#34 回禄1
野盗の奇襲は成功した。
以前の襲撃は、テクニカル車両や徒歩によるものばかりであったのに対し、今回は装甲車両やKRVも加わっていた。さらに時間帯も、これまでは日中にばかり行われていたのだが、今回は夜間にて決行された。
過去の襲撃は全て立木の不意を突くための仕込みであった……というわけではないのだが、結果として今回の攻撃の布石として都合の良い方向に働いた。立木は何の準備も心構えもなく、無数の攻撃者と対峙することとなってしまったのである。
事務所に接近する大量の熱源を感知して絶叫する警報器を止めると、立木はタブレット越しに監視カメラの映像を確認した。一般の乗用車に小銃やらトゲやらを生やした有象無象のテクニカルに紛れ、装甲車やR-27などの真っ当な兵器の姿も映し出されていた。手製のドローンまで次々と放たれている。ただの野盗ではない。武装勢力とも言うべき規模の戦力である。
監視カメラの設置位置から判断すると、襲撃者の一群は立木の事務所まであと数百メートルという距離まで接近している。立木に残された猶予は一分もない。
「お前らは運搬車に乗って待機してろ」
それだけ言い捨てると立木は41式改を駐機してある倉庫へ駆け去った。
「矢野少尉は子供たちを見ていてください」
小林もアビエイタースーツを羽織りながら自分の41式の元へ走り去っていった。
子供たちの行動は素早く、凍り付いていた矢野が我を取り戻す前に倉庫の運搬車へ駆けていく。
そして矢野は震えあがり、立ち竦んでいた。死はあまりにも唐突で理不尽に訪れることを、矢野は流血沙汰の毎日で思い知ってしまった。
先ほど唐突に始まったこの状況は、ここ数日の日課のように繰り返されている襲撃とは、明らかに異なる空気が漂っている。今までのようにセントリーガンやトラップにて迎撃するのではなく、立木と小林がKRVに搭乗したということは、つまり交戦が不可避な状況にあるということなのだろう。
矢野は運搬車へ避難する前に、もう一度タブレットに表示されている監視カメラの映像を見た。
そこには、再建したばかりの事務所の門扉に突撃する、無数の車両の様子が映し出されていた。
駐車場の入り口はすでに戦火が渦巻いていた。
車両の一群が、地雷原へ突撃して花火と化したりセントリーガンでハチの巣にされたりする最中、その頭上を二台のR-27が飛び越えた。R-27らは手にした機関砲を事務所へ向けるが、それと同時に側面から飛来した対戦車ミサイルが胴へ突き刺さり、木っ端みじんとなる。
R-27らの残骸は駐車場へ派手に散乱し、それを蹴散らして二台の41式が倉庫から飛び出してきた。
一台は立木が駆る濃緑の41式改。対戦車ミサイルを装備した副腕を肩へ折り畳み、胸部のセンサーを展開して索敵を開始する。
もう一台は小林が搭乗する柿色の41式であり、立木の41式改をカバーするために斜め後方へ付き、ロケット砲とモーターハンマーを油断なく構えていた。
二台の41式はデータリンクを行って事務所周辺の状況を共有する。
「あんたは事務所と運搬車を防衛してくれ。俺は前に出て蹴散らす」
立木は小林に呼びかけ、押し寄せる車両群へ目掛けて飛翔した。
小林はレーダーディスプレイ上で標的の分布を確認すると、ほとんどの敵が駐車場の入り口から馬鹿正直に突進してきている一方で、複数の車両とKRVらしき動体が、事務所の裏側から接近してきていることがわかった。正面の敵は陽動であり、後方から忍び寄る者たちが本隊であるのだろう。
小林の41式は裏手の排水路へ回り、迎撃の構えをとった。
矢野はタブレットを抱えて運搬車に飛び込んだ。
車内では運転席にカオリが、後方座席にはタダシが、それぞれ乗り込んでいた。
「……カオリちゃんは運転できるの?」
「うん」
もちろん矢野は軍用車両の運転などやったことがないので、カオリの横の助手席に座る。
車外では銃声や砲声、爆発音が轟いていた。
すでに複数発のロケット砲や機関砲が事務所の敷地内に撃ち込まれており、この倉庫内も安全ではない。
矢野は全身から冷や汗を流し、震える手でタブレットの画面を確認する。監視カメラの映像には、無数の襲撃者の改造車両が映し出されていた。一方、セントリーガンの残弾は残り僅かであると表示されている。
再び訪れた命の危機に、矢野は頭を抱える。恐怖心に駆られるまま泣きわめきたい衝動を理性で押さえつけ、生き延びるための方法を考える。立木は運搬車にて待機しろと言っていたが、しかし待機していたとして安全が保障されているわけではない。自分の判断で行動する必要があるタイミングが来るかもしれない。運搬車にて脱出を図るか、それとも降車して自分の足で逃走するか。
とりあえず今この場で矢野にできることは、襲撃者から運搬車の存在が見つからないよう神に祈るしかない。
矢野は運転席のカオリの横顔を見る。カオリは白んだ顔を正面に向けたまま、口を堅く結び、押し黙っている。ステアリングを固く握った手は僅かに震えていた。普段から何を考えているかわからない子供たちだったが、少なくともカオリはこの状況を恐れているのだということ矢野は理解した。
その時、爆発音が響いた。
倉庫が揺らぎ、戸棚や脚立がコンクリートの床に倒れ込む。窓ガラスにひびが入り、運搬車の巨大な車体までもがグラグラと頼りなく揺れていた。
直近にロケット砲が撃ち込まれたのだ。
悲鳴を噛み殺し、矢野はタブレットに表示されている監視カメラの映像を確認する。そこには柿色の41式が、テクニカルからの銃撃を掻い潜って発砲している様子が映し出されていた。
カオリとタダシが、横からタブレットを覗きこむ。そして、運搬車の隣に駐機してあるすみれ色の41式を、防弾ガラス越しに見やった。
「あのKRVは矢野の?」
カオリの問いに、矢野は心臓が飛び出そうになった。なぜお前は戦わないのだ、と咎められた気がしたのだ。
矢野は無意識のうちに、行動の選択肢から自ら戦うことを除外していた。それは当然と言えば当然の話でもあり、KRV操縦の訓練など受けていない民間人である矢野が戦場に出たところで、貴重な41式もろとも敵の弾の餌食となるだけである。しかし小林の金で機体を武装しておいて、彼女だけ戦わせているという今の状況は、矢野にとって後ろめたく屈辱的でもあった。
カオリは矢野の顔をまじまじと観察し、言葉を続ける。
「貸して」
「えっ」
「あのKRV、貸してほしい」
カオリの予期しない言葉に、矢野は目を瞬かせた。




