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#36 回禄3

 数分前。運搬車の車内で、矢野はカオリの突拍子もない頼みに仰天していた。

「私たちもKRVに乗って戦う」

「なんで!?」

「立木に恩を売る」

 矢野は頭を抱えた。

 カオリの思惑は理解できる。姉弟は立木の恩情で生活しており、彼に見捨てられれば生きていくことは叶わない。だから戦果を挙げて立木の役に立つことを証明しようと考えているのだ。

 だが、それは無謀である。運搬車の運転はできたとしても、KRVの操縦は不可能だろう。何の知識もない子供がいきなりKRVに乗って戦場に出たところで、真っすぐ飛ばすこともできずすぐさまハチの巣にされるだけだ。

 だがカオリは頑なだった。彼女も必死なのだ。

 矢野はカオリに41式ではなく運搬車の機銃にて後方支援することを提案したが、「それはタダシの役目」と一蹴されてしまった。

 だから、矢野は決断したのだ。


「41式は僕が乗るから、カオリちゃんたちは運搬車で後方支援してくれって」

<無謀すぎるでしょう、何を考えてるんですか!>

 事の次第を説明しつつ、矢野は小林の41式の後方に陣取る。排水路を挟んだ対岸の車両群へ向けて、ろくに捕捉もせず機関砲を発砲した。操縦技術は無く、アビエイタースーツも着ていない矢野は固定砲台と化す他に戦うすべはないのだ。

 矢野が使用する30ミリ機関砲は、威力よりも取り廻しやすさを重視したものだが、それでもテクニカル相手には充分である。防盾を構えて、近接防衛用レーザーを起動しっぱなしで、ひたすら機関砲を連射する。

 小林としては護衛対象の矢野が勝手に前線に出てきたことに怒りを覚えたが、しかしとにかく人手が足りないこの状況では、素人であっても頭数が増えることは正直なところ有難い話ではあった。矢野とて引き金を引くくらいはできるのだ。

 襲撃者は三台目の41式が出現したことで完全に混乱状態に陥り、無謀な突撃を試みる者や、逃走を図る者たちも現れだした。

 戦場の熱狂に浮かされ、数台のテクニカルが排水路側道で右往左往しながら機関銃を乱射する。無数の銃弾が矢野の41式に豪雨のごとく降り注ぎ、矢野は悲鳴を上げた。

<少尉! 棒立ちじゃあっという間に撃墜されるわよ! ちょっとでもいいから機体を振って!>

「わ、わかった」

 矢野は、正面を維持したまま、その場でぐるぐる円機動を行ったり垂直ジャンプを繰り返したりするが、それだけでも被弾数は半減した。

<もしKRVが出てきたらすぐに引いて!>

 小林の叫びからほどなくして、敵KRVはレーダーディスプレイ上の輝点として現れた。


 41式改は滞空しつつ索敵を行い、次の標的を見定めていた。

 何やら無線が騒がしい。小林と矢野が何らかのやりとりを行っているようだ。事務所の様子を上空から確認すると、建物はほとんど半壊しており、姉弟が運転しているであろう運搬車が倉庫の周囲をうろうろとさ迷っていた。

 立木は舌打ちをして運搬車との通信を開いた。

「瓦礫の陰でじっとしてろ。そんな所をうろついてたら七面鳥撃ちにされるぞ」

<しちめんちょう>

「撃ち殺されるぞってことだ」

 硝煙弾雨のこの状況で運搬車を敵の攻勢から守り切ることは難しい。

 倉庫は半壊してしまっているし、事務所の四方を囲う塀もほとんど瓦礫と化している。

 格納庫に保管している弾薬や燃料に引火したら、それこそ一巻の終わりだ。

 頃合いを伺い、迅速に脱出するしか姉弟と運搬車が生き残る道はない。

 <少尉、あらかた敵を片づけたら脱出するわよ。立木さんもそれでいいでしょう?>

 小林から通信が届いた。是非もない。他に立木としても取りうる手段はない。

 立木はてんでバラバラに殺到する襲撃者の戦力をレーダー画面上で睨みつつ、運搬車の脱出経路を頭の中で検討した。


 R-27を駆る野盗のアビエイターは、事務所に突撃するテクニカル群の後方で、ふらふらとビルの谷間を飛行しながら位置取りを行っていた。

 彼が受けた命令は、僚機と連携して敵KRVを撃破せよ、ということだったのだが、その僚機が真っ先に突撃して撃墜されたことで何となく戦線に加わるタイミングを逸してしまっていた。

 野盗の戦力は散々に返り討ちにされ、ほとんどが死ぬか逃げるかしてしまっていたのだが、その一方で攻略目標である傭兵の事務所も半分以上崩壊しており、あと一手で押し切れる雰囲気もあった。

 野盗の本来の目的は傭兵の事務所の簒奪であり、破壊してしまっては元も子もないのだが、今となってはただメンツとケジメのためだけに彼らは戦っていた。

 R-27のアビエイターは、標的の41式改が消耗しつくしたところで戦闘に参加し、手柄を横から攫おうと思い至った。現在41式改と戦って死んでいるのは自作のテクニカルで無謀な突撃を図るバカか、功を焦り連携を無視してKRV単機で突出するクズのどちらかだ。彼らの安い命で敵41式改の弾薬やバッテリーをすり減らせるならば悪い話ではないと野盗アビエイターは考えた。

 野盗アビエイターのR-27は、傾いだビルを遮蔽物にして傭兵の事務所の方角を覗き見る。宙を舞う41式改が、テクニカルや歩兵を機関砲で滅多打ちにしている様が伺えた。うかつに接近して捕捉されでもしたら、野盗アビエイターの命はそこまでだろう。

 焦ることは無い。弾はいずれ尽きるし、バッテリーも搭乗者の体力も無限ではない。野盗のアビエイターは、抵抗力を喪失した41式改を撃墜し、武勲を上げる自分自身の姿を夢想した。

 もちろん、彼と同じようなことを考えて身を隠している野盗は他にもいる。

 そこそこの数の野盗のKRVが未だに無傷で控えているというこの状況は、立木たちにとっては危機的なものではあったのだが、野盗アビエイターたち自身がそれを認識できていないためこの絶好の布陣を活用する機会はついぞ訪れなかった。

 その時、ふと野盗アビエイターは愛機のR-27が遮蔽物のビルから身を乗り出していることに気が付いた。慌てて左操縦桿を引き倒す。しかしエンジンの噴射角度は変化せず、機体はそのまま前進を続けた。

「機体が勝手に……」

 エンジンの推力が急速に上昇した。野盗のR-27はロケット砲のように放物線軌道を描きながら立木の事務所へ突っ込んでいく。彼のR-27のみならず、残存している他の野盗のKRVも同じように事務所へ飛翔していった。

 無数のKRVのエンジンから噴射されるフレアが幾条もの流星群のように夜空をきらめかせた。

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