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#31 会商1

 応接室にて、矢野と小林は、改めて村田と吉野と対峙していた。

「にわかには信じがたいけど、理屈は通ってるな」

 村田と吉野は、夕映会でリンチを受けそうになって脱走し、今度は枯野たちに囚われて奴隷にされたといういきさつを話した。矢野と小林は、矢野は吉田の言い分の整合性を認めたが、しかし信じ切ることもできなかった。

 猜疑の目を向ける枯野たちに対し、村田は空虚に笑ってみせた。

「こんな首輪を用意してまであんたたちを騙したりなんてしないよ。捕まえる気ならとっくに捕まえてるさ」

 村田の言うことは道理であり、潜伏先が割れたのであれば、わざわざ整備業者に潜り込んで待ち伏せをする意味などない。村田は空になったビール瓶を流しに転がすと、吉野の隣に座った。

「むしろ、あんた達が仮に夕映会にとっ捕まったとしても、俺らのことは黙っていてほしいんだ」

 あんな連中とこれ以上関わり合いになるなんざ金輪際ごめんだ、とアルコール臭い曖気とともに村田は吐き捨てた。そして、その言葉は矢野の思いと一致していた。矢野はこの二人の男のことをひとまず信じることにした。

 矢野は横目で小林と目を合わせる。小林は無言で小さく頷く。矢野はおもむろに口を開き、交渉を開始した。

「わかった。夕映会と接触しても、あんたらのことは喋らない。その代わり、色々と教えてくれないか。あんたら治安隊のこととか、夕映会のこととか、あとこの街についてだ」

 本当に矢野たちが欲しているものは、“この街について”の情報である。しかし潜伏先を探しているという状況を敵か味方かもはっきりしない部外者に悟られたくなかったため、“治安隊や夕映会のついで”という体ではぐらかしつつ情報提供を求めた。

 果たして吉野は矢野の提案を聞き入れた。

「俺もお前らのことが知りたいな。“俺たち夕映会拉致被害者”に対して自衛軍の助けは来るのかどうか、とかな。情報交換しようじゃないか」

 吉野は抜け目なく自分たちのメリットも加味した上で、矢野たちの要望に応じることとした。

 矢野は姿勢を正して吉野を正面から見据えると、口火を切る。

「そもそも、なんで治安隊は夕映会なんかに与したんだ? 何か思想的な理由があるようにも見えなかったけど」

 矢野の、当然といえば当然の疑問を受けて、吉野は冷笑を浮かべながら答えた。

「俺たちも誘拐されたんだよ。部隊ごとな。仲間にならなきゃ殺すって言われて、しかたなくああなったんだ」

 あまりにも身も蓋もない吉野の回答に、矢野は返す言葉を失い、押し黙ってしまった。小林は矢野が怒っているのかと思い、彼の顔を覗き見る。矢野は無表情で吉野を見つめるばかりだった。

 実際のところ矢野は、吉野の抱く失意や諦観をあけすけに見せられ、ただただ困惑していただけであった。こんなに無防備に本心をあらわにする男だったのか、という戸惑いが矢野から返事を詰まらせたのである。

 吉野は矢野の態度を気にかける様子もなく、言葉を続けた。

「では、次は俺から質問していいか。何でお前たちはここにいる。自衛軍領に帰らないのか」

 その質問については、矢野は包み隠さず事情を説明した。自衛軍領へ帰還する最中、富士治安隊第一分隊の工作で反逆者とされてしまい、静岡情保隊によって匿われている。そういった矢野たちの近況は夕映会にも知られているところであり、隠す意味はない。

「司令部は本気であんた達が反逆者だって思ってるのか?」

 吉野の言葉に矢野は首を横へ振った。

「いや、朝霞の偉い人たちも、反逆者は富士治安隊の方だってことは把握してるらしい。けど摘発にはまだ準備が足りてないんだ」

 だからこそ、司令部は情保隊が矢野の身柄を隠匿していることを黙認しているのである。

「俺が言うのもなんだけど、あんたらよく生き延びたな」

 村田の他人事のような言い草に、小林の眉間へ深い皺が刻まれた。矢野は力なく笑うと、次の質問を投げる。

「今の夕映会ってどうなってるんだ? 僕たちや情保隊を追っていたりとかは」

「わからん。さっきも言った通り、あんた達二人が脱出してから三分も経たないうちに俺たちも命を狙われる身となったからな」

 順風満帆に軍人としてキャリアを積んでいたはずが、なし崩しの内に反政府勢力に与することとなり、かと思ったら八つ当たりで吊し上げを食らい、這う這うの体で逃げ出した先には奴隷整備士生活。よくよく考えてみれば、村田と吉田も自分たちに劣らず酷い目に合ってきたのだということを理解し、矢野は彼らに少しばかり仲間意識を抱いた。

 吉野は身を乗り出すと、対面の矢野と小林へ顔を寄せる。蛍光灯の光で反射するメガネの奥で、鋭い目つきがひと際鈍く光った。ここからが本題ということである。

「じゃあ俺の番だな。あんたたちに一番訊きたいことなんだが、情保隊に掛け合って、俺たちを自衛軍へ……」

「無理ね」

 小林が吉野の言葉を遮って即答した。

「私たちが反逆者扱いされているのは濡れ衣だけど、あんた達が裏切っていたのは事実。連れ帰ったところで死刑になるだけだから。わからないの?」

 村田と吉野の属していた治安隊は反乱分子であり、彼らが自衛軍領へ帰還したとしても、情保隊の捜査が完了すれば拘束されることは免れない。そして反逆者に対する処断は死刑以外にあり得ないのだ。

「まあ待ってくれ、軍曹」

 矢野が口を挟んだ。

「情保隊でほら、偽の身分を用意したりとか、そういうのはできないか?」

「犯罪ですよ、矢野少尉」

 難色を示す小林を、矢野が目線で制する。そこで小林は矢野の意図を察した。

 要は、口先だけの話で良いのだ。自衛軍領への帰還という擬餌で、吉野から絞れるものは全て搾り取ろうというのが矢野の魂胆なのである。

「……わかりました。部隊にかけあってみましょう」

 小林の言葉に、曖昧に笑みを浮かべて礼を言う吉野。村田は喜色満面でガッツポーズをしている。

 無邪気な村田はともかく、吉野は矢野たちの言葉に何の保証も無いことは理解している。しかし今は、その無責任な口約束に縋るしかない立場であるのだ。

 矢野は村田と吉野に笑みを返す。

「自衛軍領へ帰還するための工作は、何とかできるかもしれない。ただ、僕らとしても危ない橋を渡るわけだから、タダでやるというのは無理だな」

 駆け引きならばビジネスマンである矢野の本領である。小林はこの交渉の場のイニシアチブを矢野に託すと決めた。

 吉野はあからさまに対価を要求する矢野を渋面で睨む。

「何が欲しいのかは知らんが俺達には金もコネも自由もないぞ。奴隷だからな」

「さっきも言っただろう。あんたたち治安隊のことを教えて欲しいんだ。そう、例えば身を隠せるセーフハウスとか、裏の資金とか」

 矢野の話術は見事だった。本当に欲する情報を入手できる状況まで、吉野たちに悟らせることなく誘導しきったのだ。すでに壊滅してしまった富士治安隊第三分隊のセーフハウスがそっくり手に入れば、それ以上のことはない。

 しかし矢野の努力は、折衝の場に慣れていない村田の悪気無い返答で水泡に帰してしまった。

「セーフハウスなんて便利なもんがあったら、とっくにそっちへ逃げてるっつーの」

 村田の言うことは、確かに最もな話ではあった。セーフハウスや隠れ家があれば、村田と吉野は港町のスラムをさ迷ったあげく枯野に捕縛されるなどという惨めな目には合っていないはずだ。

 矢野と小林は頭を抱え、吉野は天井を仰ぎ見た。

 取引はご破算となり、四人の未来は暗雲に閉ざされたままとなった。

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