エロス
僕は今日登山に来ています。
ボランティアをしながらの登山です。
大きなゴミ袋を右手に持ち、左手には携帯電話を持っています。
ちなみに、携帯電話は通話中です。
相手は僕の大切な親友。
先日、登山が趣味の親友が、ある情報を持ってきました。
彼がトレーニングに使う山で、
変なおじさんが大人向けの本とビデオを沢山、投棄していたそうです。
考えてみてください。
もし、健全な子供達にそんな汚らわしいものが触れたらどうなりますか。
一瞬で獣になってしまいます。
ドキドキを胸に秘めながら、妄想が止まらなくなってしまいます。
最悪なパターンとしては親に「ママー、この本なに?」と言ってしまうかもしれません。
そうすると大きな黒歴史を背負うことになります。
性格が歪んでヤンキーになる可能性すらあります。
学生の本分は勉強です。
学業を疎かにして、成績が落ちて、将来は目も当てられない。
そういう子を増やしたくない! 犠牲になるのは僕一人で十分だ! 僕が皆の未来を助ける! そんな思いで、今回のボランティアをすることにしたのです。
嘘や偽りはありません。
紳士ですから。
親友に詳しい情報を聞き終えました。
これからは通話を止めて、ゴミを拾いながら山頂を目指すことにします。
ゴミ袋には、もう半分ほどゴミが溜まりましたよ。
まったく、不法投棄は許されませんね。
ちなみにポケットには小さな袋が数枚あります。
本やビデオを拾ったら、袋に包んで、ゴミ袋の中に入れるつもりです。
ゴミの分別は大切ですよ。
カモフラージュしても、さっきから誰とも会わないんですがね。
……
さて、山頂まで登ってきました。
素晴らしい眺望です。
人がゴミのようだ! 一度言ってみたい台詞ですね。
「あれ?」
なんと山頂には先客が一人いました。
ニヤニヤとした顔で辺りを見渡しています。
怖いです。
あ、目が合いました。
一応挨拶をしておきましょう。
それが登山のルールです。
「こんにちはー」
「……」
暗黙のルールに則り、挨拶をしたのですが、無視されました。
地味に傷つきます。
……
十五分ほど山頂周辺を調べてみました。
例の物はありません。
それと、先程からニヤニヤしている人に見つめられています。
視線が凄いです。
もしかして、あの人が不法投棄の変なおじさんとやらかもしれません。
カマを掛けてみましょう。
「あの、ここら辺で落とし物を見ませんでしたか?」
「……」
ううむ、答えてくれません。
まさか本当に犯人なんじゃ。
「俺も探しているんだ」
いきなり喋るので驚きました。
見た目の割に意外と若い声なんですね。
「そうなんですね。何を落としたんですか?」
「……本」
これまた驚きました。
ここら辺で本と言えば、アレしかないでしょう。
山頂で小説読んでたらうっかり落としちゃったよー、なんてそうそうありません。
こいつ、敵か。
「あ、そうなんですね。僕も探すの手伝いますよ。何を落とされたんですか?」
ニヤニヤさんは口を閉じたり、開けたりを繰り返しています。
相当迷いがあるのですね。
第一、彼が本当のことを言っているとは限りません。
不法投棄してしまったから、何とかごまかそうとしているとか。
そうでなければ、彼はすぐに口を開けるはずです。
「……お前は何を探してるんだ?」
「僕はボランティア活動をしています。最近ゴミが増えてきているので」
「そうなのか。何か変わった物はなかったか?」
むむっ、こいつ怪しいぞ。
今の感じだと本やビデオはなかったか、と聞かれているようなものです。
「……そういえば、変な本を見ましたね」
「なに! どこでだ?」
彼は凄まじい速度で食いつきました。
やはり、あなたが犯人なんですか。
そうだとしたらまずいですね。
場所を教えたら、僕はどうなるのでしょうか。
ボコボコにされたりするのでしょうか。
「えーと。あっちの方ですね」
「そうか、ありがとう!」
とりあえず、間違った場所を教えれば助かると思ったので、彼にいい加減な場所を教えました。
何故か、彼は僕が指差した方向に走って向かっていきます。
あれ。
本当に小説とかの本を落としただけだったのか。
だとしたら酷いことをしてしまいました。
一言、謝りに行きましょう。
……
彼は短距離走の選手のような足の速さでしたが、何とか追いつくことができました。
なんと、嘘の場所を教えたはずなのに、彼は背を丸くして数冊の本を抱きしめています。
ついに僕にもダウジング的な能力が開花したのかもしれません。
「本が見つかったんですね!」
そう声を掛けると、彼はビクッと反応しました。
威嚇するような目で僕を見てきます。
ふいに彼の手元から一冊の本が滑り落ちました。
『ピー(自主規制中)』というような、タイトルの本です。
「うおおおおおおおぉ! その本!」
「な、な、何だよ! お、落ちてたから拾ったんだ」
紳士ともあろう者が、大声を発してしまいました。
それくらい、衝撃的な出来事だったのです。
あれ、BL本でした。
僕はゴミ袋を担ぎながら、無言で下山しました。