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それからは、いつもしているような意味のない話で盛り上がっていたのだが、不意に沈黙が訪れた。
今まで話していなかった話題を、急に君は持ち出した。
「憧れのシチュエーションがあるのです」
唐突に、神妙な面持ちで言ってくれたのだ。
続けなければならない大切な話をしていたわけでもないし、はぐらかされたとすら思わない程度の意味のない話だったくらいなのだから、話したいことがあるのならそちらを優先する。
憧れのシチュエーションというのは、気になるものでもあった。
顔を見ていると、急にしたくなったからするのだというよりも、今この話をする必要があるからするのだというようだった。
「直接あなたから聞いたわけではありませんから、過去にそういう経験があったのかどうかあたしは知りませんけれど、おそらくあなたは実際に行ったことはないと思う場所です。そしてそれは、あたしも行ったことがない場所なのです。あなたが行こうと言っていたものを、まとめて叶えられるお得なところですから、覚悟しておいてくださいね」
目的地が近付いてきたのだろうか。
サプライズにするつもりなのかと思っていたが、そういうことではないというのだろう?
しかしまだ謎を残す言い方である。
君は「あのね」と俯きがちに言ってから、かなりの間を設けた。
「そこは花が咲いています。見事な花が咲いています。波の音が響いて、冷たい風があたしの頬を裂くのです。ですがあなたが冷えたあたしの頬に触れると未知の力が働いて、あたしに対して冷酷だった風が、優しく頬を撫でてくださるのですよ。それはもう温かく、暖かく、包み込んでくださりましょう」
比喩表現を用いているとも考えられたが、前の発言とも合わせてみると、そのまま受け取るのが正しいのだろう。
今から海へ行こうとしてくれているのだ。
「僕の手に、そんな未知の力は宿っていませんよ。この冷えた手でも君に温もりを与えられるのなら、努力だけはするつもりもありますけれど。最終的な結果として見ると、それは逆効果なのでしょうね」
「あなたとあたしだけに使える、未知の力があることをあなたはご存じないのですね。ふっふっふ、あたしもあなたの冷えた頬に触れて、愛の力というものを思い知らせてやりましょう」
にやりと笑う君は楽しそうだった。




