表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/42

#21 みくまりの境

 夕暮れの街に機関砲とジェットエンジンの轟音が響き渡る。

 矢野と小林の41式は物流センター跡地の込み入った地形の中を逃げ惑うも、情け容赦のない34式の砲火が二人を追い立てる。

 ここにいたり矢野はようやく悟った。敵は世の中のどこにでも潜んでいるのだと。そして自分たちに帰る場所はもう無いのだと。


 富士の治安隊の規模は決して大きいものではない。しかし、それでもKRV機動特捜部を三個分隊抱えており、それぞれが独立して活動していた。矢野と小林を地下街へ拉致したのは第三分隊であり、他の分隊員の姿は見かけなかった。だから矢野達は、第三分隊以外の治安隊は、反逆には加担していないと思い込んだのである。だが、実際はそうではなかった。第三分隊のみならず第一分隊までもが夕映会に掌握されていたのである。もしかしたら第二分隊までも背信している可能性がある。

 想定外の事態に見舞われ、さすがの小林も焦った。この場から小林の原隊である情保隊に連絡するすべはない。つまり矢野と小林は、丸腰の41式二台で重装備の34式六台に応戦しなければならないのである。勝ち目は限りなく薄い。

<逃げよう軍曹!>

「少尉、前見て前!」

 物流センター跡地から飛び出した矢野の41式の眼前に、機関砲とモーターハンマーを構えた34式が回り込む。小林の叫びにかろうじて危機を察知した矢野が、絶叫しつつ思い切りペダルを踏みこんだ。

 34式から放たれた火線が、一瞬前まで矢野の41式が走行していた空間を横切り、背後の倉庫を粉砕する。矢野の41式はスラスターを全開にしたまま明後日の方向へネズミ花火のようにすっ飛んでいき、近隣の高層マンションの中腹付近に激突して墜落した。アビエイタージャケットを着用していない矢野は、激突と墜落の衝撃で意識が遠のき前後不覚となる。

 アスファルトの路面を砕いて横たわる41式の頭上で、34式が無慈悲に機関砲の砲口を向ける。増加装甲も防盾も装備していないスッピンの41式の防弾性能は、34式に毛が生えた程度のものでしかない。そもそも41式は、装甲による受動防御ではなく、高性能なハードキル迎撃システムや欺瞞装備による回避を前提とする軽量機なのだ。ほんの数秒でも35ミリ機関砲を叩き込まれれば、41式はあっさりと穴だらけの鉄クズと化すだろう。

 小林の41式は矢野を狙う34式へ突進しようとするも、他の34式の放ったロケット砲弾の爆炎に阻まれ、後退を余儀なくされる。

 少尉、起きて。そう小林が叫ぶ間もなかった。

 機関砲の砲身が火を吹き、タングステンの豪雨が矢野の41式に降り注ぐ。

 一瞬の出来事だった。着弾地点から黒煙が吹き上がり、41式はもちろん発砲した34式までをも包み込む。数秒ののち、装甲が砕かれる金属音が黒煙の向こうより響く。

 そして爆炎。

 渦巻く黒煙の中からKRVの部品が飛び散り、路上の廃車や付近のビルに突き刺さる。

 矢野の呆気ない死を目の当たりにし、小林の感情は暗く淀み、兵士としての心構えを再び取り戻した。彼女は冷静に戦況を判断し、彼我の戦力差が六対二から六対一になったという現実を受け入れる。つまり、どうやっても勝ち目はない。小林は、自分がここで死ぬのだということを理解した。

 小林はこの腐った世界に心残りは無いが、矢野の護衛を果たせなかったことだけは僅かな悔いとなった。しかし、それは不可抗力であり、よほどの腕利きでも無い限り非武装の41式で六台もの武装した34式と渡り合うことなど不可能であるので、大目に見てほしいとも考えた。

 小林は目を閉じて、朽ちた街や裏切者たちの34式といった不快なものを心から締め出すと、あの世に行ったら矢野に謝罪しよう、と小さな覚悟を決めた。そして、人生最後の光景を目に焼き付けるべく、瞼を開ける。

 小林の視界に、黒煙が晴れ渡った路上が映し出される。

 ガンマウントアームの高周波ブレード、つまり“爪”を天に掲げ仁王立ちしている矢野の41式と、その周囲に散らばる34式の残骸が、そこにはあった。

 小林は何度か瞬きをして目をこする。頭を振り、矢野の41式に目を凝らした。第一分隊の隊員も目の前の出来事に理解が追いついていないのか、五台の34式は動きを止めて呆然と立ちすくんでいた。

 

 紙一重で生きながらえた矢野は、冷や汗まみれになりながら荒い息をついていた。乗機の41式は、胸部装甲へ若干被弾しているものの、行動には支障はない。

 矢野は先ほどの、神懸ったひらめきで死の瀬戸際を切り抜けたその瞬間を、真っ白になった頭の中で反駁する。


 先ほど、34式が発砲したその瞬間。矢野の41式は射線から回避することなく、逆に上空の34式へ目がけて飛びかかった。

 四一式の右前腕部が限界まで伸長し、それを横なぎに払う。爪の切っ先が34式の35ミリ機関砲の砲口を掠める。機関砲の砲身が吹き飛び、34式の体勢が崩れる。がら空きとなった34式の胴体に、41式の左抜き手が深々と突き刺さった。

 矢野の41式が左手を引き抜き、着地する。胴体に風穴を開けられた34式は、一瞬くるくると空中できりもみ回転をした後、フレーム内部の水素燃料が発火したことにより木端微塵に爆散した。

 一秒足らずの、鮮やかすぎる反撃であった。

 この高度な機動は、当然、素人である矢野が直接操縦して成したわけではない。矢野はKTDLSネットワークを経由して、研究室のKRV機動ライブラリから徒手戦闘でのブレードマニューバ再現サブルーチンを読み込んだのである。

 この機動再現サブルーチンは、実行コマンド一行で戦前の教導団の高度な機動を再現することができる便利な機能だが、瞬間的な判断を求められるKRV戦闘の最中に目的の動作を検索するなど自殺行為でしかないため、実戦で使用するアビエイターは皆無といってよかった。

 矢野がこの手段を用いて応戦するという発想に至ったのは、KRV機動ライブラリの保存してあるサーバの管理者権限を彼が有していたためである。


 矢野の予想だにしない反撃を前に、戦場の空気が凍りついた。

「少尉、飛んで!」

 小林の声を受けて、矢野の41式が跳躍し、飛翔した。物流センター跡地に背を向けて、エンジン全開で逃走を開始する。夕焼けの空を解き放たれた矢のように突き進む。

<馬鹿野郎! 追え!>

 治安隊第一分隊の指揮官が檄を飛ばし、五台の34式が矢野の41式の追撃を開始する。その直後、一台の34式が背後からモーターハンマーで串刺しにされ、爆散した。矢野に撃破された34式が落としたモーターハンマーを、小林が回収して振るったのだ。

 泡を食って散り散りに回避を試みる34式を尻目に、小林の41式は矢野と同じ方向へ飛び去った。

 34式は運動性能に限れば41式にひけを取らない機体ではあるが、純粋な推力では一歩も二歩も劣ってしまっている。全力で逃走する41式に追いすがる手段など34式にはないのだ。

 簡易指揮所が設けられた装甲車の中で、治安隊第一分隊の指揮官は怒りのあまり地団駄を踏む。高性能な41式ではあっても、非武装で、なおかつ搭乗者の片割れが素人となれば、プロの軍人が操縦する34式に敗北するはずがなかった。さらに念には念を入れて、分隊が保有する六台全機を投入して包囲したが、その万端の備えが慢心を呼んだのだろうか。治安隊はその信じがたい手際の悪さにより、失敗しようの無いシチュエーションで失敗してしまったのである。

「非常に不本意だが、富士基地の第二分隊にケツを拭ってもらうしか無い」

 怒鳴りちらしたい衝動を抑え、指揮官は指示を下した。標的が富士基地の領土へ帰還する前に、速やかに対処をしなければならないのだ。

「第二分隊に繋げ。手柄は譲ってやるとな」

<その必要はありませんな>

 不意に割り込んできた通信に指揮官は飛び上がった。当然、第二分隊からのものではない。常に解放されている正規の回線から、記録に残る形での通信が届いたのだ。

<こちら静岡情保隊の井上です。部下が軍を裏切ったと聞きましてね。加勢に参りました>

 先ほどまで怒りのあまり真っ赤に染まっていた指揮官の顔が、今度はみるみる青ざめていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ