#24 三者鼎談
仕立ての良い背広を矮躯に纏った若いシンプレックスの連絡員と、静岡基地情保隊の責任者と自称する禿頭の将校が、店の奥の貴賓席で立木を待っていた。シンプレックス連絡員が手渡した名刺には、興田という名とメールアドレスのみが印刷されていた。
今回の打ち合わせは、いつものように上意下達的なオンライン発注ではなく、対面して話し合う必要のある、遂行難度と機密性が高い仕事の依頼が目的である。
「東田信二という男を探し出し、討ち取ってほしい」
井上と名乗る将校がおもむろに切り出す。
立木はその東田なる名に聞き覚えがあった。海外自衛隊のかつての英雄だ。今では自衛軍領で隠居していたはずである。
井上は続ける。
「英雄っていうのは表向きの話だ。ずいぶん前から活動家どもとのパイプを持っていて、先日の富士の騒動もこいつが仕掛けたものらしい」
立木は眉をひそめた。井上の話は、いわば自衛軍内のお家騒動だ。下手に首を突っ込んで自衛軍内の派閥争いに巻き込まれれば火傷では済まないだろう。井上の言葉もどこまで信じられるのかわかったものではない。
立木は井上の傍らの興田へ視線を向けた。興田は立木の懸念を察し、鞄から東田の身辺調査書を取り出す。
「井上中佐の話は我々も裏を取っています。これは自衛軍からの正式な依頼です」
依頼主の支払い能力や仕事内容の正当性などはシンプレックスが審査を行い、信頼性を確かめたうえで傭兵へ斡旋することとなっている。
シンプレックスお墨付きの仕事とあれば、立木も無下にはできない。立木は興田の言葉に肯首すると、対面に座る井上へ問いかける。
「では標的の居場所は? いつ決行しますか? 想定される迎撃の詳細も教えていただきたい。それを精査した上で、費用とスケジュールを……」
「まずは受けるかどうかを今決めてください」
興田は有無を言わせぬ口調で立木の言葉を遮る。立木は舌打ちを堪えながら言葉を返す。
「ならば標的の戦力だけでも開示していただきたい」
「契約前に情報を提供することはできません。規約で明記してあったはずですが?」
喧嘩腰で高圧的な興田の物言いに、立木はため息をついて反論した。
「クライアントが非協力的では困る。何もわからないのに受ける受けないなんて言えるはずがないでしょう。ましてこんな大きなヤマだ。無責任なことは言えない」
「やる気が無いのであればお早めに言ってくださいますか?」
「話にならねえな」
立木は席を蹴った。
「仕事は受けない。他をあたれよ。まあこんなブラック案件を受けるアホ傭兵なんざ誰もいないだろうがな」
「そうですか。今回の仕事はプロパー選考も兼ねていたのですが、試験不履行による失格ということで上に報告させていただきます」
立木は興田の胸ぐらを掴み上げると、引きずりながら出口へ向かった。
「まあ待て、待て」
井上が腰を浮かせて立木を制止する。
「情報は、全部は無理だが見せるよ。作戦の概要も説明するから、その上で引き受けるかどうか考えてくれねえか」
立木は凍えるような冷たい目で井上を見下ろす。井上は動じることなく、苦笑しながら言葉を続ける。
「あんた、ここら辺じゃ腕利きだって評判だからな。我々軍との付き合いも長いみたいだし、あんたが受けてくれれば一番都合がいいんだ」
クライアントがベンダーにへりくだるのも珍しいことであり、立木は興田への怒りとはまた別に、井上の態度に不安を覚える。しかし、ここまで佐官に言わせて袖にすれば、今後の軍関係の仕事に差し障りが出る恐れもあったため、立木は興田を放り捨てて着席し形だけでも話を聞く意思を見せた。
井上は馴れ馴れしく立木の肩を叩くと、足元のアタッシュケースからタブレットやらメモ帳やらを引っ張り出してテーブルへ並べる。
「まずは金の話か? 相場がわからんから少なかったら申し訳ないが、うちが用意できる報酬はこれだけだ。着手金はこの内の四割。残りは成功報酬、実費は別途請求してくれ」
井上が手元のタブレットに金額を打ち込み、立木に見せる。提示された報酬は、決して少なくない額ではあった。
「申し訳ないが、具体的な仕事の内容を伺ってない以上、この金額で多いとも少ないとも言えません。詳細を説明していただき、そのうえで適正な見積もりを出します」
井上はタブレットを引っ込めると、今度は分厚いファイルをアタッシュケースから取り出し、立木に差し出す。立木はそれを受け取ると、ページを広げ、目を落とした。ファイルの内容は、夕映会の拠点である地下街アジトの情報だった。
「東田はこの夕映会とかいう武装勢力のボスをやってる」
このファイルに記載してある情報を見る限り、夕映会はかなりの規模の組織に見受けられた。複数の車両やKRVを保有しており、構成人員は千人を下らないだろう。
予算も情報も不足しているのであれば傭兵を鉄砲玉にする意義もある。しかしここまで情報が出揃っているのならば、正規の部隊を運用して攻略を行ったほうが作戦成功率は高まるはずだ。訝しむ立木に、井上は答えた。
「東田の影響力はでかい。富士基地でも信奉者が派閥を作っている。情けない話だが、誰が内通者や協力者であるかわからない以上、身内が信用できんのだ」
「……そうですか」
「そう嫌な顔をしないでくれよ。もちろん我々情保隊がメインで動く。その上であんたにも裏方として協力してほしい」
「要は、貴官らの指揮下に入って、このアジトに篭っている東田を殺せばいいんですね」
立木の言葉に井上は肯首した。結局のところ、やはり鉄砲玉になれという案件ではあったが、具体的な仕事を提示されれば立木としても立ち回り方を想定することができる。
「いつ決行するかは未定だが、そう先のことでもない。いまは準備段階だが、進捗は報告するよ」
井上はそう言うと、友好的に微笑んだ。
立木は夕映会地下街アジトの攻略手順とそれに要する時間や機材のコストを頭の中でざっと計算する。この程度の情報量では具体的な作戦を立案するには不足だが、さらに詳細を引っ張り出すには正式に契約を結ぶ必要があるだろう。
立木は自身のタブレットを雑嚢から引っ張り出し、大まかな見積もりを作成して井上に見せた。適正価格に五割ほど上乗せした金額であるが、井上は特に値引きを求めることもなかった。
「それで頼むわ」
井上は手を差し出し、立木もそれに応じて握手する。交渉成立である。立木の口元がようやく綻ぶ。
「で、作戦遂行にあたって、しばらく要人の身柄を二人預かって欲しい」
再び立木の口がみるみる“へ”の字に曲がり、眉間に深い皺が刻まれた。
「どういうことです? 私が請け負ったのは攻撃作戦の参加業務のみですが」
「まあまあ、細かい話は全員揃ってからにしようや」
立木の抗議を井上はへらへらと笑って受け流し、タブレットのチャット画面を開いて、回線の向こうの相手へ連絡を飛ばした。
情保隊の隊員たちに促され、矢野と小林は貴賓室に入る。
矢野が室内を見渡すと、そこには井上と興田、そして屈強で強面の大男が席に着いていた。この大男が情保隊の話にあったベンダー傭兵なのだろうと矢野は察し、その剣呑な雰囲気に思わず身構える。
ノッポの矢野よりもさらに高い背丈。巌のように冷たく重々しい顔立ち。子供の胴体ほどの太さもある腕。軍の兵士たちの、暴力性を漲らせた野良犬のごとき気配とも違う、使い込まれ血が染みついた無骨な狩猟道具を思わせる剣呑な雰囲気。大男のその容貌と威圧感は、矢野の乏しい動物的本能を強烈に掻き立てた。警戒せよ、逃げよ、と。
井上は咳払いすると、矢野の隣に立つ。
「立木くん、彼らが警護対象の矢野少尉と小林軍曹だ」
立木と呼ばれたその大男が口元をひん曲げて矢野を睨んだ。鼻をつく暴力の匂いに、矢野の膝が震える。立木というベンダーから向けられるその視線は、明らかに好意からかけ離れた感情が込められていた。
だまし討ちのように契約書にない仕事を追加で要求してくるクライアントは多い。それを見越して多くの傭兵は予算を過大に見積もるよう心がけている。
しかし、要人警護などの重い仕事まで無理にねじ込むのはさすがにルール違反だ。立木は井上が呼び出した二人を苦々しい表情で一瞥すると、溜息をついた。
「先ほども申した通り、今回の契約に要人警護は含まれてません。しかも警護対象が二人とは」
「経費はもちろん払うよ。心配しないでくれ」
あからさまに不信と怒りの表情を浮かべている立木を、井上がなだめる。
「彼らの存在そのものが夕映会のシンパに対する強力な牽制となる。彼らを守ることは作戦の一貫なんだ」
井上の言い分で、立木は悟った。井上が求めているのは、作戦を成功に導くための戦力ではない。面倒ごとを後腐れなく丸投げできる便利屋だったのだ。
後ろ盾のないフリーランスの傭兵は、“一度引き受けたけどやっぱりできません”、というやり方は許されない。だからこそ仕事を慎重に選ぶ必要があるのだが、立木はそれに失敗したということである。
「よろしく頼むぞ、立木元曹長」
井上はいけしゃあしゃあとのたまい、立木は暗澹たる思いで契約書に署名を記す。
ここまで黙って事の推移を見守っていた興田が身を乗り出し、口を挟んだ。
「留意してほしいのですが、今回の仕事が達成されるまでシンプレックスからの別の依頼を受けることは出来ません。シンプレックスとのやり取りは私が窓口となります」
「作戦終了して報酬が支払われるまで無収入でいろと?」
「規則ですので」
興田の言葉はにべもなく、立木もそれ以上は食い下がらなかった。
「当たり前の話ですが、我々シンプレックスは能力のない人間を仲間とは認めません。プロパーとなることを望むのならば、結果を示してください」
「そうだな」
「我々は弱者を軽蔑しています。あなたがそうでないことを祈ります」
立木はどこまでも高慢な興田の言葉を鼻で笑い、受け流した。
契約を交わした後は、その場ですぐに作戦の打ち合わせが行われた。
終始苛立ちを隠そうともしない立木と、図々しく無理難題を要求する井上の傍らで、矢野はテーブルの横に突っ立ったままそわそわと両者を交互に見比べていた。小林は無線で店外の情保隊と連絡をとっており、興田は立木と井上のやりとりを議事録にまとめている。
打ち合わせは重苦しい空気の中で続けられた。




