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#19 千引の岩の外

 小林の差し歯に詰められていた閃光弾を顔面に食らった多井は、ひっくり返って失神していた。よく見ればその鼻っ面にはススがこびり付いている。多井の取り巻きたちも床にうずくまり、悶絶していた。

 小林は部屋の隅に転がっていた多井の拳銃とナイフを拾い上げる。そして多井とその部下たちを速やかに射殺し、矢野の拘束をナイフで解いた。

「矢野少尉! 起きて!」

「お、起きてるよ」

 幸か不幸か、散々に痛めつけられたおかげで感覚が麻痺していた矢野は、すぐさま正気を取り戻した。痛みで膝が震えるが、骨は折れてはいないようだった。

 小林と矢野は尋問室を飛び出し、地下街を走り出す。立ちふさがる男たちを小林は容赦無く拳銃で射殺する。

 にわかに騒然とする地下街。男たちの怒声や靴音がそこら中から鳴り響き、矢野たちを追い詰めていく。

 入り組んだ地下街で、何度も分岐を曲がりながら、同じような風景の道を駆け抜ける。徐々に追っ手の声が増えていくのが矢野にも理解できた。

「どこに逃げるんだ!?」

「もうすぐそこ!」

 小林は拳銃を構えて走りながら、後ろの矢野へ怒鳴った。


 喧騒は二台の41式が駐機されている車庫にまで届いていた。怒号と銃声。

 吉野と村田は顔を見合わせると、41式に立てかけてあるラダーから降りた。

「何の騒ぎだ」

 吉野が呟く。車庫内には、それこそKRVの他に武装はない。二人は丸腰だったのだ。

 スパナを握りしめ、村田は車庫から通路へ顔を覗かせた。

「何か見えるか」

 村田の背中に吉野が声をかける。その直後、村田が弾かれたように顔を引っ込めた。

 どうした、と吉野が声をかける前に、立ち尽くす村田の眼前へ半裸の女が現れた。女は拳銃を構えており、更に一枚だけ羽織っているジャケットのポケットにはナイフが入っていた。

 村田と吉野は即座に両手を挙げ、凍りついた。


 弾の尽きた拳銃で村田と吉野を牽制しつつ、小林は車庫の隣の車両用エレベータに声をかけた。

「少尉! 動かせそう!?」

「大丈夫、いける!」

 エレベーターリフトと車庫を区切るシャッターが開く。リフトの制御盤の傍らで、矢野が小林へ手を振っていた。

 重々しい金属音と共に、エレベータの天井がノロノロと二つに開きだす。薄暗いリフトへ日光が差し込む。

「じゃあこっちに来て、41式に乗って!」

 振られていた矢野の手が止まった。

「何で?」

「あなたはここから自分の足で走って逃げるつもりなの? 地図もないのに」

「軍用KRVの操縦なんてやったことないぞ!」

「歩かせて飛ばすだけならコンシューマー機と変わらないから! 早く!」

 矢野は半泣きでリフトを駆け下り、車庫へ入る。

 棒立ちで動けない村田と吉野を横目に、矢野はラダーをよじ登って41式の操縦席へ潜り込んだ。

 KRVのシステムにはログインパスワードが設定されているが、自衛軍の機体は運用上の都合から全て“jdf_admin”に統一されている。この治安隊の41式も同様であり、矢野は苦もなく機体を起動させた。

「お、俺の41式……」

 吉野が悲しげに呟く。

 甲高いエンジン音が狭い地下街で盛大に鳴り響き、村田と吉野は思わず耳を抑えてしゃがみ込む。

 その隙に、小林もまたラダーを駆け上がってもう一台の41式に飛び込んだ。

「俺の41式!」

 村田が悲痛な叫びを挙げた。

 二台の41式は、ラダーや工具を蹴飛ばしながらリフトへ向かう。

「軍曹、エレベータを動かすぞ!」

 矢野が41式の無線を介して制御盤を操作した。モーターが唸り、リフトが徐々にせり上がっていく。

 その時、車庫の向こうの地下道から幾人もの兵士たちが姿を表した。小銃や拳銃の他に、ロケット砲を担いでいる者もいた。まさか閉鎖された地下で重火器を放つとも思えないが、万が一ということもある。

 小林と矢野が搭乗している41式には、頭部機銃を含めて武装が装備されていない。危険な状態だった。

 エレベータシャフトを見上げれば、天井は未だ半分も開いていない。41式が通り抜けるには少々幅が不足していた。

<仕方ない、ジャンプして、少尉!>

「め、メガネがないから計器がよく見えない!」

<いいからそのまま真上にジャンプして! ちょっと壁にぶつかったくらいじゃKRVは壊れないわよ!>

 無線の向こうの小林に急き立てられ、矢野はペダルを踏み込んだ。

 頭から押さえつけられるような加重が矢野の貧弱な体を襲う。しかしそれも一瞬のことだった。

 轟音と振動が地下街を揺るがす。それと同時に、矢野の視界が眩い青一色に染まる。空だった。数秒遅れて小林の41式も傍らに現れる。駅のターミナル跡地に偽装されていたエレベータの搬入口を粉砕し、二台の41式が晩夏の青空に舞ったのだ。

 二台は打ち捨てられた駅前ビル街へ降下すると、アクティブ迷彩を起動して姿を眩ませる。ジェットエンジンの轟音だけが遠雷のごとく灰色の街並みに轟いていた。


 愛機を奪われた村田と吉野は、エレベータシャフトの底から四角く切り取られた青空を呆然と見上げていた。

 あっさりと捕虜を逃してしまったあげく多くの仲間を殺された男達は、殺気立って追撃の準備を始める。

「KRVを出せ!」

「いい、もう遅い」

 東田がため息混じりで男達を静止する。 

「富士基地の同志に連絡した。対処は連中に任せるとしよう」

 東田個人の本当の目的は、矢野を誘拐することそれ自体にあった。KTDLSのクラッキング云々は、東田が夕映会を使役するための口実に過ぎない。

 どのみち、夕映会の工作により矢野と小林はもう自衛軍へ戻ることはできない。

 もう東田達がやれることは何も無いのだ。座して吉報を待つだけである。

 しかしそれでは仲間を殺されて熱り立つ男達が納得しないだろう。

「さて、今回の騒動の責任の所在はいったい誰にあるのか、考えなきゃならんな」

 東田は男達の暴力衝動の矛先を手近なものに逸らしてみた。武装した男達の視線の先が、エレベータの天井に穿たれた穴から、村田と吉野に移り変わる。

「治安隊の働きには期待していたんだが、捕虜を逃した上、機体まで失くしちまったんじゃあな」

 地下街に詰めていた治安隊の生き残りである村田と吉野は、不穏な空気を察して後ずさった。

「俺らに責任転嫁するのか!」

「隊長が黙ってないぞ!」

 村田と吉野は抗弁するが、東田の視線はあくまで冷ややかだった。

「お前らの隊長は死んでたよ。全く期待外れな男だったな」

 血の気を失い立ち尽くす村田と吉野を、銃器で武装した男達が取り囲む。

「悪いが、身内の落とし前はお前らがつけてくれや」

 東田はきびすを返し、地下街の闇の中に消えていった。

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