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まだここまで悪くならないうちに、昼間だったらば積極的に君は外へ連れ出してくれた。
けれどこんな時間に外の景色を低い視点から見るのは初めてのことだった。
いつも窓から街を見下ろすばかりだから、蚊帳の外という感覚が僕の胸を占めていた。名古屋には、視界に映る限りの狭い僕の世界には、僕の居場所はないような気がしていた。
僕からしてみれば夢の世界、ずっと憧れているしかなかった届くはずのない世界に、今僕はいるんだ。
こんなところまで君は連れ出してくれたのだ、こんな僕を。
降り積もり、薄くではあるものの全てを白く染めていた雪が、今はもう何も残っていない。
肌寒い、冷たい北風こそ吹き抜けていくものの、日の光もないのに寒いとはそれほど感じなかった。
雪が降ったのが異常なのであって、春だものな。
外の空気というものにそう触れていることがなかったものだから、正しい三月がわかっていないところもあったけれど、思い出してきたような気がする。
病室の外というものを、久しぶりに思い出してきたような気がする。
どこへまで連れていかれるのかと思っていれば、僕が運び込まれたのは自宅だった。
「今日はもう休みましょう。明日は早いですから、しっかりお休みになるのですよ。とは言っても、移動に時間が掛かりますから、移動中に眠っていても問題はないとは思いますが」
行先すら、何も教えてはくれない中で、君はそうとだけ言った。
遠出するようだけれど、この状態の僕は公共の乗り物を使うことが難しい。
バスも電車も迷惑が掛かってしまうし、混んでいたら尚更だ、乗ることを断念しなければならない場合だってあるかもしれない。
そういう不安も考えたら、君はそういった乗り物を選ばないだろうと考えられる。
だったらどうするつもりなのか。
外出することがあったとしても、君に車椅子を押してもらって、近場を散歩してもらうくらいのことしかない。
だからどういうわけなのかもわからないのだ。
車の免許は取ったけれど、更新をしていないのだと君は言っていた。
挑戦をしようと考えたこともないので、どういった制度なのかはわからないが、つまり要するに運転ができないのだということだと僕は解釈する。
それが違っていたとしても、とにかく普段運転をしない君が、車も持っていないのにわざわざレンタカーを借りてまで自ら運転するとも思えない。
それじゃあ、何で行く? 何を使う?
たぶん、歩いていけるような場所じゃあないんだよね。
タクシーを貸し切ってくれるのか?
謎の親衛隊のような人たちが、車を運転してくれるのか?
「貯金を全て使い果たすつもりでいます。あなたのために稼いだお金と、あなたが稼いだお金とだから、今回、全ての貯金を使い果たすつもりでいるのです。何も心配してくれないでくださいね」
君のこの言葉で、やはり運転手を雇うつもりなのだということはわかった。
どれだけ大胆に金を使うつもりでいてくれているのか、心配するなと言われても心配しないではいられなかろう。
それに、僕が終わっても君は続くというのに。




