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#10 悪血の心臓

 その日の夜明け前、地下街に降りた姉弟は、そこで死体の山と血の海を目にする。その地下街は夕映会の処刑場だった。

 夕映会は決して一枚ではない。そもそもこの組織には統一されたイデオロギーすら無いのだ。無政府主義者や共産主義者、宗教家、戦争マニア、あるいは単なる傭兵などが、信条も実績も能力もまったく問わずにかき集められたのである。ただ、自衛軍の統治を覆すという目標を共有しているだけの、全くまとまりのない集団が夕映会の実体であった。そのため、頻繁に内紛や裏切りが発生しており、そのたびにこの処刑場は使用された。

 夕映会は統制に欠く集団である故に防諜能力にも乏しく、自衛軍や警察軍、上陸軍などの様々な勢力から内偵が大量に送り込まれていた。内偵の働きにより組織の内情は外部へ筒抜けとなっており、決起の動きが見られれば即座に軍によって摘発されることになるのは目に見えていた。

 しかし東田は、決起のタイミングを組織内部に漏らさず、内偵のアンテナから隠し通すことに成功した。東田は難民キャンプ内部の住人と単独で接触し、彼らに決起の烽火を一任したことで、情報の流出を防いだのである。

 とにかく、姉弟は夕映会の処刑場にさまよい込んだ。そして地下街の冷たい闇の中で、姉弟は大人の恐ろしさを再確認する。姉弟は処刑執行の現場を目の当たりにしたのだ。

 薄暗い地下街の大通りに、一台の青いKRVが佇んでいた。青いKRVはほとんどその場から動かず、巨大な刀の切っ先を足下へ向けてゆるやかに振っている。そして、その切っ先が振るわれるたびに、男たちの悲鳴があがった。

 地下街の大通りは狭隘で視界も悪かった。にもかかわらず、青いKRVは足下を走り回る人間たちを、携えた刀で器用に切り刻んでいたのである。わずかな足さばきで、ほとんど音も立てずに旋回し、悲鳴をあげて逃げ惑う男たちを縦に二分していく。

 青いKRVのアビエイター、すなわち枯野にとってこの行為は、東田の34式改の調整もかねた懲罰執行行為であり、仕事でしかない。しかし事情を知らぬ姉弟から見れば、こんな夜にわざわざ狭く薄暗い場所でKRVを持ち込んで大量殺人に興じるなど、狂人の所行以外の何物でもなかった。

 殺戮が完了し、青いKRVから降りてきた枯野は、震えて立ちすくむ姉弟を穏やかになだめ、輸送車にて立木の事務所へ送り返した。十数人の命を奪った直後にも関わらず、枯野は工場で出会った時と同じようににこやかだった。

 カオリは正直立木を舐めていたが、認識を改めた。大人は平気で人を殺せるのだ。だからこちらも大人を殺せるようになって、生き延びるために戦わなければならないのだと、カオリは自分に言い聞かせた。

 これが今朝の出来事である。


 そして今、姉弟は運搬車に搭乗し、大人たちと戦っていた。

 立木の事務所の前に横たわる大通りを舞台に、家屋のように巨大な運搬車が、屈強な男たちを追い立てる。

「待って、やめて、ごめんなさ……」

 謝罪の泣き声にも聞く耳を持たず、また一人、逃げ惑う男を背中から轢殺する。巨大な運搬車でも、人を踏みにじった感触は運転席にまで伝わった。前進する運搬車の後ろに赤い挽き肉が残される。

 車線を全く無視してふらふらと縦横に走り回る運搬車は、非効率で不器用な動線を描きつつも、執拗に男たちを追跡していた。

 先ほど、サブリーダーのバンは、運搬車とリーダーのバンに前後から挟まれてスクラップと化した。車内から血まみれになって脱出したサブリーダーたちは、セントリーガンに追い立てられて立木の事務所の駐車場から這々の体で逃げ出す。それをカオリは無慈悲に追撃し、殺戮しているのである。

 悲鳴をあげて逃げ惑う大人の男たちをひき殺すのは、カオリにとって形容し難い恐怖と高揚をもたらしていた。発熱と頭痛、そして殺戮の興奮により、カオリの意識が朦朧とする。視界が揺らぎ、音が遠ざかる。

 男たちが、道の脇に立ち並ぶ崩落しかけたオフィスビルの一棟に転がり込んだ。それを愚直に追う運搬車。

 轟音をたて、運搬車がビルの入り口に突っ込んだ。ひび割れていたコンクリートの支柱が運搬車によってなぎ倒される。灰色の粉塵が運搬車のフロントガラスを叩く。瓦礫の山をかぶり、運搬車は停車した。


 リーダーである初老の男は、サブリーダーの車両に追突してフロントが潰れたバンから降りると、立木の事務所へ踏み入った。セントリーガンは逃げ惑う他のならず者たちを狙っており、幸運にもリーダーは捕捉される前に屋内へ到達したのである。

「誰もいねえのか」

 事務所内には、リーダーが恐れていたような、いかついヤクザの大群といった危険は無かった。ただし、期待していた金目のものや女、薬なども見当たらなかった。

 初老のリーダーは、立木の仕事場で用途不明なガラクタに囲まれたまま立ち尽くした。


 戦いの後には火事場泥棒がつきものであり、静寂を取り戻しつつある街のそこかしこでは、燻り続ける炎と黒煙に紛れて胡乱な廃品回収業者が徘徊していた。立木が運搬車をこの地へ持ち込んでいれば、彼らに強奪されていた可能性もある。

 結局、運搬車を戦線の近傍へ配置しなかったのは良かったのか悪かったのか、立木には判断がつきかねた。

 立木は家路を急ぐ。立木の駆る41式改は、朽ちかけたビルの合間を軽快に縫って飛びながら、自衛軍や他の武装組織の領域を侵犯しないよう慎重に道をたどる。

 帰宅し、補給を行ったら、富士にとんぼ返りを行わなければならない。残敵がいれば掃討して小銭を稼ぎ、いなければクライアントである富士駐屯地へ直接赴いて報告を行う。全くもって楽なことではなかった。

 被照準警報が鳴る。立木は即座にジェットエンジンを逆噴射し、41式改を真横へスライドさせた。押しつぶされるような慣性荷重に歯を食いしばりつつ、立木は高度を落とす。

 その直後、41式改の頭上に、渦動する炎の濁流が吹き荒れた。それに巻き込まれた高層ビルの一画が、赤熱化し、赤黒く溶け落ちる。

 立木は41式改を着地させ、建築物や廃棄された車両を掩体として利用しつつホイール滑走で襲撃者から距離を取った。

 レーダーディスプレイには、上空に三台のモノの機影が映し出されている。支援ソフトはこれらを標的として認識した。先ほどまで感知できなかったのは、この三台がアクティブ迷彩を展開していたためであった。

 モノは安価な民生用のKRVだが、テクニカル化を施されて武装組織に運用されていることも多い機種である。R-27と並ぶチープKRVの代名詞的機体であり、戦場での会敵率は高い。

 41式改の高性能な光学カメラが三台のモノの外観を捉え、性能や装備を解析する。

「火炎放射器か。命知らずだな」

 火炎放射器はその残虐さから好んで使用する無法者も多いが、彼らにしても積極的に対KRV戦闘に持ち出すことはあまりない。火炎放射器は本来対人掃討用の装備であり、装甲目標には効果が低いのだ。

 火炎放射器は、発射速度が遅く、射程も短く、誘導性能もなく、何より威力が低い。その上、反撃を受けて燃料タンクに被弾すれば即座に誘爆してしまうため、まともに運用するには高い回避スキルをアビエイターに要求する。素人同然のゲリラが使用したところで、自分が火達磨になるのがオチであるのだ。

 逆に言えば、わざわざ火炎放射器を装備してKRVを襲撃する者がいるとしたら、それは己の操縦技術に絶対の自信を持っているということになる。

 再び上空の三台のモノから炎の渦が放射された。41式改は貧民のあばら屋や朽ちた乗用車を蹴散らしつつ、時速二百キロ以上でスラム街を疾走する。

 左腕の35ミリ機関砲と頭部の同軸機銃以外の41式改の火器は、残弾が枯渇してしまっている。立木が取れる選択肢は少なく、仮にこのモノのアビエイターが凄腕であった場合、敗北して死ぬことも有りうる。

 立木は安全な立ち回り方を頭の中で検討した。少し反撃をして、相手の力量を見計らい、分が悪いようであったら逃げよう。41式改のずば抜けた推力ならば、モノから逃走することは難しくはないはずだ。

 ほんの一瞬、思考にふけった立木は、反応が遅れてしまった。41式改の進行方向に、暴動から避難している群衆がいたのだ。四メートルもの巨躯に高速で撥ねられた群衆は、一瞬にして赤い霧と化した。生き残った周囲の者たちも、41式改を追い回す火炎によって焼死した。

 立木は、無辜の弱者を巻き込み殺戮しても、動揺していない自分に安心した。戦闘中の動揺は死に直結するからだ。

 立木は前方に巨大な建築物を発見する。そこは、かつて街の経済活動の中心となった、巨大なショッピングモールの成れの果てであった。

 多くの寄る辺なき貧しい者たちが住まう、一種の城塞と化しているショッピングモールは、バラックや櫓が無秩序に増設されている。対KRV戦闘における遮蔽物として活用するに最適の地形であった。

 立木の41式改は眼前に聳える立体駐車場の中腹に飛び込む。ホイールの轍を火花とともにアスファルトへ刻み、速度を落として蛇行させる。飛び込んだフロアは薄暗く、廃材や作業用KRVの残骸などの雑多なガラクタで溢れており、コンクリート製の柱に掠れた印字で四階と記されているのが辛うじて可読できた。物陰に潜んでいたみすぼらしい身なりの住人たちが、蜘蛛の子を散らすように階下へ走り去る。41式改は旋回して三台のモノを正面から視界に捉えた。

 35ミリ機関砲の残弾が枯渇すれば、あとは得物を投棄して、アームの“爪”に標準装備されている高周波ブレードで戦うしか無くなるが、立木はそういった事態になることは避けたかった。

 立木は35ミリ機関砲を可能な限り温存すべく、まずは頭部カメラ同軸12.7ミリ機銃を牽制のつもりで発砲した。

 三台のモノは回避行動を取る素振りも見せず、火炎放射器を構えたまま真っ直ぐ立体駐車場へ突っ込んでくる。立木は冷静に41式改をバックステップさせて、立体駐車場のフロアから空中へ脱出する。

 三台のモノの内、一台は操縦を誤り、駐車場の壁面に衝突して墜落した。残りの二台は、隣接する僚機を互いに巻き込んでいることを気にもとめず、火炎放射器をデタラメに振り回して立体駐車場のフロアを焼き尽くす。

 モノの火炎放射器の燃料タンクに12.7ミリが命中しなかったのは偶然だ。まともな知能の持ち主ならば回避行動を取っているはずである。立木はモノのアビエイターの無謀さに呆れ果てた。

 二台のモノは自らが放った火炎で視界を塞がれたのだろう、接触事故を起こして駐車場の外へ転げ落ちる。狭い駐車場内で火炎放射器を無分別に使用したため、酸素が不足してジェットエンジンの失速を起こしたことも、コントロールを逸した原因であるようだった。

「ひどいヘタクソだな」

 モノのアビエイターは、自信過剰な素人でしかなかった。

 立木は地上駐車場でひっくり返っている二台のモノへ、空中から容赦なく35ミリ砲弾の豪雨を浴びせた。民生品の改造機でしかないモノにはまともな装甲など施されておらず、二台は呆気なく爆散する。地響きと共に二つの火柱が天を突き、大気を揺るがす衝撃で41式改は姿勢を崩した。火炎放射器の燃料に引火したのか、思いの外爆発が大きかったのだ。立木は巨大商業施設の屋上へ41式改を慎重に着陸させた。

「恨むなよ。こういう世の中なんだ」

 立木の言葉はモノのアビエイターに向けたものではない。先ほど轢殺してしまった避難民や、このショッピングモールの住人などの、戦いに巻き込んでしまった弱者に対しての身勝手な言い訳であった。

 その時、立木の全身が猛烈な勢いでコクピットの左側に押し付けられた。狭いシートに体をはめ込んでいたにもかかわらず、上半身が洗濯機に放り込まれたように振り回され、ヘルメット越しに側頭部を左ディスプレイへ強打する。身の毛がよだつような金属音と共に、モニターの映像が激しく揺らぐ。

 被弾したのだ。

 立木は衝撃の強さと損傷の度合いから、複数の携行ロケット砲が41式改の右側面に撃ち込まれたことを認識した。

 立木は腕に力を込めて操縦桿を握りなおし、意識を保った。霞む視界の向こうで、41式改のコンディションパネルが真っ赤に染まっている。右腕の防盾の半分が脱落し、肘と肩の駆動系にも障害が発生していた。スマート素材が損傷部位の修復を開始するが、質量の半分を喪失した防盾は手の施しようがなかった。

 攻撃者はショッピングモールの住人たちであった。彼らはほとんど山賊と変わらぬ生活を送っており、東田の反体制組織から流出した火器を所有していたのである。

 屋上入り口の扉の影で対戦車ロケット砲を肩に担いでいた男たちを、自動迎撃システムと連動した頭部カメラ同軸機銃が粉々に打ち砕いた。

 立木は知る由もないが、先日、自衛軍の街から帰宅する途上で遭遇したバリケードは、ここの住人たちの手によるものである。住人たちは東田の組織に浸透しており、騒乱発生の情報をいち早く掴み、街から脱出してくる一般人たちを捕らえては殺害していた。ここの住人達は上陸軍のシンパであり、自衛軍の街に住まう富裕層から財産を略奪せんとしていたのである。

 立木は割れた額から出血していることに気がついた。

 KRVアビエイターは普通科の歩兵などと比較して負傷率が低い。アビエイターが負傷するような状況は、おしなべて機体が深刻な損傷を負っているということあり、それは概ねアビエイターの未帰還を意味した。アビエイターは負傷率より未帰還率の方が高いのだ。

 立木は酸素マスクを外し、手で額の血を拭うと、重い息をついた。重装甲の41式改でなければ死んでいたかもしれないと思うと、恐怖と怒りがこみあげてくる。

 立木がレーダーを確認すると、41式改の周囲には複数台のテクニカルが展開しつつあるのが確認できた。また、先ほど駐車場の壁面に激突して墜落した最後の一台のモノも移動を開始していた。

「もう少し殺していくか」

 立木には彼らの相手をする理由は無い。41式改の大推力ならば、追撃を振り切って逃げ去ることは容易である。弾は少ないし、気力も集中力も限界であった。

 しかし、目の前には多くの獲物がいる。傭兵ならば、これを逃すことは有りえない。恐怖と怒りが、立木の萎えかけた戦意を昂ぶらせる。

 立木は家路に急いでおり、この寄り道は立木にとって不本意であったはずだ。しかし先ほど被弾した際に、彼の気は変わった。

 立木の胸の傷が疼く。


 立木は何も無い男だった。

 乗機の41式改も、惰性で続けている水耕栽培も、他者から譲り受けたものである。自分で探し出したり築き上げたりしたものなど何も無い。シンプレックスのプロパーという目標も、結局のところそれは夢や野望などではなく、ただ安定と裕福さを求めているだけに過ぎない。

 家族も、友も、夢も、生き甲斐もない、がらんどうの男。生きる意味も守るべきものも何もないのであれば、立木の寄る辺は傭兵としての規範しか無いのだ。

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