惚れたが負け
商人でも襲われてたんだろう。ここはど田舎の貧乏村だ。大江戸なんかとは違って、身なりが整ってる奴や弱そうな奴は当たり前に襲われるなんてよくあることで、特に気にするようなことじゃない。その商人はそのどっちもで、どこから見たって葱を背負ってきた鴨だ。そこを通りがかってゴロツキどもを切り捨てたって話の筋は傍から見るだけでわかった。おいらが足を止めたのは、その浪人風の着流しの男に目を奪われたからだった。日差しの強い夕焼けに染まることを拒否する圧倒的な銀光、その代わりの赤を夕空に吸わせるように、鮮血を空に散らして曲線の軌道を描く。
次の瞬間、体が斬られたがっているように走り出していた。
忘れもしねえ。それが、おいらと奴の出会いだった。
「貴様もしつこい男だな。私などよりその辺りの町娘でも追いかけていた方が比べ物にならないくらい楽しいだろうに。まあ、その執念深さでは女子にモテるとも思えはせんがな」
「こればっかりは仕様がねえ。惚れたほうが負け、とはよくいったもんだ」
奴は観念したようにため息をついて、すらりと得物を抜いた。
鈍く光る銀色が俺の姿をぼんやりと見つめ返してくる。
「その刀、今日こそそいつをいただくぜ」
お題ひねり出してみたhttps://shindanmaker.com/392860からのお題。『惚れたほうが負け、とはよくいったもんだ』。