#35 回禄2
立木の41式改は滞空しつつ機関砲を発砲し、襲撃者の車両群を薙ぎ掃う。幾台もの車両が一瞬にして鉄くずと化し、業火に包まれた。事務所正面に横たわる車道は炎の川となっている。後続の車両は次々現れるが、友軍の残骸に阻まれて立ち往生していた。
これで駐車場方面からは容易に事務所へ侵入することは叶わないだろう、と立木が一息ついた矢先、照準レーダー照射の警報が響く。
三台のR-27が付近の高層ビルの屋上から立木の41式改目掛けてロケット砲を発射した。
41式改は近接防衛用の頭部機銃で迎撃しつつ、両腕の防盾を構えて真横へ跳躍する。三発のロケット弾のうち、一発は逸れて地上のテクニカルの群れに着弾し、もう一発は41式改の機銃で撃ち落とされ、最後の一発は防盾に命中した。
被弾の衝撃に逆らわず、立木は冷静に機体の姿勢を保ったまま後退する。
41式改を追撃すべく三台のR-27はビルの屋上から飛び出すが、その瞬間を見計らって立木はレールガンを投射した。
先頭のR-27は胴体にレールガンの直撃を受けて四散。その背後にいたもう一台のR-27も、右腕部と右脚部を喪失して爆散する。残る一台のR-27は逃走を図り、操縦を誤ってビルの壁面へ衝突した。コンクリートの破片とともに墜落したR-27へ、41式改はロケット砲を叩き込んだ。
三台のR-27を手早く片付けたが、後続のKRVはまだまだ確認できる。立木は殺しても殺しても勢いの衰えない敵の攻勢に悪態をついた。
「ただの傭兵事務所に、大人げなさすぎだろ」
確かに立木の事務所は好立地ではあるが、ここまでの戦力を投入してまで奪うメリットがあるとは思えない。
「連中、引き際を見誤ったってところか」
何度も襲撃に失敗して、損切りするタイミングを逸してしまったのだろう、と立木は敵の事情を推測した。今までの戦力や戦術では立木の事務所は攻略できないと分かったが、かといって襲撃を諦めれば今までの損害が無駄になる。だから、赤字覚悟で大戦力を投入してきたのだ。
しかし引き際を見誤ったのは立木も同じだった。
立木の事務所は古い貸し倉庫を改造したものであり、軍事的な拠点として設計されているわけではない。襲撃者が、粗末な装備しか持ってない、練度も低い、単なる烏合の衆であったとしても、数で押されれば陥落するのは時間の問題だろう。逃げるならば、自身の命も商売道具であるKRVも無事である今しかない。この場にとどまって消耗し続けるのは悪手以外の何物でもない、そのことは立木も良く分かっていた。
だからといって、何もしないままケツをまくって逃げるのは、立木としては業腹だった。無益な戦いは避けたいところだが、タダで財産や住居を明け渡すことも受け入れがたい。
立木はこれまで襲撃者を徹底的に根絶やしにすることで、生活の安全を維持してきた。だが、それでも不十分だったのだろう。襲撃を頻繁に受けているということは、敵対者に与しやすい相手だと侮られていることを示唆している。
もっと無慈悲に立木は力を誇示すべきだったのだ。
少なくとも、今は焦土作戦を決行してでも襲撃者に利益を発生させてはならない。立木という傭兵に手を出せば必ず手痛い反撃を食らうという認識を周知させなければ、今日を生き延びたとしてもいずれまた同じ目に見舞われることになる。
しかし、それも命あっての物種だ。どこまで戦うべきか、どこで引くべきか、今の命と明日の生活を天秤にかけ、立木は判断を迫られた。
野盗は囮の雑兵を正面から突っ込ませて立木を引き付け、後背から虎の子の本隊で事務所を襲わせる算段をしていた。しかし小林の41式が本隊の前に現れたことでその目論見は水泡に帰すこととなった。
「KRVは一台じゃなかったのか!? 大所帯になっているという話は聞いていたが……」
襲撃者の指揮官は装甲車の中で歯噛みした。
柿色の41式が排水路ごしにロケット砲を放ち、接近する一台のモノを撃破する。想定外の迎撃と小林の容赦のない戦いぶりにうろたえ、野盗本隊のKRV部隊は足並みが乱れていた。
更に、KRV部隊の侵攻を支援する手筈となっていた装甲車両が、高低差のある排水路によって渡河を阻まれて身動きが取れなくなっていることも、彼らに二の足を踏ませていた。
焦れたのか、三台のテクニカルが遮蔽物であるビルの物陰から飛び出し、排水路越しに事務所へ射撃を試みる。が、不意に蛇行し、川底へ滑り落ちてしまう。小林の41式がEMPランチャーを放ち、テクニカルの電子部品を破壊したのである。ひっくり返った車両群へ、小林はロケット砲を容赦なく撃ち込んだ。
明らかに襲撃者が圧倒的に有利なシチュエーションであるにも関わらず、戦況は拮抗していた。
野盗が保有していたドローンなどの航空兵器はすでにEMPランチャーで全滅しているし、KRVも攻めあぐねている。襲撃者たちは数に劣る相手からの手痛い反撃に動揺し、動きは鈍化しているが、その一方で小林とてそこまで余裕がある状態でもなかった。
小林は今のところ薄氷を踏むような危うさで何とか敵の攻撃を捌ききっているが、この状態は長くは続かないだろう。立木の事務所はすでに半壊しているし、車両ならばともかくモノやR-27などのKRVに集られれば41式一台では対処しきれなくなる。あるいはIEDを満載したテクニカルが数に任せて特攻してくれば、手数に乏しい小林に打つ手はない。
小林と立木だけで敵を殲滅することは不可能だ。矢野と子供たちを乗せた運搬車の脱出経路が確保されれば、すぐにでも逃走しなければならない。そのことを立木は理解しているのだろうか、と小林は案じる。もし立木が最後まで事務所の防衛にこだわるのであれば、小林は自分の判断で矢野を連れて逃げ出さなければならない。
一瞬の判断ミスが死に直結するこの状況で、小林は他者の安否に気を揉むことの重圧を嫌というほど味わっていた。
「矢野少尉、聞こえる!?」
小林は運搬車へ通信を繋いだ。立木にも話は聞かれてしまうが、他に通信手段はない。
「矢野少尉、今どこ!? そろそろ逃げる支度を……」
<ここ、ここにいるよ!>
矢野の返事はすぐに返ってきた。しかし運搬車の無線からではない。
穴だらけになった倉庫から、菫色の41式が現れた。よたよたと頼りなさげに滑走し、排水路の前に陣取る小林の41式へ近づく。
<逃げ支度ならもう済んでる……って、裏も敵でいっぱいじゃないか!>
菫色の41式に搭乗する矢野は、レーダー画面上の輝点の分布に悲鳴を上げた。




