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戦場への帰還

 塔の最上階。

 そこから半ば飛び降りるように駆け出したハナは。


 炎のような光を放ち、空を、駆けている。

 体から放たれる光は、飛び出した瞬間にその強さを増し、翼の形を取って羽ばたいたのだ。


 有翼獣。

 古代においてそう呼ばれたのはこの形の聖獣なのかもしれない。


 リョウは、地面を駆けたときよりも数段早い速度で駆けるハナの背で祈るように前方を見据える。


 ザイラ。

 あなたに指一本だって触れさせたりしない。

 あなたはもう、今までたくさん苦労してきたじゃない。

 母親を亡くし、父親を支え、夫の仕事を理解し、支え、大怪我をしても笑顔でみんなを笑わせて。

 挙げ句の果てには自分の辛い経験さえも乗り越えて、笑ってくれた。

 そして、こんな私にも、やはり……笑顔を向けてくれたのだ。「親友」とまで言ってくれた。

 そんなあなたを、これ以上危険な目には遇わせない!


 朝日を浴びながら空を駆けて西の都市へ向かう途中でリョウはまず、戦いで散らされた人間の連合軍を見た。

 恐らくは、かなりの数で立ち向かっていたはずの軍隊の、生き残り。

 その先には無惨な戦場の痕跡が広々とした大地に残っており、さらにその先に、ヴァニタスとリガトルの軍隊が更なる獲物を求めるように行軍している。


 リョウが怒りに震える。


 何が前哨部隊だ。

 何がこのあと本隊を送り込む、だ。

 リガトルの軍隊を前哨部隊にしたヴァニタスの本隊という形をとっているではないか。


 もしくは支配者の指示を踏み越えた「将軍」なる者の独自の判断なのかもしれないのだが。

 それでも。

 今、あれだけの大群を一人で止める余裕はない。少しでも生き残りが出れば、それらによって人間の都市など簡単に落ちてしまう。

 むしろ都市に入って守りを固める方が確実。グウィンたちもまもなく追いつく筈だし。


 西の都市が近付くにつれ、懐かしい西の都市の変わり様に目を奪われる。

 都市の城壁を取り囲むように、それでも南側に重点をおいて配置された連合軍が、まだ相当数、いるのだ。それが、今まさに出陣しようとしている。

 城壁の至るところに武装した兵士や騎士が配置されている。

 鎧を身に付けてはいるが、知った顔がちらほら見えて……さすが西の都市。肝心な危険度の高いところには上級騎士が守りを固めているのが分かる。貴重な人材が惜しげもなく使われている。


 リョウはそのまま真っ直ぐ都市の城を目指す。

 城の入り口で着地してハナから降りると城の門衛が恐れをなして道を開ける。

守護者(ガーディアン)が戻ったと司殿に伝えなさい」

 リョウはそう告げると、これ以上周りを混乱させてはいけないと思い直し、黒髪の姿に戻る。

 ハナも騎士の馬らしい赤毛の姿に戻り、脇に退く。

 事態を把握した門衛が機転を利かせてリョウが中に入ると入り口を閉め、リョウとハナの姿が「人目につかないように」してくれていた。


 こんな時にも、ここの人は……こんなにも心優しい。

 そう思うと、リョウの目がわずかに潤む。


 リョウは建物に入るとそのまま案内もつけずに軍の司令部へ向かう。

 東の都市とは違う。

 この都市の司であれば、こんな事態においてはそこ以外いる場所なんて考えられない。

 そうはいっても、先ほどリョウが到着したことを司に知らせるために兵士が一人走っていったのも見てはいたのだが。


 軍の指令部の部屋。

 そこは便宜上かなり広く造られている。

 部屋の中には机が並び、都市の中の軍に関係したあらゆる部署の情報が集まり、かつ処理されるようになっている。


 ドアを開けると、そこは騒然としていた。

 今にも次の軍隊を出陣させようというのに前の部隊が帰還すらしていない。戦況の報告もまだ上がっていないのだろうから無理はないのかもしれない。

 組織的に配置されている部所ごとの机なのだろうが初めて見るリョウにはその規則性が分からない。

 恐らくは、この緊急事態において便宜を図るために微調整が繰り返されて、もはやその調整を見てきた者にしか分からなくなっているのかもしれない。

 そんな状態なので、部屋に入ってはみたが司であるグリフィスを見付けるのに手こずってしまう。


「リョウ!」

 思わぬ方向から声がかかり、リョウが振り向く。

 グリフィスが先ほどの兵士から知らせを受けてリョウの方に走り寄ってきた。

「ご無事でしたか! 良かった……」

 グリフィスがリョウの肩に手を置いて目を潤ませる。

「司殿」

 そんな反応にもリョウはつい感動してしまうのだが。今、そんな感動に浸っているわけにはいかないことくらい承知している。


 緊張感をみなぎらせたリョウの声にグリフィスの目も真剣そのもの、いやむしろ不安が混ざるようなものになり、そういえば、とリョウの背後に人を探すような視線を送る。

 なので。

「レンならあとから追いかけて来ます。……あ、あと他の者たちも。私だけ一足先に来たんです」

 グリフィスの目を真っ直ぐに見てリョウが答える。そして。

「まもなく、リガトルとヴァニタスの軍隊がここに到達します。先に向かわせていた連合軍は既に散らされています」

「……!」

 一瞬グリフィスが言葉を失う。

「……分かりました。大丈夫。実は昨夜わずかながら情報が入りましてね。今から総力をあげて次の部隊を出陣させるところです」

「違う!」

 リョウは思わず叫んだ。

「あれは……あれは人間にどうこうできる量の敵ではないんです! 軍隊を使い捨てにするつもりですか!」

 その声に部屋のざわめきが一瞬収まる。


 誰もが息を呑んだ。

 恐らく、ある程度予想はしていたのだろう。


「軍はそのまま、都市の守りに回らせてください。あとは私たちが何とかします。……それと」

 リョウはもう部屋から出る勢いである。

「ザイラは……第九部隊隊長クリストフの妻、ザイラはどこにいるか分かりますか?」

 リョウのただならぬ雰囲気に細かいことを聞き返している余裕はないと察したのか、グリフィスは後ろにいる他の者たちに「今聞いた通りにしなさい」と指示してリョウと一緒に歩き出す。


「ザイラなら第三駐屯所にいるはずです。あそこは今都市の診療所になっているんです」

「……え?」

 診療所?

 一瞬リョウの動きが止まる。

 それでも無理やり足を動かしながら。

「ザイラ……怪我でもしてるんですか?」

「ああ、いや。違いますよ。負傷兵を収容するのにあそこを使っているんですが、手伝いに名乗り出てくれているんです。……自分も世話になったから、と」

 リョウが一瞬詰めていた息を吐いた。

「彼女がどうかしたんですか?」

 グリフィスが半ば走るようなリョウの歩調に合わせながら聞いてくる。

「ヴァニタスの狙いは彼女です。彼女の部族のことはもうお聞きでしょう? ザイラはヴァニタスという種族にとって必要不可欠な潜在能力を持っているみたいです」

「なるほど」

「……ご存じでしたか?」

 あまりにもグリフィスがあっさりと納得したので、むしろリョウの方が耳を疑った。

「ええ……父親が彼女には子供の頃、部族特有の能力を色濃く受け継いだ傾向が見られた、と話してくれました。ここまでヴァニタスが勢力を強めていると考えると更なる力を求めて狙われることもあるかもしれない、と最近は父娘(おやこ)で話してもいるようです」

 ちょうどそこまで話したところで建物の出入口に到着する。


「あなたは、どうするつもりですか?」

 リョウのためにドアを開きながらグリフィスが尋ねる。

「とにかくザイラを守ります。もちろんこの都市も。ヴァニタスの軍の相手は竜族に任せてください。南の地はもう片付けてきましたから」

「分かりました。詳しい報告はレンブラント隊長から聞きましょう」

 事態が急を要することを理解したグリフィスの受け答えは本当に的確だ。

 ドアを開けると同時にハナが駆け寄ってきてリョウは時間を無駄にすることなく次の行動に移れることをグリフィスに感謝した。



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