#34 家常
立木の事務所に対して再三の襲撃を行っていたのは、夕映会の武闘派勢力の、その末端の者たちだった。
彼らはもともと地域に根付いた野盗の一味だったが、富士の騒乱に巻き込まれて住居や食い扶持を失い、新しい生活基盤を求めて各地で襲撃や略奪を行っていた。やがてそれもジリ貧になり組織が立ち行かなくなったころに、夕映会からの接触を受けて彼らの傘下へ加わったのである。
彼らは立木の事務所に目を付けて、そこを新たな拠点の一つとすべく散発的に攻撃を行っていたのだが、すべて失敗に終わっていた。
損害は膨らむばかりであり、これは是が非でも早急に立木家を簒奪して帳尻を合わせなければ責任者の首が物理的に飛ぶ。
幸いにして、つい先日に枯野なる地元の業者がやたらと安価に大量のKRVを卸してくれたので、彼らはそこから戦力を補充して万全の構えにて再度襲撃を敢行する心づもりであった。
立木はデスクの前で頭を抱えていた。
彼は日中にバリアントへオンラインにて傭兵登録を申し込んだのだが、先ほど審査に通らなかったという旨のメールが返ってきたのである。その理由としては、シンプレックスとの二重登録が規約違反になるため、ということであった。
やはりいずこかの武装勢力を襲撃し、住処と資金を奪うしかない。また敵を増やすこととなるが、シンプレックスプロパーに転身できればそういったしがらみからも逃れられるだろう。
そこら中から恨みを買った後の生活は、どういったものになるだろうか。少なくとも快適なものではないだろう。自分以外の人間を扶養するということの苦しさに、立木は驚いていた。
重圧や不安で立木の胃は再びキリキリと痛み出すが、姉弟の視線に気が付くと平静を装い夕食の準備を始めた。
帰宅した矢野と小林は、運搬車と二台の41式を倉庫へ格納する。
三台の武装した41式が立ち並ぶ様は、中々に壮観であった。
「これで当面の自衛手段は確保できましたね」
「まあ、僕はもう二度と乗る気はないけどな。立木さんの予備機ってことにしよう」
呑気なことを言っている矢野の横で、小林は砲弾ケースやホイールのチェックを油断なく行っていた。
村田と吉野から散々“壊すなよ”と念押しされているが、小林としては容赦なく41式は使いつぶすつもりでいた。治安隊離反の証拠品だとされているが、市井の民間傭兵に預けた時点ですでに証拠能力は喪失したも同然なのだ。だったら、証人である矢野の身を守る盾として使用したほうが良い。
矢野にもアビエイターとしての訓練を課すべきかもしれない、と小林は考えた。矢野は根性だけはあるように見えるので、鍛えがいがあるだろう。小林は顔を伏せたまま密かに剣呑な笑みを浮かべた。
立木たちは応接室の狭いテーブルで夕食をとった。
彼らは家族でも何でもないため揃って食卓を囲む必要はないのだが、準備と片づけの手間の問題から可能な限り同じタイミングで食事を行うようにしていた。
立木は固形レーションを齧りながらタブレットの地図アプリケーションをつついている。略奪の標的を選定しているのだ。カオリとタダシは立木のタブレットを横から覗き込みながら、サバの缶詰をかき込んでいた。
「あのう、ちょっといいですか」
矢野がおずおずと切り出した。立木がじろりと睨み返す。
「僕たち、立木さんの負担になっているようなので、引っ越そうと思ってるんです」
本当に廃校の校舎が移住先にふさわしいかどうかは現時点では判断できないが、動くと決まれば早めに動きたい、というのが矢野と小林の考えである。だから、現時点で率直に立木へ自分たちの意思を伝えたのである。
当然、立木としては良い顔はできない。
「お前たちが出ていったら、お前らの護衛という仕事が失敗したということになってしまう。承諾できないな」
今回の仕事はプロパー試験を兼ねている。オーダーの主目的は夕映会拠点の制圧だが、立木としては仕事の結果にわずかな疵瑕も作りたくは無かった。
だが、資金繰りに悩んでいる立木の本音としては、矢野たちに出て行ってもらいたい気持ちもあった。
「井上たちは、情保隊はどう考えてるんだ」
立木は小林に訊ねる。情保隊が矢野たちの転居を承知しているなら、正直なところ立木としてもそうしてくれたほうが有難かった。
「いえ、部隊にはなにも言ってません。反対されると思うので」
「じゃあダメだろ……」
小林の答えに立木は肩を落とした。
当然だが仕事の内容の変更は立木の一存では決められない。決定権はクライアントにあるのだ。
「クライアントの意向を無視して仕事を放り出したら信用問題になる。依頼内容を変更したいなら井上と話し合って決めてくれ」
立木の言うことは最もであった。
しかし、矢野からすれば情保隊の夕映会制圧作戦の成否など知ったことではないし、立木のプロパー試験の合否など更にどうでもいい話である。矢野たちが情保隊と立木の仕事の巻き添えによる命の危険から逃れるには、情保隊と繋がりつつ立木から逃れるしかないし、それを成すための正念場が今ここの食卓の場なのである。
矢野は身を乗り出して立木の顔を見た。
「これはただの報告で、立木さんに頼みごとをしてるとか、そういうわけじゃないんです」
矢野は冷静に、ビジネスの打合せの場で顧客に対してそうするように、慎重に言葉を選びながら立木に語り掛ける。
「井上さんへはこれから連絡を行います。そのことを前もって立木さんにも把握しておいてほしいってだけです」
「まあ、それなら好きにすればいいだろう。俺は関知しない」
「はい」
本当のところを言えば、矢野たちとしては立木に言質を取った上で“なんか立木が事務所から追い出したがっているみたいだから”という名目で井上に許可を求めることを目論んでいたのだが、それは無理なようなので諦めることにした。
一方、そんな三人の大人たちのやりとりを、カオリとタダシは不思議そうに眺めていた。
「なんでふたりは出ていきたいの?」
タダシが問う。食料も寝床もそろっているこの家に、何の不満があるのだろうか。
“こんな場所いるといつ死ぬかもわからないから”などとバカ正直には言えず、答えに詰まる矢野と小林。
「大人には色々あるんだ」
矢野たちに代わって立木が答えた。
若い男女が第三者の目を気にして生活するのは、いろいろな意味でやりづらいのだろう、と立木は邪推した。
「ああ、いや、そういうことじゃないんですよ」
変に勘繰る立木に、矢野が声を上げる。
「ただ、僕らは安全な隠れ家を確保したいだけで」
「わかったわかった」
「いやいやいや」
立木は物わかりの良い年長者を演じようとしていたが、矢野としては小林との関係を不本意な形で認識されていたことに仰天していた。
「まあまあ大丈夫大丈夫」
「いやいやいやいや」
小林は食事を終えると、井上と連絡を行うべく席を立った。
「わかってる、気にするなって」
「違う、違うんですよ」
「わかったわかったわかった」
「いやいやいやいやいや」
その時、事務所の警報が響いた。爆発音とともに床が震え、応接室の電灯が明滅する。
襲撃者が再び現れたのだ。




