プロローグ
教室の隅のゴミ箱の前で 希望 月冴は、俯いていた。
――クスクス、あれ誰がやったの?
――わかんない。でもあれはちょっと可哀想かも~笑笑。
ゴミ箱には月冴の教科書やノート、体操服などの学習用具が破かれたりぐしゃぐしゃになっており、その上から月冴の弁当が撒き散らされていた。
――あれ、お昼どうすんの?クスクス。
――お金も巻き上げてんでしょ?
――てか、あの弁当完成度低くね?
――アイツには虫とか草が丁度いいっしょ
「「「ぎゃははははははは!!」」」
大勢の視線が月冴に突き刺さる。嘲笑、侮蔑あるいは同情。多くの生徒が遠巻きに月冴のことを見ている。
聞こえるように交わされる悪口。クラス全員が月冴のことを笑う。
廊下を通りかかる教師も見て見ぬふり、この場所に月冴の味方は誰一人としていなかった。
希望 月冴はクラス全体からいじめを受けている。
ガサガサ
月冴は、捨てられた自らの物を両手に抱え俯いたまま早歩きで教室から出た。
◇
雲間から照らされる日差しが阻まれ影になった体育倉庫の裏で月冴はうずくまっていた。
「うッ、うッ。」
月冴は、涙を流しながらおかしくなった呼吸のリズムを整えていた。
隣には抱えてきたボロボロの教科書や体操服が置かれている。
その上に散らばった、弁当の不出来なおかずを見ると
月冴は胸が焼けそうな気持ちになる。
五歳の時に母と妹が行方不明になってからずっと父が一人で月冴を育ててきた。
そんな父が月冴が高校生になってから弁当を作るようになったのだ。毎朝笑顔で渡してくれる弁当がこんな風にされているのを見ると、どうしても涙が溢れてくる。
「あ!こんなところにいた。月冴ー。」
声のした方を見ると、少しウェーブのかかった茶髪を後ろでまとめたポニーテールの可愛らしい顔立ちをした美少女がいた。
「あ、朱音。」
彼女の名前は、四之宮 朱音。月冴と昔から付き合いがある所謂幼馴染というものだ。
月冴は、急いで目を擦り涙の跡を拭き取る。
「あーあー、またこんなにされちゃって。」
朱音は、月冴に近づいて来て散らばった教科書たちを眺めていた。
そして、屈んでボロボロの教科書をまとめ始めた。
朱音は今の月冴の唯一の味方だ。
「月冴さ、いつもこんな事されて悔しくないの?」
少しの沈黙のあと
朱音は、散らばった教科書を集めながら月冴に聴く。
「も、もちろんく、悔しいよ。」
月冴は、オドオドとしながら応える。朱音とは昔からの付き合いだが、年をおうごとに段々緊張して話しずらくなった気がする。
「だったら、なんで仕返しも抵抗もしないの?」
月冴は、いじめを受けて悔しくない訳ではない。仕返しをしたいし、いじめてきた奴らを見返したい。ここでその気持ちを明かしたらきっと朱音は手伝ってくれるだろう。しかし、朱音をあまり巻き込みたくない。
月冴は、拳を握りしめ薄っぺらい笑顔を貼り付けながら言った。
「いや、なんて言うかさ、まだ全然大丈夫だから、ほら、暴力とかもそんなに酷くないし。」
嘘だ。毎日のように放課後プールで吐くまで殴られている。
「それにさ、これからもう皆飽きるかもしれないし。」
「僕ってさほら、体丈夫じゃん。昔木から落ちたときだって……」
月冴は、嘘を貼り付け虚勢を張る。
「私のことは頼ってくれないんだね。また。」
「え……?」
「もう、いいよ。勝手にしなよ。」
そう言い朱音は、教科書をまとめる手を止め戻ってしまう。
「あ、朱音……」
朱音と少し距離が空いた気がした。
キーンコーンカーンコーン
昼休み終了のチャイムが鳴り響く。月冴は、立ち上がり朱音がまとめてくれた物をまた両手に抱え歩き出した。
◇
午後の授業が終わると、月冴は足速に教室を出ようとする。時刻は四時を少し過ぎており、今は下校ラッシュの時間だ。できるだけ今のうちに他の生徒に紛れておきたい。
「おい、お~い。希望く~ん。どこいくのよぉ~。」
足を進める月冴を、五人の大柄な男子が囲う。いかにも、ヤンキーの雰囲気である。
「わかってんだろぉ?プール行くぞ。」
普通なら、このあたりで助けが来るものだがそうは行かない。教室の中の出来事のはずなのに、学級委員も誰も助けてくれない。皆が当たり前の事のように無視して通り過ぎていく。
「……はい。」
「はっはっ「はい」だってよ。随分と素直になったなぁ。」
「あ、そーいや無限石の試験も近かったよな。」
「あ?まじかよ。」
無限石
ラテン語で『新しい光 』と書くこの石は人間の無限の可能性を引き出す、現代の技術が生み出した結晶である。この石は、国家免許を持つもののみが使用を許可されており、使用者により無限の形に変化し特殊な能力を使用者に宿す。
国家免許を取ることが出来れば一生金には困らない上に国全体の英雄となれるため、皆高校一年で受ける試験に必死なのだ。
「なら、丁度いい。俺らの練習に付き合ってもらおうぜ。」
五人のヤンキーたちは、ゲラゲラと笑いながら月冴を連れてプールに向かっていた。
『 緊急!!緊急!!』
校内全体に放送が入った。発信者の声は聞くからに焦っている。
『生徒は、ただちに避難して下さい!! 』
――え?なになに?どうしたの?
――教頭めっちゃ焦っているじゃん。ウケる。
『校舎上空にFX-02ワイバーンです!! 』
――キャー!!
ワイバーンという言葉が出た瞬間に校舎内にどよめきが起こった。
――はやく!はやく進んでよ!!
――おい!押すな!
避難場所の体育館への通路が生徒でごった返し押し合いになっている。
「お、おい俺らも逃げようぜ。」
ヤンキーの一人が焦った顔で言った。
「いや、試験の肩慣らしに一匹狩ってみようぜ。」
ヤンキー軍団のリーダー格が提案する。
「い、いやそれはヤバいってワイバーンだぞ?」
「なーに、いざとなったら国家免許持った人たちが来てくれるって。」
「い、いや、でも……」
「なに、ビビってんだよ!いくぞ!!」
そう言い生徒の波をかき分けながら五人、否五人と月冴は外への道を進んだ。
この行為がどれだけ愚かなことなのかも知らずに……
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