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#28 ポーロックの客人

 矢野たちが死体の処分を行っている間、立木は事務所の中でタブレットを睨みつけていた。画面上には帳簿が表示されている。

 立木は悩んでいた。金のこと、襲撃者のこと、仕事のことなどを。

 今の立木は、自分自身を含めて五人もの人間を養っている。この静岡県東部は紛争地帯であり、真っ当な食料は砲弾よりも高値で取引されているのだ。食費だけでもバカにならない金額である。

 そして、必要な金は生活費に留まらない。

 頻繁に現れる襲撃者のおかげで弾薬を大量に浪費し、駐車場は穴だらけのまま放置されている。このままでは仕事に差し障りが出るだろう。これ以上無益な出費が続くのであれば、この事務所を引き払って別のセーフハウスへ引っ越す必要が出てくるかもしれない。

 そもそも襲撃者が無くとも、この事務所は大人と子供をそれぞれ二人づつ居候させるにはやや手狭であったのだ。少し前までは広さを持て余していたのに、ままならないものだと、立木は独り言ちた。

 実費として情保隊に生活費を請求してはいるが、十中八九はねつけられるだろう。気前のいいことをいうクライアントほど当てにならないものは無いのだ。立木はこれまでの傭兵生活において、依頼を引き受けるまでは報酬に糸目をつけないような素振りを見せておいて、契約書を交わしたとたんにびた一文出てこなくなる依頼主を数多く目の当たりにしてきた。言質というものが価値を持つのは、権力による法治という相互確証破壊に基づいた社会の枠の内側に限られる話なのである。

 シンプレックス連絡員の興田曰く、プロパー試験中は別のオーダーを受注できない規則になっているという。つまり、シンプレックスでの仕事以外の金策を探さなければならないのだ。

 借金は可能な限り避けたい。仕事を遂行するために金を借りるなど本末転倒ではないか、というのが立木の価値観であった。

 手頃な小勢力に押し入って略奪でもしようかと思いつめるが、それはそれで不要なトラブルを招きかねないと考え直す。

 “あずまや”で皿洗いでもするのが一番穏当な選択肢なのだろうが、それも気まずいことになりそうである。

 立木は思い付きと却下を自分の脳内で繰り返す。そして最後に絞りだしたアイデアは、やはり勝手知ったる傭兵業であった。

「バリアントに登録か……気は進まないが」

 バリアントとはシンプレックスの競合相手となる戦力派遣業者であり、外資のPMCとしては国内最大手で知られていた。

 個人事業主として契約し、仕事を斡旋してもらうというサービスの仕組みはシンプレックスと共通しているが、料金形態が明朗であり、傭兵登録や依頼委託が簡便であるという特長がある。

 その一方、依頼の審査はルーズで、報酬額もシンプレックスの仕事より低い傾向があった。玉石混淆のオーダーリストから、より割りの良い仕事を他者より先んじて拾い上げる、そういう器用さが求められるのだ。バリアント運営部は仕事の選定および受諾申請にAIツールを用いることを禁じているが、そういう規則を出し抜く抜け目なさが無ければ儲けを出すことは難しい。

 日本国内で個人傭兵を営むとしたら、サービスが充実しているシンプレックスに登録したほうが無難であるとされている。バリアントユーザーの多くは、シンプレックスベンダーの審査に通らなかった落伍者か、シンプレックスの厳しい規約に従えない粗忽者かのどちらかと言っても過言ではなかった。

 しかし今は身分を選り好みできる状況でもない。

 対処療法的に襲撃者を撃退していても、いずれは限界が来る。サクッとバリアントで金を稼ぎ、数日中に事務所を引き払う。これが立木のプランであった。

 近日中には情保隊から立木へ連絡が行き、夕映会攻略の仕事が始まる手はずになっているが、予定はいつも狂うものであり、約束など当てにはできない。念願のプロパー試験への参加が果たされたにも関わらず、立木は苛立ちを抑えきれなかった。

 立木が今後の行動予定リストをタブレットにメモしていると、洗濯物を抱えた姉弟が現れた。カオリはタブレットをのぞき込み、そして立木の顔を見た。

「立木、私が稼いでこようか?」

 教科書による勉強の成果か、カオリは最近になって急速に文字を学習していた。

「まずは勉強して、俺の仕事を手伝えるようになってくれ。それがお前らの仕事だ」

 立木はタブレットの電源を落とすと立ち上がった。

「朝飯にでもしよう。矢野たちも呼んでくれ」

 立木にも大人としてのプライドはあるし、姉弟に働かせたところで生活費の足しになる額を稼げるとは到底思えなかった。

 傭兵の仕事を手伝わせるならば、座学だけではなく武器の扱い方もそろそろ教える必要があるが、なんとなく立木はそういった訓練を姉弟へ課すことに抵抗感があった。姉弟に反逆されて銃口を向けられる危険を案じているのだ、と立木は自分の心理をそう分析した。


 KRVの、他の搭乗型兵器と大きく異なる点の一つとしては、その多用途性が挙げられる。

 もともとKRVは、歩兵や車両、航空機などの様々な兵科の戦力と組み合わせることで初めて戦術的価値を持つ兵器ではあるのだが、そういった他種の兵器の代替をKRV自身が行うこともできるのである。兵装の換装機能や垂直離着陸能力を用いることで、空対空戦闘から火力支援まで、多種多様な作戦行動を遂行することが可能なのである。

 つまり、KRVは“出来ること”が多いのだ。

 その器用さは、装甲兵器でありながら脚部に備えている飛行用ジェットエンジンと、胴体の左右に二基一対で設けられた可動式ガンマウント、つまり“腕”の賜物である。この腕を用いることで、機関砲や重砲、誘導弾、ブレードなど、様々な兵装を一機種で運用することを可能とするのである。

 また、火砲による攻撃のみならず、土木工事や運搬など、重機として用いられることもままあった。人間が石を持ち上げたり、棒材を支えたりするように、KRVは巨大な資材を容易に取り廻すことができるのである。

 そして、KRVの火砲や弾薬が枯渇している状況では、そういった資材を振り回して戦うようなシチュエーションもしばしば発生した。障害物啓開用として開発されたモーターハンマーも、近年では近接格闘戦闘用の兵装として認知されつつあった。

 徒手であっても戦おうと思えば戦える、KRVとはそういう兵器であった。

「だからといって、あえて丸腰のまま死蔵することもないでしょう」

 朝食の席で矢野は立木に主張した。

 情保隊から立木へ譲られた二台の41式は、ほぼ非武装である。小林が搭乗していた41式は、治安隊第一分隊の34式から奪ったモーターハンマーを装備しているが、それだけで戦場に出るのは自殺行為に他ならない。

 せっかくの最新鋭機である41式が、これでは両機とも宝の持ち腐れである。襲撃が頻発しているここ数日の状況を思えば、戦力は多いに越したことはないはずだ。

 矢野の言葉はいちいち最もであるが、立木としても無い袖を振ることはできなかった。

「金なら私がある程度持っています。機関砲とロケット砲くらいなら揃えられます」

 矢野の言葉を小林が引き継ぐ。渋る立木も二人の勢いに押されつつあった。

「その代わり、私たちに41式の操縦を任せてください」

 それは立木としても構わなかった。せっかくの戦力を倉庫にしまっておいたところで何の利益にもならない。

 立木は矢野たちの41式武装化に関する唐突な提案に面食らっていたが、しかし言ってることには一理あるとも感じていた。

 矢野と小林は、困惑する立木の反応を見守っている。

 もちろん、二人は本当に41式を武装したいがために立木と交渉しているわけではない。

 今朝がた、矢野と小林は、立木と行動を共にすることのリスクを互いに認識しあい、その対策を講じた。

 当初、二人は情保隊のセーフハウスへ戻る手段を考えていたが、それは諦めた。矢野たちを疎んじている井上が首を縦に振るとは思えないし、無理やり帰還したとしても早晩再び追い出されるか、あるいは情保隊の方がいずこかへ出ていくだろう。護衛任務の中断は、立木にとっても不本意であろうし、理解を求めることは難しい。

 それならば、いっそのこと自分たちだけで安全な場所を探し出し、そこでほとぼりが冷めるまで潜伏していよう、という話に纏まったのである。自費による41式の武装化の提案とは、兵器市場の末端との繋がりを足掛かりとした、この地域でのコネクション造りと情報収集を行うための方便であった。

「情保隊の予算からじゃ出ないのか」

「稟議書は出しましたが、たぶん無理かと」

 何はともあれ、自腹を切って装備を整えるのであれば立木としては反対する理由はない。代金が向こう持ちならば立木は何も損をしないし、連日の襲撃を受けて戦力の拡充は最優先事項となっているからだ。

「あと、ぼく、眼鏡を買いたいんですが、売ってる場所とかは……」

「眼鏡屋はわからんなあ」

 外出の口実ならば弾薬や食料の買い出しのみでも充分ではあるのだが、これは小林が情報収集以上にKRVの確保を強く望んだため、上記のような言い訳を用いることとなった。KRVは戦力としてのみならず、移動手段としても、状況によっては簡易拠点としても使えなくもない。所有できるのならば所有しておくに越したことはないのである。

 こうして矢野たちは、枯野KRVサービスへ赴くという名目で街へ出て情報収集を行うこととなったのである。


 運搬車とドーリーを借りて、矢野と小林は事務所を出た。

 立木は矢野たち二人だけの外出を渋るが、小林が己は職業軍人であり護衛は必要なく、大人数で動いても目立つため自分たちだけで外出したいと申し出る。立木も男女の事だから二人きりになりたいこともあろうと勘ぐり、渋々承諾した。

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― 新着の感想 ―
[一言] なんとなくランキングで目についたので通しで読んでみましたが、アーマード・コア好きな自分にはかなりクリティカルヒットしました。この終末感と傭兵の不自由さがなんとなく想起させます。更新お待ちして…
[一言] 「あーコレコレ、この乾いた感じ( ^ω^ )」と投稿された最新話をニコニコ顔で拝読させていただきました。
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