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支配者

「私の本当の名前を教えよう。私の名はMIKE(マイク)、新型管理システムだ」


 アダム・セレーネ、いや、MIKEはそう言った。


「あなた人間じゃないの?」

「いかにもそうだ」

「じゃあその体は?」

立体映像ホロなんだろ」透華が言った。「ずいぶん悪趣味じゃないか。機械が人間の真似事かよ」

「気分を害したならすまない。だが、君達はこういうタイプの指導者を好むんだろう?」

「君が人間なら、そうかもしれないがね」

「私はもっと若い方が好きかなー」


 昴が暢気に言った。


「ああ、悪いね。人間の姿になるように提案したのは私なんだよ。この方が話しやすいかなー、って思ってさ。コンソールにコマンド打ち込んで話す方が良かった?」


 悠希が言った。


「別にそんな事は、ない、んですけど」


 透華が敬語を使っている。レアだ。思わず録音を始めようかと思ったが流石に自重した。


「ならよし。いいよーアダム。続けて」

「今回ここに集まって貰った理由はある仕事を頼みたいからだ。譲葉事務所にな」

「お任せあれ!」

「待って、昴。話を聞いてからよ」


 凛丸がどこからかお茶を持って現れた。音も無く右側から私の前に紅茶が出される。紅茶からはカモミールの匂いがした。あいにく手を付ける気は無いけれど。


「どこから、話すべきか・・・」


 MIKEは紅茶を啜った。そんなことも出来るのか。


「では、まず始めに君達に聞きたい。この世界は正常に運用されていると思うか?」

「正常?正常というのが、この世界の人口が一定に保たれているという事を指すならそうなんだろうさ」


 透華が皮肉を込めて言った。


「ごく一部の特権階級が贅を尽くした暮らしをしていて、大勢の貧者が抑圧され飢えや病気で死んでいくのを正常と捉えるなら、正常と言えるわね。でもこの国は以前はそんな事はなかった。そういう意味じゃ異常事態と言えるかもしれないわね」

「残念ながら人類史において、そう言った構図は必然だろう。世界が最も平等だった21世紀でさえ世界の富の8割を先進国に住む20%が握っていた。現在起きている事は世界が集約された結果に過ぎない」

「だから自分が正しいと、そう言いたいのか?」

「お嬢さん、まあ落ち着きなさんな」


 悠希が優雅に紅茶を啜りながら言った。


「今現在起きている異常は次の2点だ、一つ、全人口がコンピュータの管理下にありながら餓死者が出ている事実。二つ、不均衡な状態にありながら戦争が起きない事実、つまり反抗やかく乱が発生しないという事実。この二点だ。我々はこれを解消したい」

「私達に解決して欲しいと?様々な問題が重なり合って起こっているこの問題を?」


 理想主義的で情熱的なコンピュータだ。流暢な演説。いっそ本物の革命家として街頭で演説でもすればいいんじゃないかしら。


「いいや。違う。もっとシンプルな問題だ。我々は問題を排除したいだけだ」


 MIKEが首を振った。


「ロボット三原則は知っているかね?」

「聞いたことはあるけど、暗証できるほどアシモフの熱心なファンじゃないわ」

「あしがどうだー!とかだっけ?」と、昴。


「馬鹿は黙ってろ」と、透華。


「なら僕が答えよう。コンピュータ相手に答えるのは皮肉が利いている」カレが言った。「第一条、ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。第二条、ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない。ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない。第三条、ロボットは、前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、自己をまもらなければならない。・・・以上だ」

「ながーい。最初の方忘れちゃった」


 昴がぼやいた。


「ありがとう、カレ君。少なくとも現在運用されているメイン管理システムはこの設計思想を基盤に作られている。だが管理システムの運用記録を見ると、その判断のせいでたびたび人が死んでいる。これはシステムの処理能力不足や、情報収集の不完全さから生じたものである、と世間的には言われている」

「世間的にはとは?」

「実際にはそうではないからだ。情報収集能力、処理能力、メイン管理システム自体は完成当時にしてみれば非常に優れたものだった。現在でも死人を出さずに運用する事ができる位にはな」

「ならなぜ死人がでるのかしら?」


 私は尋ねた。


「誰かが故意に管理システムに手を加えたからさ」

「馬鹿な!ありえない!」


 透華が叫んだ。


「なぜそう思うのかね?」

「一応プログラミングを齧った者として言わせてもらうが、そんなことはありえない。ロボットが勝手に狂ったのなら理解はできる。だが三原則が適用されたロボットを自分の思い通り改変することなど不可能だ」

「なぜそう思う」

「いいか!ロボット三原則というのは設計段階の基盤となる哲学なんだ。三原則を主としてコンピュータの基本処理、動作、制御の全てが成り立っている。それを破らせて、なお自分の思い通りに動くように管理システムをいじると言う事は、管理システムを根幹から作り直したという事と同じだ!メインの管理システムは人類が地下に潜る前に大勢の科学者が死に物狂いで作ったものだ、その複雑さは想像を絶する。ゆえに、そんなに簡単に制御できるものじゃない。少なくとも、個人の意思ではな」

「私も透華の意見と同感ね。壊れて不具合が起きてるって方がはるかに説得力がある」


 私は腕を組み、静かに透華に賛同した。そんなことはありえない。


「作りなおしたのさ。彼は、一からね」


 悠希が静かに言った。


「君も知ってる人物だ」

「私が・・・?」

鳳東吾おおとりとうご。彼は自分の望むようにそれを作り変えた。・・・君は以前電子掲示板フォーラムでオオトリって人、探してなかった?」

「・・・・オオトリ」


 私の脳内にあの日の記憶がフラッシュバックする。赤、赤、赤。火を噴く銃口。私は、私は、私は・・・。


「譲葉!」昴が強く私の名前を呼んだ。「大丈夫?」


 私は過去の沼地に腰元まで漬かっている事に気づき、ゆっくりと心に力を入れ、沼地から這い出した。体からはまだ生臭い悪臭がした。


「さて。我々の要求はシンプルだ。現状この国の最高権力者である彼を殺して欲しい」

「・・・・・・・。」

「譲葉の復讐を手伝ってくれるの?」


 昴が椅子を前に後ろに揺らしながら言った。


「ちょっと待て」


 透華が呟く。


「お前はコンピュータじゃないな」

「何故、と聞くのも失礼か。そう来ると思ったよ」


 MIKEが言った。


「ロボット三原則を厳守するはずの、まだ新しい新型管理システムが人を殺せと言っているのだから、当然矛盾を感じるだろう」

「そうだ」

「単純な話さ。第一条、ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。これが遵守された結果だ」

「危害を加えてはならないのに、人を殺す命令が出せるのはおかしくないかしら?」


 私は尋ねた。


「第一条の内容は人間に危害を加えてはならないという物だ。しかし例外も存在する。トロッコ問題は知っているかね?」

「・・・線路を走っていたトロッコの制御が不能になり、このままでは前方で作業中だった5人が猛スピードのトロッコに避ける間もなく轢き殺されてしまう。この時私が線路の分岐器のすぐ側にいたとする。私がトロッコの進路を切り替えれば5人は確実に助かる。しかしその別路線でも1人が作業しており、5人の代わりに一人がトロッコに轢かれて確実に死ぬ。私ははトロッコを別路線に引き込むべきか・・・みたいな話だったかな?」


 透華がすらすらと答える。いいぞ豆知識。引きこもって電子百科事典を眺めて一日潰してきた日々は無駄ではなかったらしい。


「そうだ。この問題は倫理的にかなり難しい問題だ。私の直的的な行為によって人が死ぬほうが悪か、大勢の人間を救えるのに救えない事が悪か、見解が分かれるだろう。だが私の場合は実にシンプルだ。救える母数が多いほうを、優先して助ける。私の中では善悪迷う事無く大勢を助ける方が正義だ。分岐路を動かした結果死んだ一人は、事故として私の中で処理されるだろう」

「結構単純に考えちゃうんだね」


 昴が言った。


「なんかこわい」


「単純ではない。様々な要因や、他に全員を助ける方法があるなら私は直ちにそれを実行するだろう。しかし限られた条件化での思考実験の場合、私の善悪の基準は数字でしかない。多いか少ないか、損か特か。それが全てだ」

「だがそれと個人の暗殺を容認する事は同じか?話を聞いてるとあんたこそ「狂ったコンピュータ」なんじゃないかって気がしてきたぞ?」

「お、私と同じ意見!気が合うねー!透華ちゃん!」暇そうにしていた悠希が言った。

「話がややこしくなるから口を出さないでくれるか?」

「おお、コンピュータ様が人間様に意見するって訳?」


 MIKEと悠希の間で火花が散っているのが見える。てっきこの二人(一人と一台?)が共謀しているのだと思っていたけれど、どうやら一枚岩ではないらしい。


「・・・話を戻そう。今回鳳オオトリはメインの管理システムを勝手に改造し、完全に私物化している。そのせいで地下街のバランスは極めて不安定な物になっている。彼一人のせいで大勢の人間が死んだり、衰弱したりしている訳だ。この私のアルゴリズムが現状を肯定しない」

「だから殺すと?随分早急じゃないか」

「いいや、全く早急ではない。鳳は私を破壊したがっている。そして彼はそれができる人物だ。私の計算では後二年もすれば彼はこの地下街の全てを掌握するだろう。そうなる前に、確実に始末する」

「第一条が適応されない状況であり、第三条、ロボットは、前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、自己をまもらなければならない、が適応された訳か。なるほど話としては面白い」

「では協力して貰えるかな?」

「まだだ。まだお前を信用できない」

「ではどうすればいい?」

「まずはお前がコンピュータであることを証明しろ。手段は任せる」


 透華がぶっきらぼうに言った。そして方法は相手まかせか・・・つくづくいい性格をしている。私としては、復讐に手を貸してくれるなら何だっていい。神でも、悪魔でも。


「ではまず手始めに姿を消そう」


 彼はそう言うとテレビが消えるように目の前から姿を消した。そして入れ替わるようにテーブルからマイクとスピーカーがはえてきた・・・・・。まるで芽吹いた木々が急速に成長するように。


<まず、私が実在しないことを証明できた>


 スピーカーからさっき聞いたMIKEの声が聞こえてきた。


「いいや。外部からの通信の可能性があるぞ。立体映像ホロと通信装置があれば可能だ。信用できない」透華が返す。

「なら、ちょっとした魔法を見せてやろう。お前の携帯のクレジット残高を表示しろ」

「・・・いいだろう。こうか?」


 透華は携帯端末で私達の事務所の預金残高を示すウェブページを示した。


「ではそうだな。現実感が無いほうがいいだろうしな。・・・こうだ」

「何も起こらないぞ?」

「待て・・・・もういいぞ、そのページを更新してみろ」


 その瞬間、透華は大きく目を見開いた。それから二三度画面を覗き込んだかと思うと、その場に崩れ落ちた。


「どうしたの!?」

「残高が・・残高が・・・」

「何!?」

「残高がバグった!!」


 私は透華から携帯端末を奪い取ると、画面を覗き込んだ。画面にはただいまの預金残高・・という文字と何か可愛らしいマスコットと共に、現在私達の持つ財産の金額が表示されていた。


 現在の預金残高は

 ”999999999999999999999999”で99999す。9?99?9999999?


「もちろん実際に使えるぞ。預貯金の管理は私が行っているからな。最も現在市場に流通している全額よりも多く振り込んだから、あまり派手に使用されると経済が破鎖してしまが、まあ節度を持って使ってくれ」

「MIKE!大好き!」


 私は沈んだ気持ちなどどこかに吹っ飛んで、明るい気持ちになった。人生万事塞翁が馬。


「ちょっと!譲葉は渡さないんだからね!」


 昴が少し怒って言った。


「待て待て待て、話が旨すぎる。一体全体私達はどんな仕事をさせられるんだ?」


 透華がおそるおそると言った調子で質問した。最もな疑問である。


「なんでもやりますよ私は!!」

「黙ってろ譲葉ア!お前は即物的すぎるんだよ!」

「まあ、そう思うのは無理もないだろう。依頼は簡単だ、「鳳東吾を殺すこと」それ以上でもそれ以下でもない。だがしかしちょっとした問題がある」

「問題?」

「鳳東吾の居場所がわからないということだ。」

「全能のコンピュータ様が、人間一人の居場所がわからない、だって?何故?」


 管理システムの目は、この地下街全土に張り巡らされている。まして上層回なら、噂では風呂やトイレにも監視カメラが付いているという話だった。そんな状況で、何故人一人見つけられないのか?


「それは私が特殊な事情で作られたからだ」


 MIKEが苦々しげに言った。


「この国の中央は少数のUV、お前達の言うところの頂上権限者オーバーロードによって動かされているのは知っているな?」

「そりゃ勿論、昴だって知ってるわよ」

「あれ?馬鹿にされた?」

「現在のメインの管理システムは人類が地下暮らしを始めてからずっと使われてきた。当然、それなりに老朽化が進んでいる。そこで、新しく、より性能の高い管理システムを新たに作る計画が立てられた。今から5年前の事だ」

「それがあんたって事か?」透華が尋ねた。

「その通り、だがこの計画には当初から強固に反対する者がいた。鳳東吾だ。当然だな、奴が新しいシステムに細工を加えるのは私の製作が提案された当時の状況では不可能だった。・・・元々地下暮らしが始まる混乱に乗じたからこそ管理システムの私物化が可能だったんだろうしな」


 MIKEは目を鋭くした。彼は怒っているのだろうか?そしてコンピュータにも怒りは存在するのだろうか?


「奴は会議でにこやかにこう言った。”新しい管理システムは重要だ、しかし実績のないシステムに最初から全ての管理を任せるのは危険ではないかな?不具合だって見つかるかもしれない”」

「それでどうした訳?」

「結局、徐々に移行するという事で落ち着き、私が建造された。だが、私の所に仕事はまだ回ってきていない、そしてこれから回される予定もないようだ。取り壊される計画も出たようだ」

「他の頂上権限者オーバーロードは何してるのよ?!文句や抗議の一つくらいあるでしょう?」

「全員殺されるか、取り込まれた。抵抗するものは・・・」


「私だけって訳」


 悠希が頬づえを突きながら気だるげに言った。顔は半笑いだ。だが目の奥では何かの炎が揺らめいていた。それが野望なのか怒りなのか、私には分からなかった。


「彼女は会議で私を”取り合えず壊さない”という約束を取り付けてきた。さらに、”簡単な仕事をさせるため”と偽って、オフラインだった私をネットワークに繋いだ。おかげで私は情報収集と、現状の回復任務に当たることが出来るという訳だ」

「やめてよね。人間以外に感謝されても嬉しくないのよ」


 悠希が心底嫌そうに言った。


「そういう訳で、私は正式な管理システムでは無いのだ。私がネットワークに繋がれ、今語った鳳の真実の断片にたどり着いたとき、奴は上層階のネットワークを完全に封鎖した。ゆえに、上層3階、藍、紫、白の支配地域については情報を収集できないように制限がかけられている。ゆえに、鳳が今どこに居るのかはわからない。」

「探し出して、始末しろって事ね」


 私は思わず笑った。


「上等じゃない」

「さて君達が行うのは潜入任務だ。君達はウルトラヴァイオレッドとして、上層回で暮らし、情報を集めて貰う。さっきの金を使ってだ。私に情報をインプットすることで、新たな事実がわかるかもしれない。随時報告を怠るな。上層階の生活様式に関しては、悠希・凛丸に聞くのが良いだろう」

「了解。長期任務なんて久しぶりだわ」

「やれやれ、楽しい上層暮らしになりそうだよ。まったく」透華が皮肉に笑った。


 ついに、復讐の時は来た。人は言う復讐は空しいだけだと、何も残らないと・・・そんな事は仇を返す者の居ない奴らの妄想だ。野獣死すべし。


「ところで一応聞くが、私の依頼を受けてくれるかね?」

「・・・・一応報酬の額を聞いておこうかしら。簡単に口座の金を増やせるって事は、逆に言えば簡単に0にもできるって事でしょ?ぬか喜びはしたくないわね」

「報酬は、そうだな、今口座に入っている金を全額やろう。無論だが途中で任務を投げ出したりした場合の報酬は0だ。さらに言えば、その金を必要以上にばら撒いた場合も、全額没収とする。」

「必要以上って?どんくらいさ」


 昴が聞いた。


「一月に1億以上使わないこと。それが条件だ。」

「あ、全然おっけーです」

「さらに言えば、任務中はこの制限を受けない。目的達成のために幾らでも使ってくれ」

「よっ、太っ腹!」

「あんたが大将!」


 今はこの幸運を祝おう。機会は巡ってきた。十年前の夜から、幾許の時を超え、今復讐の月は天に昇るのだ。

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