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私が転職を決めたその理由

作者: 高月怜

とあるカーラジCMを聞いていたら流れてきた曲とネタに思わず書いてしまいました。

「もう我慢ならない。私、転職する!」


“バンッ”と音をさせ、ビールジャッキを居酒屋の机に叩きつけた高橋彩弓は高校時代の友人に向かって高らかに宣言した。


「へ~、そうなんだ?でも、またどうしてよ?」


その言葉に付き合いの長い友人である人妻が“酒のつまみ“である枝豆を口に運びながら気のない返事を返す。彼女とは高校時代からの付き合い。自分と違って麗しい容姿と男前の性格から彼に逆プロポーズをした強者だ。そんな彼女の言葉に一瞬、押し黙った彩弓は深刻そうな机に肘をついて頭を抱えた。


「だって元彼への殺人容疑が会社の防犯カメラでアリバイが証明されるってどんだけ悲しいのよ!」


そう今年、三十路を迎える年に初めて“とある事件”の容疑者になった。容疑は“元彼”への殺人容疑。元彼の浮気を知って別れたのが三ヶ月前。彼が死んだことすら知らなかった自分にとって警察官が来たのはまさに青天の霹靂。


“少しお話しよろしいですか?”


そう言って気難しい顔をした二人組の見せる手帳に周りがざわめいたぐらいだ。


「いや、本当に警察官が私服で来た上に二人組って所はいい経験をしたけどね」


そう遠い目をする私の横で“あ、生一つ”と通りがかった店員に酒を追加注文してから友人が呆れた視線をこちらに視線を戻す。


「何?あんた、まだ拘ってたの?よかったじゃない、会社の防犯カメラとはいえ、アリバイが証明されて」


「あんたに分かる?防犯カメラをチェックしてた警察官の疑念に満ちた瞳が悲哀に変わるあの瞬間が!」


友人の呑気な言葉にそう突っ込むと店員が運んで来た追加の生中を一口飲み、友人が呆れた表情を自分に向ける。


「分かるわけないでしょ」


「そうだよね!」


友人の当たり前の言葉に彩弓は深いため息を吐く。


そのまさかだった…。


私が転職を決意したのは正にその会社の防犯カメラの存在だ。

自分に元彼と別れた理由と殺害された日のアリバイを聞きに来た警察官から証拠の提示を求められたのだ。その日は運悪く会社に泊まり込んで緊急の連絡当番だったのは私の他には2つ向こう側にあるソファーで寝ていた違う部署の先輩だが部署が違うのと寝ていたので覚えていなかった。


「危うく、容疑者になりそうな私を救ったのはその防犯カメラの存在だったのよ」


“その日はどちらに?”


そう聞かれた私は“会社に泊まっていました”と答えたのだ。


“それを証明出来る方は?”


“それは…”


思わず、口ごもった私に目が鋭くなる警察官。元彼に未練のなかった私の背を冷たいものが走る。


“よろしければ署までご同行お願い出来ますか?”


そう切り出され、もう終わりだと思った私に向かい、上司が“のんびり”と上を指差した。


「高橋、防犯カメラに写ってるんじゃないか?」


その言葉にハッとなる私と警察官。三人で警備室に駆け込んだ。


「その日、初めて上司の事を尊敬したよ!」


それまで嫌みを言われる度に笑みを浮かべながら“ハゲればいいのに”と思っていた事は内緒だ。上司の着眼点に敬服した。


「あんたもあんたね」


自分の言葉に容赦なく、突っ込みが入るのを無視し彩弓は続ける。


「で、警備室に駆け込んでその日の防犯カメラを再生してもらったら…」


「あんたの最悪の寝相が写ってたの?」


長年の付き合いから自分の気の抜いた姿を知る友人の言葉に彩弓はふふと笑う。


「カップラーメンを食べて、おっさんのようにゲップして。慣れた様子で化粧を落として、ソファーに潜り込んだ姿がばっちり写ってたわよ」


「御愁傷様」


「事情を聞きに来た警察官、格好よかったのよ!」


“うわ~”と叫んで机に突っ伏す。そんな姿をみられては“怖かった”なんて可愛い女性に許される言葉は許されない。


「ちなみにその辺りは仕事が立て込んで3日間泊まり込んでたからばっちり3日分見られたわよ」


元彼は死後、幾日か経ってから発見されたらしく、その死亡推定時間分の防犯カメラの画像を再生された。


「しばらくは厳しい目が向けられてたけど、2日目の後半あたりからは同情の視線が向けられたわ」


もちろん、元彼の殺人容疑がかけられるなんて嫌だが何より…


「“お忙しい中に申し訳ありません”って」


その悲哀さえ籠った言葉に彩弓は一気に絶望の淵に叩き込まれた。


「その時、思ったの会社辞めようって」


防犯カメラしか自分の無実を証明してくれない環境に嫌気が差した。


「ま、いいんじゃない?あんたならどこでもやって行けそうだし」


「うん」


友の言葉に彩弓は複雑な表情を晒す。


「ずっと仕事一筋でやってきたし、仕事は好きだったけど転職するわ」


今回の事件を通して分かった事が一つだけあった。


「このままだと私の姿を見るのは防犯カメラだけのような気がしたの」


元彼への殺人容疑を晴らしてくれたがやはり、私は自分の頑張る姿はカメラじゃなくて人に見て欲しい。


「これが私の転職を決めた理由」


そう言いながら彩弓は居酒屋の防犯カメラに向かって満面の笑みを浮かべた。

いつもお読み頂きましてありがとうございます。誤字・脱字がありましたら申し訳ありません。少しでも楽しんで頂ければ幸いです

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― 新着の感想 ―
[一言] 切ない……そして現在仕事中に私の姿を見るものがリアルに防犯カメラだけと言う環境の私は笑うしかないですw
2018/03/20 23:37 退会済み
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