泳げモグラ!!
モグラさんは穴の中で生まれてからずっと穴を掘り続けてきました。
モグラさんは穴を掘るのが大好きです。そしてモグラさんは、穴掘りのために両親から大切なものを二つももらっていました。
一つは、生まれたときからずっとあるお母さんと同じの大きな手。大きくてずんぐりむっくりな手は土を掘るのにとっても便利で、少し手を入れただけで土がもりもり掘れるのです。
そしてもう一つは、お父さんからもらったヘルメットです。地面の中は温かくて過ごしやすいのですが、ずんずん掘っていくと周りが見えなくなってしまうので、頭の上に物が落ちてきて大変です。だからお父さんからもらったヘルメットで頭を守って、それについているライトで穴を照らしているのです。
今日もモグラさんはずいぶんと穴を掘っていました。すると、掘っていた右手の先がいつもより軽く感じました。もう少し掘ると、土ががらりとくずれてその中にオケラさんの顔がひょっこり出てきました。
「こりゃすまない。うっかりオケラさんの家の壁を開けてしまったようだ」
「いえいえ、土の中の生活をしているとよくあることですから。すぐに埋めておいてください」
オケラさんは怒らず、わっかのようなものと傘を持って家から出ようとしていました。
モグラさんは、どうして傘なんて持っていくのだろうと不思議がりました。雨が降っているのなら穴の中に隠れて過ごせばいいのにと思って、オケラさんを呼び止めました。
「ねえオケラさん。どうして傘なんて持っていくんだい? 外が雨なら穴の中で過ごせばいいのに」
「これは雨のための傘じゃないんだ。日よけの傘なんだよ。これから水浴びに行くんだ。このうきわを持ってね。モグラさんも一緒にいかないかい、きっと楽しいよ」
「変なオケラさん、ぼくは穴掘りが好きだから結構だよ。さようなら」
ぷいと頭を振って、オケラさんの家に開け締まった穴を埋めました。
モグラさんは穴掘りを再開しようと下に向けてずんぐりな手を持ち上げましたが、またオケラさんの家の壁を少し掘りました。どうしてもオケラさんのことが気になって仕方なかったのです。
小さく開けた穴をのぞくとオケラさんはもう出ていってしまっていました。モグラさんはオケラさんの後を追いかけて上へと穴を掘り進めました。
土と小さな小石がゴロゴロとモグラさんの頭の上に落ちてきます。時折モグラさんの頭の半分ほどある大きな石も落ちてきますがヘルメットをかぶっている平気です。
ずいぶん掘っていきますと、手の先が軽い感覚が訪れました。ぐっと手を引いてみると、目に真っ白なものが刺さりました。
突然刺されてモグラさんは転げながら、慌ててそれを目から取ろうとしましたが、何もありません。目の中に入った白いものは、斑点のようにぽつぽつと消えていき元の色に戻っていきました。
ホッと安心したモグラさんは穴から顔をのぞくと、さっきの白いものが穴の外にいっぱい落ちていました。
それはお日様の光でした。
外に出た時にモグラさんは、お日様の光にびっくりしてしまったのです。そしてお日様はいくつもの斑点となって水の上に浮かんでいました。小さな斑点はまるで葉っぱが水に浮かんでいるかのように、ぷかぷかと浮かんでいて、水がゆれると斑点も一緒にゆれました。
ぐるりと土の壁に囲まれた水海の中に、六本の手足で見事な平泳ぎをするオケラさんがいました。オケラさんが水海から出ると前足を大きく振って呼びかけました。
「モグラさん。水が冷たくて気持ちいいよ」
「ぼくはあったかい方が好きだから結構です!」
ふんっと鼻から大きな鼻息を出すとモグラさんはとっとと穴をふさいでまた地面の中に戻ってしまいました。
「どうして水浴びなんてするんだい。ぼくはずっと地面の中に住んでいて不満なことなんてないのに、おかしなことをして。もしおぼれてしまったらどうするんだい。オケラさんのことがよくわからない」
地面の中で生まれ育ったモグラさんは、同じ土の中で生まれ育ったオケラさんがどうして泳ぐのか考えました。
水の中の方が過ごしやすいのかな? ――いや、オケラさんは冷たいと言っていたからそうじゃないだろう。
水の中の方がおいしいごはんがあるのかな? ――いや、地面の中のごはんのほうが絶対おいしい。
水の中の方が安全なのかな? ――いや、水の中はずっといたらおぼれてしまう。土の中ではおぼれたりなんかしない。
あれこれ考えましたが、納得いく考えが思いつかず一日中穴を掘り続けました。
今日も元気よく穴を掘り続けるモグラさん。昨日のオケラさんの水浴びのことなどすっかり忘れていました。
ゴロゴロ落ちてくる土の塊の雨を抜けて進んでいくと、ぼすんと音を立てると、モグラさんは空を飛んでいました。
「あわわ、落ちちゃう落ちちゃう」
またモグラさんは思いがけないところに穴を開けてしまったのです。そこはなんとあの水海を囲っている壁の所に穴を開けてしまったのです。
なにとかモグラさんは水の中に落ちずにすんでホッと頭をかこうとしましたが、頭の上に大切なヘルメットがなくなっていました。見ると、ヘルメットは水の上に落っこちていて風に吹かれて水海の沖に流されて行ってました。
「どうしよう。あれはお父さんからくれたヘルメットなのに。あれがないと穴が掘れないよ」
こまったこまったと悩んでいるモグラさん。すると、カエルさんが水の中から顔を出してきました。
「どうしたんだいモグラさん?」
「カエルさん。ぼくの大切なヘルメットが落ちてしまったんだ。取ってきてくれないか」
「どうして君が取らないんだい? 君には立派なみずかきがあるじゃないか」
カエルさんがモグラさんの大切なお母さんからもらったずんぐりむっくりの手を指して言いました。もちろんモグラさんは目を丸くしました。だってこのずんぐりむっくりの手は、土を掘ることしか使わなかったのですから、いきなり泳げるじゃないかと言われて納得いきませんでした。
「これは穴を掘るための手だよ。泳ぐためにあるんじゃないやい」
「それだったら、おれのみずかきだってそうだよ。おれのは泳ぐためあるだけじゃなくて、壁にぺたりと張り付くことだってできるんだ。君の手だってきっとできるさ」
カエルさんはそう言って一歩も引きません。そうしているうちにヘルメットは、ますます沖に流されて行きます。
「ほら、おれの手に捕まりな。泳ぎ方は教えてやるから」
カエルさんがそう言うと、しかたなくそのペタペタした手をつかみ、ぼちゃんと音を立てて水の中に入りました。
ひゃあ冷たい。ぼくの体がぶよぶよとしたもので囲まれているみたいだ。
初めて水の中に入ったモグラさんの感想は驚きでいっぱいです。カエルさんに手を引かれてヘルメットを追っていくと、ふっと足が軽くなりました。この感覚には覚えがありました。土の中で向こう側に何もない時と同じ感覚です。
モグラさんが下を見ると、足元に地面が何もなかったのです。
「うわぁ! 地面がない! 助けて、おぼれちゃう!!」
突然地面がなくなってモグラさんはバシャバシャバシャバシャ大慌て、必死に手足を動かして浮かぼうとしますがよけいに沈んでいきます。
「落ち着いて、落ち着いてすればおぼれないから。そうだゆっくり手と足を使って泳ぐんだ。地面を掘るようにね」
カエルさんに言われたように、モグラさんはいつものように地面を掘る感じで手足を動かします。
ぽちゃぽちゃぽちゃぽちゃ。もがいて泳ぐだけだったモグラさんの手つきは、次第に良くなり水が跳ねる音もリズム良くなってきました。
「うまいうまい、最初よりも上手になったじゃないか」
もうモグラさんはじたばた手足を動かしているのではなく、見事なバタフライを披露していました。
水の冷たさに慣れてきて心地よく感じてきました。モグラさんが一瞬もぐると、そこは土の中とは違った景色が広がっていました。水海の中では、お日様の斑の光が差し込んで、水海の底にあるカラフルな石たちをスポットライトのように照らしていました。
すぐ前には、魚さんたちが集団登校して口をパクパクさせておしゃべりしています。一体何を話しているのかなと聞き耳を立てますが、魚さんたちの泳ぐのが早くて聞きとれませんでした。モグラさんはもう少しもぐろうと藻の森を進んでいきました。
とっても不思議だ。ぼくの体の動きは土の中と同じなのに、見える景色も感じ方も全然違って新鮮だ。オケラさんもこんな景色をいつも楽しんでいるのかな。
藻の森がモグラさんを柔らかく包み込むと、上の方から一本の光がモグラさんの目に刺さりました。お日様の光にしては少し弱いです。見上げると、それはモグラさんのヘルメットについているライトの光でした。目的を思い出したモグラさんは、急いで上へ上へと上がっていきます。
水の中から顔を出すと、お日様の白い光がお出迎え。モグラさんの隣には大切なヘルメットが逆さまになって、のんきそうにぷかぷかと浮かんでいました。
「ほら捕まえたよ。ぼくのヘルメット」
カエルさんが追いつくとモグラさんを見てびっくりしました。土と砂まみれで汚れた体毛が、水に洗われて素のきれいな茶色の毛にではありませんか。
「なんだい、やっぱり泳げるじゃないか。見た目もいいモグラになったようだ。どうだい、初めて泳いだ感想は」
「意外と楽しいものだな。泳ぐのって」
初めて泳いだことで、オケラさんの気持ちがよくわかりました。
それからというものモグラさんは今でも海水浴に行きます。そしてひと泳ぎした後、日光浴をするのが習慣となりました。このとき、モグラさんはもう目が刺されないように大きなサングラスをつけるのです。
そして日光浴をしながらモグラさんは、「どうしてこういうことをもっと早く気付かなかったのだろう」といつも自問自答しますが、理由が思い浮びません。
もし皆さんが、泳いでいるモグラさんを見つけても大きな声を上げずにそっとしておいてください。モグラさんね、実は自分が泳いでいるのを隠しているんです。
あれで恥ずかしがりなのですよモグラさんは。