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三月十八日。
病室はいつでも快適だから僕にはあまりわからないが、ニュースによればもう暖かい日も十分にあるのだというのに、今日は突然の冷え込みだった。
春が訪れ始めた中で、急激に冬に引き戻されて、今日の空は雪模様だった。
毎年僕はこの名古屋の街を病室から見下ろしているわけだけれど、この時期にこれほど白く染まる姿を見られることは少ない。
室内にしかいないので、外の寒さを感じない僕からしてみれば美しいだけなのだから、雪が降ってくれたのは嬉しいことでもある。
外を見るしかないから、外を見ている。
それが楽しいわけがない。それはとても、とても退屈だ。
大した変化もなく、時間よりもゆっくりと歩く街を眺めている中で、その街一体が白く染まるのだから、喜ばない理由の方がないくらいだ。
外を歩いて来る君。外が雪景色に包まれている。それだと、気味が雪の中を歩かなければならなくなる。
そんな簡単なことさえ、僕にはわかっていなかった。
いつも通りの時間に到着できるように、君のことだから、いつもよりも早く家を出ていることだろう。
どれだけ時間を掛けて来てくれたのかと思うと、嬉しさと同時に心配の申し訳なさが心を占める。
滑る氷の道を、寒い雪の中、君は一人で歩いて来てくれた。
僕はせめて寒がる君の隣を歩いてあげたかった。
せめて、じゃないか……。
それ以上ないほどの、僕にとっては到底叶いそうもない願いなのだから。
美しい雪景色の中、寒いねと言いながら、君の隣を歩くなんて。
「どうかしました? どうやら、何か考え込んでいらっしゃるご様子です。もしかして、無理してあたしが来てしまったことで、そんなにお怒りなのですか?」
少々夢見ただけだったのだが、それが怒っているように見えてしまったようだ。
「すみません。怒ってはいません。ですが、僕よりもご自身のことを大切にしてほしい、そういった気持ちはあります」
笑ってくれるかと思ったのだけれど、普段から浮かべている微笑すら、君の顔から消えてしまった。
「それはあたしだって同じ気持ちです。こんなに細く弱々しい体ですけれど、心配していただかなくても、あたしは雪の中、外の街を歩いて来られます。あたしは健康な体を持っています」
「僕は弱くてすみませんね」
「いいえ、とても強いです。体こそ病に侵されておりますけれど、つまらない人たちよりも、よっぽど強いと思います。強いのに、あたしに守らせてくださるのです」
「その先は言わないでください。それと、君は同じ気持ちだと言いましたけれど、君とは違って僕は自分のために生きている方だと思います。こうしていつも愛おしい人を招いて、自分は動きもせずにただただ笑っていられるのです」
やはり君は笑わない。