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 他の人が長い一生の中でたったの一瞬だって得られないほどの幸せを、幸運にも僕は君と出会ってからの十六年間も得られたのだ。

 幸せなのだから、人よりも幸せだと自負しているのだから、高望みをするのは絶対にいけない。

「全部、あたしが好きでしたことです。だってあたしはなんだってできる健康体なのですから、したくないことならば、しなければいいだけの話です。選択肢はたくさんある中で、あたしは選んだのです、この幸せを選んだのです。けれど恩を売ることにより、優しいあなたが断れない状況を作ってしまったのではないかとの不安が、最近はあたしを苛むのです」

 速答するべきだったろうが、否定を速答するのはかえって悪いと思われた。

 間を作ることは悪いだろうが、即座に否定することはもっと悪い。


 たしかに恩は感じているけれど、その上に愛があるのだと君は知っているはずだ。

 それを信じて僕は黙ったままに話を聞いた。

「あなたは嘘を吐かないと、あたしは知っているのに、卑怯な手で手に入れた愛なのではないかと怖くなるのです。だからあなたのわがままを、一つくらいはお聞かせ願いたいのです、これがあたしのわがままなのです」

 僕のわがままを聞くことが君のわがまま……


 滅茶苦茶なことを言えば、諦めてくれるのだろうか。

 諦めさせなければならないとは思わないけれども、死の迫った人間を前に、わがままを聞いてくれろうという思いはわかる。

 けれど僕としては迷惑を掛けてしまっている意識なので、どうにもわがままを言おうだとは思えるものか。


 弱っているのは明白なのだし、見ている身としては心配なのだろう。

 はっきり余命を告げられているのなら、僕としてもそうだし、まだ安心することができるというものだ。

 病名も具体的な余命もわからない、原因がわからないのに、体力が吸い取られていっているのだ。

 これほど苦しいことはない。これほど怖いことはない。


「お腹が空きました。病院のご飯は量が少なくて、食べたばかりなのに、すぐにお腹が空いてしまいますよ。何か、甘いものを持っています?」

「そう。チョコレートくらいなら持っています」

 バッグから一口サイズのチョコレートを取り出して、君は僕に差し出してくれる。

 手を閉じたまま、差し出してくれる。

「それじゃあ食べられません」

 咎めた僕を見下ろす君の視線は、あまりに冷たかった。


 数秒もの間そうしていたのに、不意にスッと包装を解いて、僕の口の中にチョコレートを押し込んできた。

「あんまりです。そういうところがあたしを不安にさせているとわからないでもないでしょうに」

 そのとおりだ。わかっていないはずがない。

「花見、一緒に行きませんか。それから、海へ行きましょう。花火大会へ行って、屋台でいろいろなものを買うのです。それから、紅葉を見に山へ登って、紅葉狩りついでにフルーツ狩りを楽しみましょうか。そうして、この季節外れの雪ではなくて、きちんと冬に降った雪で白く染まった街を歩くのです。僕と君で、手を繋いで、並んで歩くのです」

 行く場所は憧れからなるだけのもので、深い理由はなかった。

 むしろ僕にとって重要なのは、最後の言葉の方だった。



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