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#29 後会1

 昼過ぎ。

 矢野たちは、まずはKRV整備を通じて多くの傭兵と繋がりがあるであろう枯野のもとへ向かった。

 枯野とのコネクションで情報収集のとっかかりを掴もうと考えたのである。

「KRVの武器って、実際のところ幾らぐらいするんだ?」

 運搬車の助手席で、矢野が地図を睨みながら運転席の小林に尋ねる。

「この近隣なら、四百万円もあれば二台分の装備一式は揃うかと」

「高いな……いや安いのか?」

「正規の市場で取引されているものよりはずっと安価ですね」

 もちろん、安かろう悪かろうの、必要最低限の装備である。本気で傭兵稼業に参入する気であるのならば、倍の金額を費やしてより良い装備を整える必要があるだろう。

「このまま車を乗り捨てて逃げ出せれば楽なんですけどね」

 ハンドルを握る小林がぼやく。もちろんそのようなことは出来ない。

 立木に不義理を働き情保隊との繋がりを断てば、反逆者の汚名をそそいで自衛軍領へ帰還するという矢野の願いは叶わなくなる。東京政府から矢野の身柄を託されている小林としても、矢野がお尋ね者となることは避けたい。だから立木と情保隊を納得させた上で、両者と距離を取らなければならない。

「裸眼だと看板とかが見えづらい……ああ、そこ右折だ」

 運搬車は枯野KRVサービスの駐車場へ入っていった。


 立木の事務所で、カオリは印刷用紙にボールペンで“字”というものを描いていた。

 タブレットへテキストを入力する際には、外部キーボードを叩けば勝手に画面上へ出力されたが、しかし紙へ文字を書くためには、点の一つ、線の一本を自分の手で刻まなければならない。これはカオリの人生とって大きな発見だった。

 ただの点と線の塊が言葉となり、意味を形作る。言葉をいくつも書き綴れば、それは文章となり、より大きく複雑な意味を持つ。

 立木は普段からタブレットと睨めっこをしては、表示されている数字の羅列に一喜一憂している。カオリは立木の人となりのことを未だにほとんど理解できていないが、数字の羅列が彼にとって命を賭けるに足る重要な存在であるのだということは、何となく察していた。そして、勉強を行ううちに、この数字の羅列が“稼ぎ”を意味するものであると徐々に理解していった。

 カオリは自分の知らない“文字が生み出す意味”が、世の中にはたくさんあるのだと知った。

 漠然とだが、カオリは物語を再発見しつつあったのだ。ただ生きる糧にありつくためだけの今までの生活では知りえなかった感情が、彼女の心の中に育ちつつあった。


 昼前、枯野KRVサービスの奴隷である村田と吉野は、格納庫の中で思いもよらぬものを目の当たりにしていた。

「俺たちの41式……」

「なんでここに!?」

 微細な傷や駆動系アライメントの癖、そしてなによりもハッチに刻まれているシリアルは見紛うことはない、この機体がかつての自分たちの愛機であることを示していた。

 地下街で奪われた自分たちの41式がここににあるということは、あの捕虜の男女は自衛軍領へ帰ることは叶わなかったのだろう。あの男女は逃走中に何者かによって殺害され、機体を奪われたに違いない。

「酷い話だ」

「俺らがそんなことを言える資格はないけどな」

 吉野の呟きを村田が皮肉った。もともと村田は単純で明解な男であったが、夕映会と関りを持ってしまってからは、自虐や愚痴など後ろ向きな言葉を口にすることが多くなってしまった。

「……とにかく、俺らの仕事はこいつのセッティングだ。今はそうするしかない」

 吉野と村田はアビエイターであり本職の整備士ではないのだが、装備の換装程度ならば行うことは出来る。修理以外の、補給や搭載などの簡単な作業は、枯野KRVサービスではこの二人の仕事となっていた。

「このまま41式に乗って逃げ出せれば楽なんだけどな」

 しかし村田と吉野には首輪型の爆破装置が架せられている。この場から逃げ出せば、即座に枯野によって起爆されて二人は死ぬのだ。

 かつて命を預けた愛機を奪われ、他人の金稼ぎのためにそれを整備しなければならないという屈辱。二人は世の中の不条理に歯噛みしたが、生きるためにはそういった感情も押し殺すしかなかった。

 吉野は枯野から渡された指示書に目を通すと、作業に必要なものをリストアップし始める。

「こっちは補助輪付き若葉マークみたいな構成で、あっちの方はえらくストイックな構成にするんだな」

 一台は軽量な30ミリ機関砲と大型の防盾を装備した仕様に、もう一台はロケット砲を装備し背部に増加エンジンを搭載した仕様にそれぞれ改装するよう、指示書には記載されている。また、後者は依頼者持ち込みのモーターハンマーも装備させることとなっていた。

 両機とも、リーズナブルでありながら最低限の性能は確保されたセッティングではあるが、いささかちぐはぐな組み合わせであるようにも見えた。

「どこのどいつが乗るのか知らんが、俺の41式にあまり粗末な装備は……」

 村田の言葉を遮るように、格納庫のシャッターが騒々しい音を立てて開いた。

「どうも、依頼した矢野です。お世話になりまーす」

 シャッターの向こうから、地下街で村田たちから41式を奪った男女が、村田と吉野の前に現れた。

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