#32 会商2
悄然と椅子に身を沈める三人と、新たなアルコールを求めて冷蔵庫を漁る村田。
情報交換や交渉は手詰まりとなり、四人の男女は枯野が作業を完了するまで、ただ待つしかなかった。
やがて沈黙に耐えかねて、矢野が口を開いた。
「……あの、じゃあ眼鏡屋って近くにあります?」
「枯野が知ってるんじゃないか。治安のいい市街地にならあるだろう」
吉野が答えたその時、事務所の奥から枯野が姿を現した。
「コラッ! 君たちサボってちゃダメでしょう!」
枯野は油で黒く汚れた頬を膨らませ、左右の眼球をバラバラに回して憤怒をアピールする。その両手にある巨大なスパナは、想像を絶する握力によって軋みを上げていた。
「いや、あんたが作業の邪魔だからお客の相手してろって……」
「ハイ! 申し訳ありません、店長!」
村田は口答えするが、それに被せるように吉野がやけくそ気味の大声で返答した。
二人の奴隷は枯野に命令され、最後の調整作業のために倉庫へ向かった。
枯野は吉野が座っていた席につき、矢野と小林に41式の仕様の解説を始める。
「こちらはビギナー傭兵向け生き残り特化型モデルですね」
枯野はタブレットにすみれ色の41式のCGモデルを表示させ、矢野たちに見せた。
右腕には軽量で扱いやすい30ミリ機関砲を、左腕には大型の防盾をそれぞれ装備し、背部には防盾を兼ねた複合機能型エンジンを搭載していた。頭部は機銃を廃し多連装レーザーを搭載しており、これは攻撃よりも近接防衛に用いられる迎撃用装備である。
防御と回避に重点を置いた構成であり、矢野が搭乗することとなっていた。
「そしてこちらがベテランアビエイター向け攻撃力全振り型特攻モデルとなります」
次に、枯野は柿色の41式のCGモデルを表示させた。
右腕部にロケット砲を、左腕部にはモーターハンマーを、そして背部には信頼性の高い旧式の増加エンジンを搭載した仕様となっている。頭部にはEMPランチャーも搭載されており、チープKRVやソフトスキン車両などの電磁波攻撃対策が不十分な兵器に対して高い威力を発揮した。
これは突撃戦闘を想定した構成であり、小林の機体である。
「弾代はサービスしときますよ!」
「ありがとうございます。正直、凄く助かります」
矢野と小林は枯野へ頭を下げた。
枯野は良心的な業者であり、行儀のよいクライアントにはこのような大盤振る舞いをすることも稀にあった。
帰り際、矢野は枯野に念のためメガネ屋のありかを訊ねた。
枯野はしばし考える素振りを見せたが、タブレットの地図アプリケーションを起動させると、市街地の一区画を拡大表示してみせた。郊外に近い、山のふもとの地区である。
「たしか、ここら辺の商店街にお店があった記憶があります」
矢野と小林がタブレットの画面をのぞき込む。
紛争地帯と化している日本国内の殆どの地域では、当然ながら地図情報は戦前より更新されていない。店舗名などで検索したところでピンは表示されないため、枯野は画面をタップしてマーカーを表示させる。
「ここです。小学校の跡地の近くですかね」
矢野が面を上げて枯野の顔を見た。
「小学校跡地、ですか。そんなのがあるんですか」
「はい、跡地というより廃墟ですかね。この前までは住人が畑耕して自給自足で暮らしてたみたいだけど、この前の暴動で無人になったようです」
学校、と矢野はつぶやいた。小学校の校舎ならば身を潜めるにはちょうど良いのではないか、と考える。小林も同じことを思っていたようで、矢野の顔を見つめて頷いた。
もちろんその校舎が本当に隠れ住むことに適しているかどうかの調査は必要だが、しかしひとまずの目標は定まった。これは大きな前進である。少なくとも、枯野や吉野、村田といった外部とのパイプが築けたという点で、今回の外出と出費は無駄ではなかった。
帰宅途上の運搬車。日は傾きかけている。
市街地から距離が離れるほど路面が荒れていくが、巨大な運搬車の車中が揺らぐことは無かった。
「小林軍曹」
助手席で矢野がおもむろに口を開いた。
「今更の頼みになるけど、治安隊の二人に新しい戸籍やら身分やらを用意すること、やってくれないか」
「……あの話はブラフかと思ったのですが」
運転席の小林が顔を顰める。そもそも、村田と吉野からは、身分偽造の対価となるセーフハウスや裏金の情報は受け取っていないのだ。小林たちが彼らのために労力を割かなければならない謂れなどは何もない。
小林に何も言い返せず、矢野は俯いた。
結果はどうあれ、吉野は矢野たちの要求に答えようとした。だから矢野も吉野に誠意を見せたかったのだ。しかし、それは矢野の自己満足でしかない。矢野の自己満足でしかない行為ならば、矢野が自分一人の力で成すべきであり、小林や情保隊に頼るのは筋違い以外の何物でもなかった。
「ごめん。いつも君に頼りっぱなしだよな、僕は」
小林は項垂れている矢野にちらりと視線を向ける。そして小さくため息をついた。
「上司に、言うだけは言ってみます。本当に用意できるか確約はできませんが」
小林の意外な言葉に矢野は目を丸くする。
矢野は小林の横顔を見るが、夕日の逆光でその表情を伺うことはできなかった。




