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#2 三夏

 KRVは対戦車戦闘を得意とするが、正面からの撃ち合いを行うような兵器でもない。

 教本通りにKRVで戦車と戦うのであれば、建築物などを遮蔽物として接近し、上空から砲身やエンジングリルを破壊すべきである。

 KRVの特質は、ホイール滑走による陸上機動力と、脚部ジェットエンジンによる着陸場所を選ばない垂直離着陸能力、そして腕部による広い射角である。装甲や火力は戦車に、航続距離や速度はヘリコプターに劣っており、力押しではそのポテンシャルを十全に発揮する事は出来ない。

 今回の立木と33式戦車の遭遇戦では、33式戦車が先制を取った事によって結果的に正対しての砲撃戦となってしまった。それでも最低限の手数で一方的に二両の戦車を撃破した立木は、手練と言って良い優秀な傭兵であり、それゆえに主なクライアントである自衛軍や警察軍からの覚えも良かった。


「これが欲しいんだろ、野良犬」

 立木の眼前で、自衛軍の士官が契約満了を示す書類をコンクリートの地面へぶちまける。地面へ這いつくばって紙束を拾う立木を、小銃を担いだ屈強な兵士達があざ笑う。

 41式改のカメラで撮影した戦闘記録をクライアントである富士駐屯地へ提出しに赴いた立木は、いつものように嫌がらせを受けていた。請求書の発行や資料の提出はシンプレックスに代行させる事も出来るが、それでは法外な手数料を取られるし、クライアントに顔を覚えて貰えない。逆に、立木が直接提出に向かえば、手数料はかからないし、顔は売れるし、何よりクライアントの内情を探る事ができる。ただ、クライアントの担当者が性悪だと、今回のように嫌がらせを受ける事もあった。

 富士駐屯地の担当者である士官とその取り巻きが、なぜ立木に敵対的であるかというと、それには確たる理由がある訳ではなく、暴力をひさぐもの特有の縄張り意識と弱者を見れば攻撃せざるを得ない本能、そして“裏切り者”に対する逆恨みによるものである。

 事務所とも言えない、小さな倉庫に椅子と机を置いただけの寒々しい控え室で、立木は口答えもせず、自衛軍の男達の嘲笑を聞き流しつつ書面を確認した。几帳面に数字とサインを何度も読み直し、丁寧に折り畳んでジャケットの懐へ仕舞う。

 友好的とは言えない自衛軍ではあるが、支払いを渋ったり誤魔化したりしない分、上客とも言えた。

 今回の基本報酬は五百万円少々であり弾薬費を考慮すれば赤字なのだが、情報に無い戦車と装甲車を二両ずつ撃破しているため、一千万円以上もの違約金という名のオプションが加算されていた。それでも可処分所得は十万円に満たないのではあるが……。

 開戦直後は紙くず同然と化していた日本円も、軍閥や巨大PMCの台頭によって日本国内で戦争ビジネスが勃興すると共にその価値を取り戻しつつあった。が、やはり米国ドルや人民元と比較すればレートは低く、十万日本円未満では質素倹約を心がける立木でも一か月分の生活費にしかならない。

「お前ちょっと貰いすぎだろ、山分けしようぜ」

「俺たち仲間だもんな、“曹長”」

 兵士の一人が立木に馴れ馴れしく肩を組む。立木の懐に手を突っ込み、財布を探り当てる。

 直後、その兵士が宙を舞った。

 兵士は頭からコンクリートの地面へ叩き付けられ、転がった。頭蓋がへこみ、首が真横へ曲がっている。眼球や耳孔、鼻孔などから出血し、灰色の地面を赤黒く汚した。四肢を滅茶苦茶に動かして七転八倒しているが、意識があるようには見えない。

 立木は兵士を放り投げると同時に周囲を素早く伺い、兵士たちの位置と装備、そして体格を確認すると、距離をとった。

「血が……」

 書類を地面に撒いた士官が何事かを呟いた刹那、死の嵐が小さな倉庫に吹き荒れた。


 部外者である立木は基地内に武器の類いを持ち込めないため、隠し持っていた小さなナイフのみでの対応となった。兵士達もいきなり発砲するような真似はせず、冷静に複数人で飛びかかる。しかし、百戦錬磨の傭兵である立木と単なる一兵卒達では、経験と実力に覆しようの無い大きな隔たりがあった。

 もともと数年前まで軍で新格闘を研鑽していた立木は、兵士達の動き方や手の内は知り尽くしていたのである。

 どれほどの腕力や技術があろうと数の不利を凌駕する事は不可能であるため、とにかく複数人で体当たりしたり伸し掛かったりして床に引き倒し、体力が尽きるまでタコ殴りにするというのが徒手制圧の常道とされる。その教えに愚直に従い突進してくる兵隊を、立木はまともに相手にせずいなしつつ、突出してきた者のみを殺害した。

 一発の銃弾も撃たせず、次々と手早く絶命させる。銃声を外の兵士たちに聞かれては面倒なことになるし、圧倒的な力の差を見せつける意図もあった。

 そして数分後には、荒い息をつく立木と、腰を抜かして地べたにひっくり返っている士官の周囲には、無残な死体の山が築かれていた。

「……お前、何だよ、何やってんだ」

「クライアントからの不当な攻撃に対し、ベンダーは自衛する権利が認められている」

「人殺し!」

「正当な行為だ。契約書にも書いてあるぞ」

 立木は兵士の死体から小銃を奪うと、喚き立てる士官の口へサプレッサーを押し込んだ。

「俺の金に触ったから殺したって言ってるんだ。わかんねえのか」

 安全装置を外す金属音を聞き取り、士官は失禁して白目を剥く。

「シンプレックスには報告しないでおいてやる。俺たちは仲間だからな。これからも仲良くやろうぜ」

 立木がさらにのどの奥へ銃口をねじ込むと、士官は痙攣しながら噴水のように嘔吐した。

 言うべき事は言ったと判断し、立木は踵を返す。やや脅しすぎた感もあるが、これで少しは自衛軍相手の仕事もやりやすくなるだろう、と立木は満足していた。

 倉庫の扉をくぐるとき、立木が後ろを振り返ると、士官は部下の兵士たちの死体に縋り付いて泣いていた。立木は、てっきり隅のほうで無様に震えて縮こまっているのだろうと予想していたが、そうではなかった。この士官は、立木が思っていたほどクズではなかったということだ。少なくとも身内に対してだけは。

 つい先ほどまで立木の胸を占めていた充足が急に失せ、何とも言えぬ鉛のような不快感が腹の中に溜まりだす。立木は舌打ちをすると、足早にその場を去った。


 翌朝。

 立木は運搬車を回収するために現場へ戻っていた。富士駐屯地から山中を抜けて、KRVでもなるべく目立たないルートを介して移動したために、夜が明けてしまった。

 早めに運搬車を回収しなければ、どこぞの廃品業者に持ち去られてしまう可能性もある。四メートルの巨躯を収容し、運用できる運搬車は、それなり以上の価値があるのである。そのため立木は、事務所へ帰る時間も惜しんで急行したのであった。

 孤独は自由であると同時に不便でもある。部下や仲間がいれば、立木が富士駐屯地へ契約完了の手続きへ赴いている間に回収を頼む事も出来るのだが、独り身では全て自分で行わなければならない。

 助手が欲しい。あるいは、各勢力の内情に通じている情報提供者が欲しい。だが金は払いたくない。立木は疲弊した脳内で無益な無いものねだりを何度もリピートする。

 陸橋の付近へ停めていた運搬車は、幸いにして瓦礫に埋もれる事も無く無傷で佇んでいる。昨日の仕事では補給を行うことがなかったため、運搬車を引っ張ってくる必要が無かったが、これで車体が損傷していたとなれば無意味な損失を負うところだった。

 立木は41式改から降車し、運搬車へ歩み寄った。

 朝だというのに暑い。熱気が立木の徹夜明けの脳を苛む。空調の効いた41式改から茹で上がったアスファルトの上へ身を晒すと、その落差が一層つらい。

 夏の日差しは朽ちた都市を強烈なコントラストで彩り、路地を割って生い茂る植物たちに過剰なほどの生命力を供給している。

 運搬車へ41式改を積載したら、速やかにねぐらへ帰り、熱いシャワーを浴びてベッドに潜り込みたい。補給や整備は明日からでもいいだろう。立木は脳内でスケジュールを調整しつつ、運搬車の後部扉を開け放った。

 立木は疲れていたし、熱気に頭を少しやられていた。だから、さまざまな危険が潜むこの旧市街にあって、油断していた。つまり気が抜けていたのだ


 昨夜。

 街をさまよい歩く二つの影……幼い難民の姉弟は、瓦礫の山の中で巨大な車両を発見した。箱が複雑にかみ合ったような軍用車だ。

 小汚い襤褸切れを纏った二人は、しばらくその車の周りをうろうろしていたが、やがて弟が荷台の扉を解放する事に成功する。二人が荷台へ入ると、中身は無人ではあったが、弾薬ケースやバッテリー、工具などが雑多に詰め込まれていた。

 やせ細った二人は、機材の山の中から驚異的な嗅覚でレーションと缶詰を探し出し、むさぼる。機械に強い弟が空調を起動させると、密閉された蒸し暑い車内に冷たい空気が満ちた。 

 つい数時間前まで姉弟は、他の難民達と共にトラックの荷台の中で一部の隙間も無いほどにすし詰めにされていた。故郷を焼かれ、母と共に苦しい旅を続けていた二人だったが、他の難民達と共に自衛軍の領土へ迎え入れられる手はずとなり、そこへ向かっていたのである。自衛軍は警察軍や上陸軍と並ぶ日本最大の軍閥であり、小さな国家とも言えた。自衛軍の庇護下に入れば、真っ当な仕事にありつけ、生活が安定するかもしれない。そしていつか、金持ちの街“とうきょう”へたどり着くのだ。

 人生に希望を抱き始めていた二人。しかし、それは何者かがトラックを襲撃したですべてご破算になってしまった。

 まず、先導していた装甲車が攻撃されて爆発し、二人を乗せていたトラックが急ブレーキを踏んだ。そしてハンドルを切り返して急発進する。その結果、荷台の後方に陣取っていた二人は、幌の隙間から振り落とされてしまったのだ。

 その後、二人は廃墟と化した市街へ逃げ込み、今に至るのである。

 そして、疲れきって寝入っていた二人は、車の後部扉が開く金属音に目を覚ます。開け放たれた扉の向こうには、朝の強い日差しを背に、目つきの鋭い大男が姉弟を凝視しているのであった。

 

 後部扉の向こう、荷台の奥に浮かぶ二対の目と立木はしばし見つめ合い、立ち尽くす。

 相当に動揺しているのであろう、二人の子どもは口を半開きにして凍り付いていたが、それは立木も同じだった。海千山千の傭兵たる立木らしからぬ醜態である。

 子どもたちはその薄汚い身なりから、難民や浮浪児の類いである事は立木も理解できた。十歳前後の少女と、その少女にかき抱かれた、より幼い少年。姉弟なのだろう、顔立ちは良く似ていた。街を歩けばいくらでも目につく、最底辺の弱者達だ。

 不意な遭遇による驚愕の後で、立木にこみ上げてきた感情は怒りだった。己のテリトリーに不潔な浮浪児が潜り込み、食料を貪り、営巣している。許せるはずが無かった。

「何だお前ら」

 屈強な兵隊でも震え上がる、プロの殺し屋としての声音で、立木は姉弟を威圧した。

 が、怒りの次に立木へ去来した想いは困惑であった。この運搬車は特に高度なセキュリティが施してあるわけではないが、一般的な施錠はしてある。目の前の二人の子供たちは、それを破って車内に侵入したということになる。

「どうやってここ開けた。いや、それよりも何でここにいる」

 少女はじりじりと立木から距離を取り、運転席側の壁に背を付けた。少年を腕で庇うように抱きしめ、恐れと敵意に満ちた瞳を立木に向けている。小動物のように震える少女の腕の中で、少年は物怖じせず立木を見上げていた。

 立木は二人を殺すか、それとも穏便に追い出すか迷った。殺すとしたら、拳銃を使うには弾が勿体ないし、ナイフも血と脂の手入れが面倒だったので、できれば素手で絞め殺したい。だが、何か月も体を洗ってないような浮浪児に触るのも嫌だった。

 大人しくこの場を去るならば見逃せばいいし、拒絶するようならば殺せば良い、と立木は結論づけた。

「これは俺の車だ。出ていけ」

 車内を血やその他の体液で汚したくないので、まずは外へ出るように命令する。

 果たして、二人の子どもはのろのろと立木のいる扉へ向かって歩き出した。

「何も持たずにゆっくりと出てこい……って、くさ!」

 難民の姉弟の悪臭に耐えきれず、立木は嘔吐する。ウジ入り腐れ粥を啜る軍隊生活で不潔には慣れ親しんでいた立木だったが、これには耐えられなかった。

「くさいの?」

 浮浪児の小さい方、つまり弟が首をかしげる。そして何を思ったか、運搬車に据え付けられているKRVの洗浄装置の電源レバーを倒してしまった。

 立木が待てという間もなく、車内の天井に張り巡らされたパイプから、汚染物質の除去や火災の消火を行うための高圧水流が放たれる。立木と姉弟の視界が水しぶきの白い瀑布に飲み込まれた。

 水流の勢いに押されて姉弟が車内から転がり出る。次いで、車内に転がっていたガラクタやらゴミやらが押し流されて飛び出してきた。立木も水滴の豪雨に見舞われ、尻餅をつく。

 運搬車の洗浄用水は燃料との兼用であり、大した量も無いため、すぐに放水は終了する。水浸しになって滅茶苦茶に散らかった運搬車の荷台の、その入り口では、水流によって多少は清潔になった姉弟がひっくり返っていた。鋼鉄のケースで覆われている砲弾はともかく、KRVの充電装置は駄目になってしまっただろう。立木は濡れ鼠になった姉弟に虹がかかる様を呆然と眺めていた。

「くさくなくなった?」

「……そうだな」

「おしっこ!」

「どっかそこら辺でしろ」

 どっかそこら辺でしろ、と立木が言ったにも関わらず、弟はその場で服を下ろして小便を始めた。

 姉の方は、気管に水滴が入ったのか、座ったまま咳き込んでいる。

 立木は運搬車の後部入り口に腰掛け、虚ろな視線を姉弟に巡らせた。空腹と疲労で、怒る気にもなれなかった。

「何なんだお前ら。親とか仲間とか、他にいないのか」

 立木の言葉に、姉はじっと虚空を睨みつけ、短く吐き捨てるように応える。

「いない」

 姉の声音には、強い怒りが込められていた。社会や大人、そういった世界のあらゆるものに対する憤りがあった。

 姉の傍らに幼い弟が寄り添う。

「おかあさんは……」

「お母さんは死んだ。昨日」

 弟の縋るような言葉を、姉が冷たく遮った。

 立木は得心する。この時勢で戦災孤児など珍しくもないが、こんな危険な紛争地帯を子ども二人でうろついている事は不自然だ。ここは力の無い者がさまよい込めば、早晩殺されるか攫われるかの末路が待っている、そういう世界なのだ。姉の言葉を聞く限り、この二人は孤児になってまだ一晩しか経ていない。だから、未だに生きていられるのだろう、と理解した。

 この孤児の姉弟は、昨夜は生き延びる事が出来たが、今晩はどうだろうか。明日の夜は。明後日を越えることは確率的に無理だろう。幸運は何度も続かない。この街に置ける弱者は、何者かの庇護を得られなければ生存は許されない。

 それを理解しているからこそ、この姉は神経を尖らせ、疲弊しきっているのだ。

 立木もかつて、両親が死んだあの日から、しばらくは流民のような生活を送っていた。幸いにも、当時の日本は経済的に余裕があり国家としての秩序も保たれていたため、野垂れ死ぬ前に施設へ入る事ができた。その点においては、立木は眼前の姉弟よりずっと恵まれていたと言える。

 そして立木は、この二人が先日の難民の一員であったのであろう事に思い当たる。二人の母を殺したのは立木だったのだ。

「もういい、わかった」

 立木が立ち上がる。姉がびくりと震えた。

「明日、国連の難民キャンプにでも連れてってやる。だから大人しくしとけ。機械とかに触るな。俺は疲れてるんだ」

 立木がなぜこのようなことを言い出したのか、それは立木自身にも理解できなかった。彼のわずかに残った良心が二人の境遇に同情したのか、孤独に疲れ心の弱さが露呈したのか、あるいは単に手駒として使えるかもしれないという打算があったのか。色々と理由は挙げられるが、実際のところは、ただその場の勢いや流れで生じた気まぐれでしかないのかもしれない。

「あんなところになんて帰りたくない」

「ここにいるよりはいいだろ」

 姉が少し暗い顔をしていたが、やがて素直に頷いた。

「いい加減、腹が減って死にそうだ」

 立木はKRVを運搬車に載せ、地面に散らばった機材を拾い集めて荷台に放り込む。水浸しになったゴミやガラクタはその場に捨てた。

 姉弟を後部の座席に乗せると、立木は運搬車を発進させる。

 時刻は朝。きつい日差しが酷暑を予感させた。

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