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なんとも憎い、美しいおまえや。
そうしておまえは天国を身近に感じさせようとでもしているつもりなのか。
また僕と君との間に距離を作ろうと動いているようなつもりなのか。
涙が出るほど美しい景色の存在を、自然と溢れるその涙の正体を、経験のなかった僕は今まで知らなかった。知ることがなかった。
理由だとか何ではなくて、あるのはただ、これはやはり涙であったのだということだけだ。
「ここまで来ると、悲しくなるものなのですかね」
「ですか、ね」
顔を見合わせると、気味の悪いことに、僕たちの頬は濡れていた。
茜色の世界で、潮風が桜を散らすまだ肌寒い春の日は、苦しいでは収まらないほど僕を苦しめる。
たくさん、詰め込みすぎなんだよ……。
「すぐに終わってしまうのですね」
時間が過ぎれば、この色はなくなってしまう。
時期が過ぎれば、この花はなくなってしまう。
「ええ、あなたのようですね。ですがあなただけがそうだというような意地悪を言うのではありません、あたしたちのよう、そう思えてしまうのはおかしいでしょうか」
君に顔を向けて、僕は微笑んだ。
この景色がなくなってしまう前に、ロマンティックなシルエットに包まれて抱き締めたいと考えた。
「僕が君を抱き締めたのは、いつのことでしたか」
僕の想いが通じたかのようなタイミングで、優しく僕を抱き締めてくれた君に対して、問いを投げた僕の声は相当弱々しかったろう。
「あら? あたし、あなたに抱き締められたことなんてありました?」
聞き返されると、そんな経験はなかったろうかと僕も考えてしまう。
この腕が動いていた頃など、言われてみれば思い出せもしないかもしれない。
動くことのないこの手は、君を抱き締めるという僕の願いを叶えてくれることはない。
普通の男女だったらば当たり前にできる幸せを、叶える力すらも僕は持っていないのだ。
他のだれもが持っていないほどの幸せを、君からもらっているのだというのに。
この残酷さは、幸せは夢ではなくて現実のものなのだと認識させてくれるから、悪くないものなのかもしれない。
「もしもし、僕の力だけで何ができるか、君はご存知でしょうか」
容赦なく君は答える。
「あたしがいないとあなたは生きていけません。あなただけでできることなんて、一つもありはしないのですよ。だから黙ってあたしに尽くしてくれたらいいのです」




