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支配者

 巻き起こる爆風と熱はリョウの作った結界のお陰で無事にやり過ごすことができた。


 グウィンが目をあげると、セイリュウがテラを走らせてこちらに向かってくるのが見える。

「リョウ、結界はもう解いても大丈夫そうだぞ」

 そんな声がかかりリョウは肩の力が抜けて息をつく。

「……おい……あれ……」

 そんなリョウにスイレンの声がかかる。

 その声には不安が入り交じっており、リョウとグウィンは反射的にスイレンの方を見る。

 スイレンは湖の向こうを見つめており。

「ねえ! あれ! どうなってんだよ!」

 三人の元にたどり着いたセイリュウもスイレンと同じ方向に目をやりながら叫ぶように声をあげる。


 湖の向こうには。

 先程と同じように小高い塔のようなものがあるのだ。

 厳密には全く同じというわけではない。

 何しろ湖の周り、ヴァニタスの地と認識していたその地帯はすべてが焼き尽くされ本当に、何もなくなっている。

 むき出しの地面があるのみだ。

 地面を覆っていた黒くどろどろとした物さえなくなっている。

 なのに、あの塔だけは形をとどめている。それがまた異様さに拍車をかけているようにも思える。

「見に行った方が良さそうだな」

 グウィンがそう言うとニゲルの向きを湖を迂回するように変える。


 聖獣の姿で進む三頭の馬の速度は並大抵のものではない。

 あっという間に塔の下に着く。

「……まぁ、風貌は多少変わったか……」

 グウィンが呟く。

 爆風と熱によって表面は焼け焦げ、乾いた岩肌の塔がそこにあった。

 そして、それはやはり城として機能していたらしく重厚な門を備えている。

 本来、こんな建物の中に馬で乗り入れるなんてことは人の社会ではあり得ない。

 でも、この度はそんな礼儀など不要な場所だ。リョウは構わずハナに乗ったまま門をくぐり、グウィンとセイリュウもそれに続く。

 建物の中はとても静かだ。

 生き物の気配がない。

「やはり……全て滅んだのか?」

 スイレンが小さく呟く。

 その声さえも反響するような静けさだ。

 細心の注意を払いながら最上階にたどり着くと。


 そこで四人は息を呑む。

 リョウは背筋に悪寒が走るのを感じて身構えた。

 無意識に腰の剣に手が伸びる。


 最上階は外に張り出した広いスペースがあり柱を残して壁もなく、周りを一望出来るようになっていた。

 そんなところに騎乗したままの四人が辿り着き、視線が固定される。


 そこに、それはいた。


「ひっ……!」

 スイレンがひきつるような悲鳴をあげた。

「残っていやがったか……!」

 グウィンがそう言うと腰の剣を抜く。

 それに合わせるようにリョウも剣を抜く。

「……親玉だけが残るなんて哀れだね」

 セイリュウが吐き捨てるようにそう告げる。


 四人の目の前には今まで遭遇してきた中でも最大級の、ヴァニタス。

「よく……ここまで来たな……」

 ヴァニタスの声に、リョウは違和感を覚える。


 ……こんなにはっきりとした音声がこの生き物から聞こえてくるなんて。

 以前に遭遇したヴァニタスの声をリョウは聞いたことがあったが、あれはもっとくぐもった、発音ですら聞き取りにくい音声だった。

 なのに、目の前のものからははっきりした声が聞こえる。


 しかも、この違和感。

 何かと思ってよく考えたら、あの、訳のわからない殺気のような怒りをむき出しにしたような気配がほとんど無いのだ。

 その、たたずむ姿は静かで……そう、怖いくらい静か。

 これが「支配者」たる者の威厳、なのだろうか。


「……ずいぶん、他のやつらとは様子が違うな……」

 グウィンがそう言って、それでも握っている剣に力を込める。

 ……ああ、そうか。一度偵察に行っているからグウィンたちも他のヴァニタスとの声や気配の違いが分かったのか、などとリョウは納得する。


「……(わし)を、殺すか」

 そんな静かな声が「それ」から聞こえる。


 その違和感にリョウが戸惑う。

「リョウ、手加減する理由なんてないよ」

 一歩下がった後方でセイリュウがそう囁く。


 ……分かっている。

 そういう視線をセイリュウに返してみるが。


「火の竜、か。……素晴らしい力を持っているな」

 そんな声がかけられる。

「竜族というのは本当に素晴らしい。自然界の均衡を保つ上で不可欠な存在だ」

 その口調に皮肉など込められておらず、本当に、純粋に感じていることを告げているような口調。


 だからこそ違和感を感じる。


「不自然きわまりない存在のお前に言われたくないね」

 セイリュウが吐き捨てるように言う。

「それでも、この破滅の火を生き残った。自然界は(わし)の存在を認めたのではないか?」

「そんなわけあるか!」

 スイレンが叫ぶ。

「そうだろうか」

 静かな声は途切れる様子がない。

(わし)も自然界の均衡を気にかける。平和で美しい世界を愛する者だ。自分達の欲に目がくらみ、考えの相容れない同胞を排除する、汚れきった人間には嫌気がさす」

 セイリュウがリョウの方に訝しげな視線を送ってくる。「こいつ、何言ってんだ」とでも言いたげな視線。

「仲間の同族を造ってみたが、あれは失敗だ。怒りや憎しみが強すぎて我を失い、やみくもに攻撃することで満足を得るようになった。だからそれを滅ぼしたことであなた方を恨む理由はない」

「なぜリガトルを生産した?」

 グウィンが鋭い目付きのまま問う。

「リガトル……縛られたもの、か。自然災害を減らすためだ。自然界は自ずと均衡を保とうとする。こちらで生産すれば本来、自然が産み出すはずだった方のものが減る。こちらで生産したものならば組織的に制御されているから、やみくもに破壊行動をとったりはしない。人間はその恩恵を受けられるはずだ」


 ……何を、言っているんだ?


「その、組織的に作られたリガトルで人間を攻撃していたくせに!」

 リョウは思わず叫んだ。

「それは必要な犠牲だ。実際にどのくらい使えるものか試してみなければわからないだろう? それに、汚れきった人間を多少掃除したところで何か問題でもあるのか?」


 ……ふざけるな!


 出かかった言葉を辛うじて飲み込む。多少なりとも、自分にも同じような経験があることを思い出してしまってので。


 村を業火で焼き付くした記憶が不意によみがえったのだ。

 それでも、だからこそ、もう二度と人間を傷付けたくはないのだ。

 儚い命を持つ人間を傷付けたくはない。

 どんなに性根が悪い人間だとしても、自分に冷たい目を向ける人間であっても、ちょっと力を込めたら命の火は消えてしまう。

 それほど儚い存在なのだ。


「竜族よ」

 リョウの沈黙をどう取ったのか自信に満ちた声が響く。

(わし)と共に新しい世界を創らないか? リガトルを使えば人間を支配するのは容易(たやす)い。汚れきった人間社会など我らが管理してやればよい。そして美しい世界を作ればよいではないか」

「なによ、それ」

 リョウが口を開く。

「そんな風に支配して、何が美しい世界よ。人間の本当の美しさを知らないんでしょう? だからそんなひどいことが言えるんだわ!」

「残念だな。……火の竜の賛同は得られんのか……」

 ヴァニタスの赤い目が細められ、視線はグウィンに向いた。

「悪いが風の竜も賛同はせんぞ。俺はもともと人間贔屓(にんげんびいき)でね」

 グウィンが言い放つ。

「水の竜はいつでも火の竜の味方だ」

 スイレンがきっぱりと答える。

「だ、そうだよ。僕は分の悪いことはしない主義でね。竜族は結束してこそ自然界の均衡を保つ」

 セイリュウが嘲るようにヴァニタスに告げる。


「……同じ痛みを知るもの同士であれば分かり合えると思ったのだがな」

 ヴァニタスの言葉にリョウの眉が寄せられる。

「同じ痛み……?」

「火の竜というのは特に人間から疎まれてきた存在だろう。(わし)とて同じだ。魔法使いと呼ばれ、恐れられ、嫌煙され、人の社会に混ざることを許されずにいた部族。なのに、勝手な人間は我らの力を利用することには貪欲でな。部族として存在させることを恐れて散り散りにさせたあげく、力のある者を飼い慣らして利用してきた。使役動物のようにだ……!」

 かすれるような語尾には悲しみの色が入り雑じる。


 でも、それよりもリョウの注意を引いたのは。


「おい……お前……まさか人間なのか?」

 グウィンがリョウが言おうとしたことをそのまま口にした。

「ああ。人間だ。中身はな。……これが我らの力だ。獣を自由に操る力。これにより自然界が産み出した『災いをなすもの』を縛り付け、この身に取り込んだのだ。この能力と力を融合させて産み出したのが我らの種族、ヴァニタスだ」


 四人が言葉を失った。


「それでも、力の強さには個体差がある。我らとてもともと散り散りにされて血が薄められてきた。弱い者は取り込むはずのものに逆に取り込まれ、精神を喰われて自我を失いかける。そんなやつらはお前たちがうまく片付けてくれたのだ」

「……今まで遭遇してきたやつらがお前とは違う気配を発していたのは……そういう違いか……」

 グウィンが呟く。


 そして、リョウは。


 あろうことか、茫然自失状態に陥る。


 人間を傷付けたくない、と思って戦ってきた。


 だからこそヴァニタスを「殺して」きたのだ。

 ここでもまた、更に無数のヴァニタスを。


 それが、中身は人間?


 結局、私は人間を殺してきたのか……!

 それも、自我を失いかけている哀れな人間を。


「リョウ!」

 次の瞬間、ハナの嘶きと同時にスイレンの叫ぶ声がした。


 リョウはその声を聞き、同時に視界が反転する。

 グウィンとセイリュウが何かを叫んだ。

 でも、リョウの視界には。


「こんな場で隙を作るとは火の竜もたいしたことはないな……」

 愉快そうに笑う声のヴァニタスの顔がリョウの視界一杯に迫っていた。

 ヴァニタスが一瞬のうちにリョウの気持ちの隙を読んで襲いかかり、その首を握ったまま床に叩きつけたのだ。


 背丈のあるヴァニタスを相手に、騎乗したままだったせいでリョウの首を掴むにも床に叩きつけてダメージを与えるにも相手に好都合だったようだ。


 グウィンとセイリュウが一気に殺気立ち身構える。

「ほう、仲間を捻り潰されたいのか? 例え竜族でもこのまま首が体から離れれば命は無くなるのだろう?」

 せせら笑うような声に二人が動きを止める。

「……ぐっ!」

 リョウのくぐもった声が微かに漏れる。


 竜族の頭の命を奪うことが自然界に及ぼす影響については、知識がないのかもしれない。もしくは、あったとしても気にも留めないのかもしれない。

 彼には、もはや自分の側につく可能性の無い竜族など邪魔者でしかないのだろう。


 リョウの体には結界が張られているのでその鉤爪が食い込むことはないが跳ね返すほどの威力もなく、喉元は潰れそうに締め付けられている。もうほんの一捻りで本当に潰されそうだ。

 無意識にリョウは握った拳に力を入れ、その拍子にあることに気づく。


 ずっと無意識だったけど……剣を握ったままだった……!


 リョウの瞳が一度閉じられる。

 そして、再び開く。

 今までだって紅い瞳に赤い髪のままだったが。

 その瞳に更なる力が込められる。

 髪の毛一本一本にまで力が行き渡るような感覚。

 その変貌に首を絞めている手に更に力が込められるが、リョウはそんなことにはお構いなしで集中する。


 こんな相手でも……哀れな人間なのだ。

 そう思うと憎しみ以外の感情が沸き上がる。


 持っている剣に力が集まるのを感じる。剣を見なくても、その刃がどんな状態か感覚でわかる。

 今、リョウの剣の刃は光を放ち、それが最高度まで高まったところで今度はその光を引き込んで刃の実態をなくしている。


 周りの三人が息を呑んだ。

 その瞬間。


 リョウが一瞬のうちにその剣を逆手に持ちかえて自分に覆い被さっている巨体に突き刺すのと、耳をつんざくような声が上がり首を絞めていた手が離れて巨体が仰け反るのはほぼ同時。


 まさかこんな風に攻撃されるとは思いもしなかったのだろう。そして、こんな剣が自分を傷つけるとは思っていなかったのかもしれない。


 リョウはそのまま左手を剣の(つか)に添えて一気に引き切る。


 リョウの目の前で、ヴァニタスの巨体が粉々に、砕けた。

 そしてその衝撃を受けてリョウは咄嗟に腕で自分の頭をかばうように身を縮めた。


「リョウ! しっかりしろ!」

 意識を失うほどではないにしても多少呆然としているリョウの体が抱き起こされる。

 その力強い腕の主はグウィン。

 そして、心配そうに顔を覗き込んでくるスイレンとセイリュウ。


「……あ、うん。ありがと。……ごめん、大丈夫よ」

 そう言って自力で起き上がるリョウの目の前には、知らない男の体が横たわっている。


 息を呑むリョウに。

「……うまく切り離したみたいだぞ」

 スイレンがそう告げる。

 リョウがそっと近寄るとうつ伏せに倒れている男がかすかに動いた。


 ……まだ息がある。

 リョウは反射的にしゃがみこんで抱き起こしてみる。

 抱き起こされた男は褐色の肌に白髪で、やはりラウと同じ部族の者であろうと思われる特徴を備えていた。


「……(わし)を、殺したのではなかったのか……?」

 男はわずかに目を開き、リョウを見上げた。

「どの程度、心が呪いに喰われているかによって生きられるか死ぬかのどちらかでした」

 リョウが静かにそう告げる。


 確かに息はあるが。

 なんとなくこの状態ではもう長くはもたないだろうとも思えたので。

 男はすでに虫の息なのだ。

 それでも、自分の手でとどめを刺すのはためらわれた。

 こんな人でも、そこまで憎むことができそうになかったのだ。


「……なるほど。……では(わし)もそう長くはないか……」

 そう呟きを漏らすところを見ると自分でも最期を予期していると見える。


 不意に以前聞いた「ヴァニタス」という言葉の意味がリョウの脳裏によみがえる。

 空虚なる虚栄。

 自ら自然界の上に立とうとおごり高ぶり、持っている力を悪用したところで、結局のところは空虚なのだ。実質が伴わない、立場。

 目の前の男は、恐れられたあのヴァニタスの支配者、「王」なのだろうが、その最期はやはり……空虚で哀れだ。

 そんな呼び名は自分で付けたのだろうか。だとしたら自嘲を込めてか、戒めを込めてか。

 もしくは他者からつけられたのだろうか。だとしたら事情を知る者により、悲哀を込めて、なのかもしれない。


「しかし……なぁ、火の竜よ。お前に人間が救えるか? いや、救えるのなら救ってほしいものだな……」

 男は消え入りそうな息の下でそう囁く。

「……どういう意味?」

 リョウが彼の顔を覗き込む。

「既に前哨部隊は送り込んである。……あれは飽くまで前哨、だったつもりだが……率いているのは……ヴァニタスの軍だ」

「なんだって?」

 リョウの肩越しに男の様子を覗き込んでいたグウィンが声をあげる。

「おい! なんだよそれ! 前哨部隊はリガトルだけじゃなかったっての?」

 さらにセイリュウが男に掴みかからんばかりの勢いで叫ぶとスイレンがその体をひき止める。

「セイリュウ、よせ! 放っておいてもこいつは死ぬ!」


 そんな混乱の中、男は静かに、皮肉な笑いを浮かべた。

「リガトルだけではない。同じ程の我が同胞の隊を組んで向かわせた。……あそこには我らの希望があるのだ……何としても手に入れねばならなかった」

「なに! なんのこと? 希望って……何を手に入れるつもりなのっ?」


 全部話すまで息絶えさせたりしない!

 リョウの目は本気だ。


 そんなリョウを見て男が笑う。

 それはなんの感情もない、静かな笑いだ。

 どんな希望があったにしろ、もはや自分はその恩恵にあずかることがない、それを理解した、空虚な笑い。

 そして。


「我が同胞の、娘だ。……一度、連れて来ようとしたが失敗した。……リガトルと共に送り出した者たちは戻ってこなかったのだ。……あの娘の力は偉大だ。連れてきて覚醒させ、この新しい種族の母とならせるつもりだったが……もはやこの(わし)が息絶えるとなれば……(わし)の意思を継ぐのは……今、軍を率いている将軍だろう」


 ざわっ……!

 リョウの全身の毛が逆立つ。


 まさか。


 前哨部隊が戦力を無力化させて、本隊を向かわせるのが「西の都市」である理由。

 以前、リガトルが西の都市で喰らうためではなくただ獲物としてヴァニタスのところに「彼女」を連れていこうと引きずり回した理由。

 それが。


「ザイラが狙いなのっ?」

 今度はリョウの腕に容赦はなかった。

 自分の腕の中で目を閉じた男を容赦なく揺さぶる。

「あ、おい……リョウ!」

 グウィンが慌ててリョウの肩を掴み抑えようとするも、その行為になんの意味もなく。

「……リョウ、諦めろ。……その男、息絶えてる……」

 スイレンが絞り出すような声でそう告げる。


「とにかく、ここにいるわけにはいかないんだろ?」

 セイリュウがテラに飛び乗った。

 リョウは。

 炎のような光を放つハナを見るなり、それに飛び乗る。

「リョウ、レンブラントには私たちが話してあとから追いかける。リョウはこのまま先に行け!」

 ただ事ではない様子を瞬時に察したスイレンがそう叫ぶとリョウは無言で、塔の最上階のその部屋の、張り出した部分からハナを駆け出させた。


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