月虹の夜
もう何百回と見たはずなのに、夜のバス停は一層みすぼらしく見えた。木でできた屋根と壁は年月相応に朽ちて、もはやそこにあるという以外の意味を持ってはいない。最近張り替えられたばかりの時刻表は錆の浮いた標識柱の腐敗具合を際立たせている。椅子に腰かけるときも場所を選ばなければ、誰かが置いていった座布団を貫く木の棘が刺さってしまう。
腰かけて一息つくと、周りの静けさが耳に痛い。普段はずっと音楽を聴いていたし、こんな時間にここに来たこともない。この町がこんなに静かになることがあるなんて知らなかった。
バスが来るはずの方を見ると、何かをし忘れてきたような気がする。それとも何かやり残したことがあるような気がしたから、元いた場所を振り返ったのか。
私はほとんど何も置いてこなかった。ただひとつ、机の上に残した、ただの白紙の他には何も。
それが何を意味するのか、誰かは気づいてくれるだろうか。あり得ないと思いながら、期待する。
胸が詰まる気持ちを吐き出すように深く息をつくと、ふと空を見上げる。朽ち開いた屋根の隙間から見える夜空は、月の光が虹色に染めているようだった。
私が乗るバスはいつ来るのだろうか。
バスは、まだ来ない。
三種のお題組み合わせったーhttps://shindanmaker.com/192905からのお題。「月虹の夜」「停留所」「白紙」。