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#12 夕凪に布奈弖をせむ

 41式改が軒を連ねるバラックの直上を高速で通過する。それを追って火炎放射器の炎が吹き荒れ、バラックは火の海に没した。

 立木は41式改の残弾数が少ないことを鑑みて、最後の一台のモノを誘導してショッピングモールより湧き出るテクニカルを一掃しようと試みていた。地上駐車場の上空を41式改が旋回すれば、その軌道を追って宙をうねる火炎が駐車場に集まるテクニカルを焼き尽くす。

 戦術支援ソフトは、経緯はどうあれ捕捉対象がキルされればとりあえず撃墜判定を下す。ベンダーが標的の同士討ちなどを誘導した場合には、シンプレックスとクライアントがフライトレコーダーをもとに審査を行い、戦果とカウントできるかどうかを判断する。つまり、上手く立ち回れば弾を消費せずに戦果を稼ぐこともできるのである。

 立木はモノからの攻撃が不意に収まったことに気がつく。モノの火炎放射器の燃料が底をついたのだ。

 立木は41式改を逆噴射して減速させ、追撃してくるモノの背後を取った。41式改はなけなしの35ミリをモノの背中に放ち、撃墜する。

 あとに残された獲物は雑多なテクニカルだけだ。ロケット砲を荷台に積んだトラック程度の相手ならば、頭部12.7ミリでもおつりがくる。

 立木の41式改は炎上するショッピングモールを上空から睥睨した。炎の中を貧しい身なりの人々が逃げ惑い、時おり頭上の41式改へ向けて小火器を発砲している。地獄のような光景だった。

 強者が弱者を蹂躙するのは社会の正しいあり方だ。立木は自分が社会人として正しく仕事をしているのだと、自覚しようとした。

 立木は左胸の古傷の痛みと息苦しさにえずく。

 眼下に広がる炎の海は、街の一画を真っ赤に染めている。

 立木の疲弊した視界がぼやけ、目の前の光景と、記憶に焼き付いているあの日の夜の出来事が重なった。全てが赤に沈んだ街。

 昔、立木もまた弱者であった。

 あの日、炎上する街をさまよっていたのは、幼い立木だった。だが、今は立木が強者だ。

 手早く全てを終わらせて帰ろう、今日は疲れすぎた。立木は己の感傷を恥じた。

 41式改が地上で走り回るテクニカルの一台へ照準を向ける。そして、立木はテクニカルの運転手の姿を見た。

 子供だ。あの姉弟と同じ年頃だろう。

 照りつける火災の眩しさに立木は目を背けた。


 夕刻になり、暴動は完全に収束した。

 富士の自衛軍領は、基幹道路や水道などの主要なインフラを損失する多大な被害を負った。多くの住民たちは家と財産を失ったが、かといって行く当てもなく、瓦礫の山と化した街へ再び住処を築き始める。

 自衛軍のスポークスマンは、海外メディアや各軍閥が派遣した記者団の前で、今回の騒動の首謀者は難民キャンプの住人たちであると発表し、必ず逮捕し報いを受けさせることを宣言した。警察軍や上陸軍は、今回の出来事を好機とみなし、自衛軍の住民や難民に対する非道を糾弾するとともに、弱体化した富士領への侵略の準備を開始する。

 富士に大きな傷跡を残した今日の暴動だったが、しかし紛争地帯と化した日本ではさして珍しくもない事件であり、海外に住まう自衛軍や警察軍の出資者たちの記憶に残ることはなかった。


 帰宅した立木は目を疑った。

 事務所の駐車場に見知らぬ車両の残骸が散乱しており、燻っていたのである。

 41式改から降り、セントリーガンをチェックすると、残弾が減少していた。立木はこの事務所が襲撃を受けたことを理解する。

 なぜか前後に潰れた車両のそばには、小学生用の国語の教科書が落ちていた。

「小学生でも攻め込んできたのかよ」

 周囲に生存者の気配がないことから、襲撃者はセントリーガンに迎撃されて全滅したのだろうと認識した。立木は散乱する死体と車両の残骸の後始末の手間を思い、頭を抱えた。

 立木は気力も尽き果て、駐車場に座り込む。もう一歩も動きたくなかった。今日はそのままこの場で寝てしまおうかとさえ考えてしまう。誰の目も気にする必要が無いというのは、孤独であることの数少ない利点の一つであった。

 立木は駐車場の中心で大の字になり、分厚いスモッグに覆われた夕焼けを仰ぐ。

 シンプレックスプロパー選考参加のための資金は、今回の仕事で満たされた。選考を勝ち抜きプロパーの一員となれば、仕事のたびに消耗しきる生活とは縁を切ることができる。しかし、立木の胸に去来するのは、目標金額を稼ぎ切った満足感でも出世への高揚感でもなく、ただ今日の仕事を切り抜けた安堵ばかりであった。

 見上げる空は淀んだ夕日がゆらぎ陰鬱な朱に染まっているが、立木の気分は悪くはなかった。どのような日でも仕事明けは心が軽くなるものだ。

 しばらく立木が襲撃者の死体と共に大の字に寝転がっていると、どういうことか車庫においてあったはずの運搬車が駐車場へ入ってきた。立木は仰天して飛び起き、41式改に転がり込もうとする。停車した運搬車の中から出てきたのは、昨夜姿を晦ました姉弟だった。

「生きてたのか、お前ら」

 呆気にとられて姉弟を見つめる立木。その彼の前にカオリは大股に歩み寄り、手のひらを突き出した。

「ここを守って戦った代金、払って」

 立木は数秒間考え込み、カオリの言葉の意味を咀嚼する。

 守って戦っただと? 誰と? そこら辺に死体になって転がっている襲撃者と? 運搬車を運転して、いったいどこへ行っていたのか。なぜ、こいつらは疲れているときに限って現れ、面倒な要求をしてくるのか。考えれば考えるほど、立木の思考は散漫になった。

 疲労で靄のかかったような頭を振り、立木は険しい目でカオリを見つめ返す。

「守って戦うことなんて俺は頼んでいない。代金は払わん」

 そもそも契約や交渉は、互いの力関係が拮抗していなければ意味が無い。法律や社会というバックを持たない弱者を相手に筋を通すメリットは無い。

 立木は昨日よりこの姉弟を穏便に追い出そうとしており、姉弟もまた旅立つことを望んでいると考えていた。だが、実際にはできなかった。妙な巡り合わせで、両者は縁が切れそうで切れない、おかしな状況に陥っていた。

「何度も言っているように、何の役にも立たない孤児を置いておくなんて無理なんだよ。俺だってそんな生活に余裕は」

 不意にカオリが立木を指差した。立木はほんの一瞬訝しむが、即座に状況を察し背後へ回し蹴りを見舞う。立木は踵に重い反動を感じた。

 カオリが指先を向けた方向、立木が蹴りを放った先には、鉄パイプを握った柄の悪い初老の男が腹を押さえて地に伏していた。男は襲撃者の生き残り、ならず者たちのリーダーだった。

 立木は十発ほどつま先をリーダーの顔に叩きつけて抵抗力を奪い、肘と膝の関節を逆に折る。そして全身を拘束し、駐車場脇の物置に引きずって行き、乱暴に放り込んだ。

 立木は思わぬ運動に息を切らせながら、ふらふらと姉弟の前に戻った。

「これあげる」

 唐突にタダシが安っぽいプラスチック製の植木鉢を立木へ手渡した。

「かわりに、ここにすまわせてよ」

 立木は何度も植木鉢と姉弟を交互に見返した。

 姉弟は立木を真っ直ぐに見つめ、立木の言葉を待っている。

「わかったよ」

 立木は投げやりに言った。

「わかった。お前ら、そんなに言うならうちに置いてやる。だから今日は休ませてくれ」

 夕日が逆光となり、立木には姉弟の表情は良く見えなかった。しかし、そこで立木は初めてカオリの微笑みを見た気がした。


 その日の立木の稼ぎは、戦車十両、装甲車二十九両、KRV十三台、ヘリコプター四機、その他テクニカルや歩兵多数と、程々のものであった。普段のスコアと比較して、悪くはないが良くもない、という程度である。

 翌日、立木はならず者のリーダーを街の臓器屋に売った。リーダーは生きたまま内臓や角膜を奪われ、悶死するのだろう。

 ここ一帯の各武装勢力は人員や兵器を著しく損耗しており、しばらくは平和な日々が続くと目されている。しかし、兵器は西から東からいずこともなく供給され続けており、争いが完全に絶えることはない。

 世はなべてこともなく、戦争はまだまだ続き、ベンダーの仕事が無くなることはないが、一方で立木の生活には些細な変化が起こっていた。ほんの些細な、激動の時代においては小石ほどの重みも無い、しかし確かに存在する変化が。

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