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たくらむ者たち

「受験番号・2・番の・白野譲葉様、引き続き任官のお手続きがありますので、このままこの部屋で待機してください。それ以外の方は至急退出してください」


 天井のスピーカーから、事務的な声のアナウンスが聞こえた。私は大きく伸びをした。

 

 あーあ、受かってしまった。本当にヤバイ時特有の笑気が全身からこみ上げてくる。人間というものは二種いる。非常に危険な事態に遭遇したときに、泣き出す者と、笑い出す者だ。私はどうやら後者のようで、どうもさっきから口角が動く。さっきの狡猾そうな男が、こちらを睨んできたので、私はひらひらと手を振った。残念だったわね、世の中そう思い通りには行かないのよ!


「後悔するぜ・・お前」

「もうしてるわよ」

「どうだか。お前の死に場所はここだ」


 男が地面を指差しながら言った。


「お前がどこで死のうが知ったことじゃない。だが、お前が試験に受かったせいで俺達は計画を練り直さなきゃいけなくなった。この落とし前はどうつけてくれるんだ?・・・・・・楽しみだよ」


 男の視線を胸元に感じた。下卑た目だ。昴がいたら今頃首と胴が泣き別れているわね。


「ご忠告ありがとう。頑張るわね」


 私は勤めて笑顔で言った。


「・・・・。まあいい、この会場を出た所で仲間が大勢待機してる。そいつらに言って両足をぶち抜いてやる。それからお前の仲間をお前の前でゆっくり犯してやる。それから・・・死ね」


私は席を離れ、男の真正面に立った。私は余裕のあるふり・・をしながら、男にゆっくりと笑顔で近づき、顔を男の顔スレスレまで寄せた。


「聞きなさい。私は私に対するどんな暴言もかまわないの。だけどね、私の仲間を害すると言うのなら、それは別よ。あなたと、あなたの家族、あなたの子供、あなたの恋人、あなたに関わる全て、全員始末する。私の周りに私の仲間を害しようとする人間が居なくなるまで。その覚悟があって言ってるのかしら?」


そう言って私は笑う。うまく笑えているといいけど。


「・・・ふん。せいぜい言ってろ小娘。どうせお前はここで死ぬ」


 男はやや狼狽しながら言った。


「まだよ」


 私は思い切り彼の股間を蹴り上げた。すねに柔らかいゴム鞠が弾けるような感触。男はどこか遠くを見つめるかのように目をぼんやりさせ、口の端からきめ細かい白い泡を吹き出しながら、その場に崩れ落ちた。


「さて、ここからが問題なわけよね」


 私は、さっき脅している最中(・・・・・・・・・・)に男のポケットから掏り取った携帯のパスワードを、外部記憶装置のアプリケーションで解除しながら言った。態度が大きいタイプはわかりやすい臆病者だ。ちょっぴり脅しただけで注意力が疎かになる。結局倒しちゃったから意味無かったけど。


「えっと・・・・通信記録は・・っと。あった。・・・・っつ!」


 私は通信端末の画面に思わず渋面を作った。

そこには、私の事務所の位置情報が書かれており、試験終了後強襲する計画が綴られていた。昴はまだ事務所についてないだろうから、今居るのは透華一人だ。彼女は戦闘要員じゃない、このままじゃ嬲り殺される。


「ああ・・・拙い拙い拙い!!」


 一旦外に出て通信する?一応人質もいるし。一か八か透華に連絡を取ろう。今から動けば逃げる時間くらいは稼げる筈だ。昴は事態に気づいてるかしら?だったら先に昴に・・・


「何を焦っているのかですか?」


 よく通る、涼しげな少年のような声が私の背後から聞こえた。私は思わず思考を中断し、振り向いた。


 そこには奇妙な格好をした人物が立っていた。年の頃は10代前半だろうか?小さな頭、愛らしい小さな口に、愛嬌のあるグリーンの大きな目が特徴的だ。華奢で小さな体に、中世の貴族が着るようなドレスを着ており、淡い紫をベースに、凝った花柄の刺繍が美しい。昔絵本で見たハリー・クラークの挿絵のようだ。髪は腰元まで長く、たっぷりとした栗色の髪が緩い曲線を描いている。


 しかし、奇妙な事だが、私はそこに立つ人物を”彼”であると感じていた。広大な湖が海たり得ないように、私にとってそれは明らかだった。


「・・えっと?あなたは・・・男の娘?」

「・・・・・。私は宦官かんがん凛丸りんまると申します。階級はヴァイオレッド以後お見知りおきを」


彼は優雅に一礼して言った。


「カンガン?カンガンってあの宦官かしら?」

「ええ、私は白様に仕える宦官です。一般には知られていませんが白様の多くが血族による世襲を行っています。そうなると・・・・・その・・・・・私達の様な者の方がある意味信用がおける訳です。お分かりかな?」

「UVは世襲制ってこと?この世界の身分はお金で買うものでしょ?確か管理システムは血族への財産の譲渡を一切禁止してなかったかしら」

「たしかに財産の譲渡は禁止されていますが、それは有形の物だけです。逆に言えばそれ以外はそっくりそのまま受け継ぐことができる。知識に人脈、それに信用です。これはあなたには買えない。私の主人はそうして支配権を譲渡されました。支配者にとって財産というものはそれほど重要ではないのです。それを持つ力こそが支配者の本当の財産なのです」


 驚いた。まさか現代においてこんな中世のシステムがそっくり運用されているとは思わなかった。まあ言われてみれば人権のレベル的には中世ヨーロッパ暗黒時代程度かもしれない。


「では白野様。あなたにシステム管理者権限の譲渡を行います。私に付いてきてください」

「・・・悪いけど、ちょっと緊急事態なの。今は全てを投げ出して、外と連絡を取らないといけないのよ」


 私は人質の男を担ぎながら言った。


「お待ちくださいお嬢様」


 凛丸が言った。男を担いだ私にお嬢様か。山賊の間違いじゃないだろうか。


「待てないわ」

「いいえ、待つのです。こちらを見ていただければ理由がわかるでしょう」


 振り返ると、凛丸が光線銃レーザーハンディを構えていた。見たことの無いタイプだ。筒が二つ融合したみたいな形で、銀色に鈍く輝いている。それだけならただ小型の光線銃レーザーハンディだが、どういうわけか空中に静止しており、自動でこちらを狙っていた。数は4つ。彼の周りに滞空していた。


「脅す気?」

「めっそうもない。しかしこれくらいしないときっとあなたは話を聞いてはくれないでしょう」

「でもこの部屋では火器の発砲はできないわ」


 管理システム主催の試験である。試験会場では光線銃レーザーハンディは自動でセイフティ・モードになってしまうし、実弾兵器を発砲した場合は強力なエネルギーフィールドで無効化される。どうやらある一定以上の速度の飛翔体は管理システムによって無力化されるようだ。

 だから素手の攻撃に関してはとてもゆるい。殴っているのか触っているのか判断するのが難しいらしい。


「だからあなたなら用意に私を抑えられる、と考えていますか?残念ですがあなたは撃てなくても私は撃てる。この距離なら、一瞬であなたを穴だらけにできるでしょう。しかし、別にあなたを脅して連れて行こうとは思っていません。それにあなたのご友人の事なら大丈夫。手は打ってあります」

「絶対に安全と言い切れる?」

「世の中に絶対はありません。ですが」凛丸は不敵に笑った。「今回は大丈夫でしょう。絶対に・・・。これでよろしいですかな?・・・・では参りましょう」

「わかったわ」


 正直言って、この人物を信用していいか私にはわからなかった。しかし今は黙って従うしか無さそうだ。この男は何なのかしら?ヴァイオレッドの下僕?信じられない。私の知ってるヴァイオレッドは支配者の階級クラスだ。傲慢、不遜、自ら動かず人に全てをやらせるタイプ。その階級が使える主人とはいったい何者か。

 

 私達は、部屋の片隅にあった扉に向かった。凛丸が自分のクリアランスカードで扉のセキュリティを解除し、私を中に招き入れた。中はすぐに階段になっており、あやうく転びそうになった。私達は階段、通路、階段、通路、と複雑に入り組んだ道を進んだ。無機質なコンクリートの階段で地上に向かって上って行く。まるで登山だ。


「結構上ったわね。足腰が強くなりそう」

「このように狭い階段は、セキュリティを高める効果もあるのです。こうすれば、一度におおぜいの兵隊を送ったりするのは難しいでしょう?噂では、緊急時には階段の壁がせり出してきて、侵入者をぺちゃんこにしてしまうそうです」

「それは怖いわね」

「もうすぐ付きます」


 階段を上りきると、金属製の重厚な扉が現れた。見たことの無い光沢だ。銀色、に近いが光沢があるわけではない。かといって灰色や白と表現するのも違う気がした。それはまるで朝の光に照らし出された濃霧が固まったみたいだった。


「扉が物珍しいですか?」


 凛丸が扉の横にある端末を操作しながら言った。


「変わった金属ね」

「光線、実弾、化学弾頭、諸々警戒した結果です。・・・・・削って持ち出そうとしないでください。結構硬いんですよ。さて、設定が終わりました。あなたは次からこの扉を自由に通過できます。ついでにあなたのお仲間と一緒でも大丈夫です。ただし、それ以外の人物が一緒だとその人物は蒸発する事になります。ご注意ください」


 扉が重そうな印象に似合わず機敏な動きで開いた。

 白、白、白、全てが病的に白で埋め尽くされた部屋がそこにはあった。部屋はざっと500m四方くらいだろうか?部屋の大きさのわりに天井が高く、頑丈そうな四本の太い柱(これも白い)が支えている。思わず見上げてしまうほどだ。正直これほど高い天井を見るのは生まれて初めてだった。眩暈を覚えるほどに。


「あちらが管理システムになります」


 凛丸はそういって手で指し示した。


 部屋の中央には飾り気の無い白い箱のような構造物が設置されていた。それには何かを示すようなパネルも、操作するためのボタンやレバー、キーボードの類は一切付いていないようだった。ただ滑らかな白い箱だ。それは人工的な明かりを鈍く反射していた。そういえばこの部屋には光源が見当たらない。ただ明るい、という感じだ。

 

 管理システムの前には二人の人間が立っていた。


 一人は少女。年齢は私より少し上に見える。金髪に近いかなり明るめの茶色の髪を肩口まで伸ばしており、彫りの深い顔立ちはギリシャの彫刻を思わせる。今はその顔に微笑を湛えており、いたずら好きの雌猫を連想させた。かなりの長身で、私よりも背が高い。170はありそうだ。白を基調とした上品なセーラー服に明るい茶色のローファー、どうやら彼女は学生のようだ。


 もう一人は厳しい男だ。年齢は50才位だろう。年月を経た岩のような風格の堂々とした男だ。威厳のある鷲鼻に、凛々しい眉。口元は引き締められているが、片方の口角が上がっており、やや気さくな印象を生み出していた。堅実そうな紺色のスーツに白いシャツ、それに赤いネクタイ。


「やあ。こんにちは」


 優しく、少しハスキーな声が響いた。


 少女の方がやや遠くから、こちらに気さくに挨拶してきたようだ。まるでよく晴れた日に、偶然街角で出くわした旧友みたいに。ともすれば遊び人風ともとれる。その手の馴れ馴れしさだ。


「失礼だけど・・あなたは誰かしら?」


 私は一応警戒しながら聞いた。


「ありゃ?警戒されてる?おっかしいなー、凛丸!彼女に私が危なくないって伝えてくれる?」

「ご自身で説明なされた方がよろしいかと思います」

「え?何を?」

「なぜ彼女をここに呼んだのか、あんな手紙を出してまで、です」

「然るに」


 厳しい男が喋った。


「まずは自己紹介としよう」


 私達はお互いに距離を詰めた。近くで見るほど、その二人は浮世離れして見えた。少女のほうはとんでもない美形、男のほうは完璧な指導者だ。特に男の方は異様だ。指導者のイデア、そんな雰囲気。


「まずは私から」


 少女が微笑む。


「私は天縫悠希あまぬいゆうき。君に手紙を送ったものだ、そして・・」

「私は・・」


 男が口を開いた。


「まあまあ」


 彼女・・悠希が男の紹介を遮る。


「彼は<アダム・セレーネ>。学者で政治家、詩人、そして革命の指導者だ」

「冗談がすぎる」


 男は不機嫌に言った。


「あながち冗談でもないんだけどね」

「名前なんてわかってもどうしょうもないでしょ?」


 私は段々と腹が立ってきた。


「なぜここに私を呼んだのよ?大体私には時間があるわけじゃないのよ?私の仲間が危険に晒されてるかもしれないし」


 口にすると急に不安が押し寄せてきた。引いていた潮が、時と共に満ちていくように。なんだかんだ言って、凛丸の言葉を裏付けるものは何も無いのだ。信頼はしているが、心配も絶えないのだ。


「いいや。その件なら大丈夫だよ」


 悠希が言った。


「もうすぐこちらに着く」


その時、彼女のすぐ後ろにある扉が開いた。


「昴!透華!」


 私は言った。


「無事だったのね」

「あれ?え?あれ?」


 中から出てきた昴は何か混乱しているようだった。


「おいおい。何の冗談だよ」


 透華が言った。


「おっと、こっそり入れ替わるつもりだったんだけどな、失敗してしまったようだ」


後ろから中性的な声が響く。

そちらに目をやると、そこに一枚の大きな鏡が置いてあった。


「は?」


いや、鏡ではない。どうみても、それ・・は鏡で見た私と同じ姿をしていた。そいつはこちらに気づくと、やれやれといったように手を上に上げた。


「僕の説明はあったのかな」


 そいつが制服の女、悠希に声を掛ける。


「遅い、もうちょっと早く動け」

「相変わらず男には冷たいな」

「ちょっと、なんなのよいったい、こいつ、何?」


 私は言った。


「ややこしくなるから、さっさと姿を戻してもらっていいかしら?」

「了解、お姫様」


 するとそいつの周りの空間が少しゆがんだ気がした。歪んだ、というよりはその空間だけピントがぼけた様な感じ、と言ったほうがいいかもしれない。その歪みのピントが徐々に合っていくと、そこに一人の青年が現れた。黒い髪に黒い瞳。以外に可愛い顔をしている。ただし、彼の纏う雰囲気はどこか不吉だった。深夜の墓地のような底冷えする冷たさがあった。


「僕は情報屋、というと君達には分かり易いかな?名前は誰にも教えてない。口に出されると困っちゃうからね。僕を呼ぶときはカレと呼んでくれ」

「カレ?」

「彼。漢字で書くとわかりやすいかもしれません。三人称代名詞です」凛丸が補足した。

「私達を騙してったって訳かい?」と、透華。

「その通り、君はどうやら怪しいと感じてたみたいだけど」

「ふん。そんな魔法を使われたら分かるわけがないだろう?大勢のごろつきに事務所が襲撃されたと思えば、突然譲葉の姿で現れて「こっちにきて!」だぞ。疑う時間もなかった」


 透過は膨れっ面でそう言った。そういえば昴はあっさり騙されたんだろうか?


「うー。この私が騙されるとは!ショック!」


 昴は頭を抱えている。


「ってかそれ何?そんな技術見たこと無い!すごい!」

「UV装備の一種さ。悠希が所有しててそれを借りてる」


 カレは腰のベルトについた小さな箱を指した。


「あんたに貸すのは不本意なんだけどね」悠希が言った。

「さて、凛丸。全員揃ったようだし、本題に入ろう。会議を仕切ってくれ」

「承知しました。では、セレーネ様」

「何だね?」議員風の男、アダム・セレーネが答えた。

「椅子とテーブルを出して頂けると助かるのですが」

「ああ、そうか。そういうものか・・・・・・・


 すると部屋の中心からにょきにょきと白い箱が生えてきた。小さいものが7つ、大きく横に長いものが一つだ。小さいものが大きいものを取り囲むようにしており、ちょうど会議用の簡易セットとしては上出来だった。


「ありがとうございますセレーネ様。では皆様席にお着きください」


 各々が席に着く。私達と3人の仲間達は一番扉に近い位置に三人固まって座った。


「さて。会議を始めよう」


 悠希が宣言した。


「その前に、さっきの質問に答えるね。何故君達をここに呼んだのか?それはね、ある仕事を頼みたかったからさ」

「回りくどい真似するのね」

「実物を見ないと色々信じて貰えないと思ってね、さて、アダム」

「何だね?」

「では、君からこの世界の現状について説明してもらおう。統治者として」

「統治者?さすがにこの世界に統治者はいないでしょ?強いて言うなら管理システムが統治者でしょ」


 ウルトラヴァイオレッドが腐敗しているといっても管理システムに逆らえる程ではない。管理システムはこの世界の基盤であり、人間がそれに成り代わろうとすれば大きな不具合をもたらすだろう。現状小さなゆ歪みは数え切れない気もするけどね。


「その通り、だからこそ彼に説明して貰うんだよ。そして彼の存在時自体が君達をここまで呼んだ理由でもある」


 彼女は言った。


「答えろ管理システム、お前が私達をここに集めた理由をな!」


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