く心配は必要無い状況ではあった。

 一方、ハードウェアの開発を担当しているGE社の工程も大詰めを迎えている。

 残る心配は、クライアントがお膳立てしているであろう実戦投入のタイミングであった。夕映会が先走れば納品時期の繰り上げもありうる話なのだ。それはさすがの枯野も避けたいところではある。

 枯野は野盗のKRVの制御システムへオートマトンプログラムの消去コマンドを送信すると、周囲に設置していたレーダーやら通信機やらカメラやらを回収し、後片付けを行う。観測機材を押し込めたリュックを背負い、手下たちへ朗らかに笑いかけた。

「今日もいい仕事したね!」

「そうすね」

「今年度中にはクローズできるといいね!」

「そうすね」

 村田と吉野はうつろな目で火の海に没した立木の事務所を眺めるより他は無かった。


 立木は41式改の操縦席で、燃え盛る我が家を呆然と見つめていた。

 41式改の傍らに運搬車がよたよたと近づき、並ぶ。

<まぶしいね>

「そうだな」

<きれいだね>

「そうだな」

 カオリの口調は誇らしげだった。

<私がいて、助かったでしょ>

「……ああ、そうだな。その通りだ」

 あんな連中に奪われるくらいなら、景気よく吹き飛ばしてしまって正解だった。立木はそう思うことにした。

 事務所爆発のあおりを受けてひっくりかえり、動かない矢野の41式に目をやる。その菫色の装甲は、多数の被弾により撓み傷ついていた。矢野は、思っていたよりはガッツがある男だったようだ。

 小林の41式は、矢野の機体より更に損傷が酷い。左腕を喪失しており、半壊状態といって差し支えなかった。こんな状態になっても冷静さを失わず、矢野と姉弟を守り抜いた小林は、確かに優秀な兵士であったようだ。

 終わりよければ全てよし、と言うにはあまりにも被害が大きすぎるが、とりあえず全員が生き延びた幸運に一同はただ感謝するばかりであった。


 翌朝。

 運搬車の車内で夜を明かした立木たちは、朝日の下で改めて事務所の惨状を目の当たりにした。

 最後の大爆発で事務所の敷地内はすり鉢状のクレーターと化しており、その周囲は瓦礫の山と化していた。

 周辺にはKRVや車両などの多数の残骸が転がっている。ジャンク屋にでも売れば多少の小銭にはなるだろうが、事務所を再建できるほどの金額にはならないだろう。

 立木はこれまでの四年にわたる傭兵生活で築き上げたものをほとんど失ってしまった。裸一貫、無一文である。しかし、残骸の頭上に広がる青空を見上げると、立木は不思議な清々しさも感じた。

「とりあえず、掘っ立て小屋でもいいからねぐらを作らんとな」

 立木が建材になりそうなトタンや鉄骨を探していると、その背後から矢野が声をかけた。

「あの、学校へ行きませんか」

「なんでだよ」

「いや、進学しろとかいう話じゃなくて、廃校があるんですよ。誰も使ってない」

 訝しむ立木に、矢野と小林は枯野から聞いた話を説明した。

「お前たち二人で暮らしたかったんじゃないのか」

「いやいやいや」

 矢野は全力でかぶりを振った。

「僕たちは、そういう仲じゃないんです。成り行き上で同行してるだけで」

 あたふたと身振り手振りを交えながら説明する矢野を、カオリとタダシはレーションをむさぼりながら眺めていた。

「あっ、でも、友情とかそういうのは感じてますよ!」

「そうか」

「そうだったんですか」

 とってつけたような矢野のフォローに、立木と小林は気のない返事を返した。

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