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覚醒

 リョウにようやく安定した笑顔が戻り、レンブラントがひと安心した頃、遅めの昼食を仕入れに行った三人が戻ってきた。


 リョウの変化にグウィンとスイレンがこっそり意味ありげな視線を交わし合い、そんな二人を見てセイリュウが「だから大丈夫って言っただろ?」と小さく呟く。

 どうやら気を遣って二人きりにしてくれていたようだ。


 なんとなくリョウはそれを察してありがたいような申し訳ないような気持ちになる。


 ほんとにこの人たちは。

 びっくりするくらい私を甘やかしてくれる。

 私にはそこまでしてもらうほどの価値なんかないのに。

 それでも、そこまでしてくれるグウィン、スイレン、セイリュウがやはり愛おしい。


 レンだけじゃない。この人たちも守らないと。そんな気になる。


 木陰に座って食事をしているとばさりと音がしてレジーナが降りてくる。

「……あ?」

 グウィンが食べかけのパンを胡座(あぐら)をかいた膝の上に置くと肩に止まったレジーナの足につけた小さな筒を確認。

 確か、都市を出るときにグウィンが飛ばしていた。


 戻ってくるには早すぎる。


「……やっぱり……」

 グウィンが訝しげな顔をして黙り込んだ。

「なんだ、どうしたのだ」

 スイレンがグウィンの顔を覗き込む。

「いや……西の都市に着く前に引き返してきているみたいだ……入れた物がそのまま入ってる」

「……どういう事ですか?」

 すかさずレンブラントがグウィンの方に身を乗り出す。

「レジーナが役目を果たし損ねるなんて事はあるわけないよね。……たどり着けなかったということは」

 セイリュウが深刻な顔になる。


 まさか、ね。


 リョウは南の空を見上げる。

 確かにここ数日、どんよりとした不吉な黒い空は広がってきている。


「西の都市自体がなくなっているなんて事はないだろうな?」

 スイレンが最悪の事態を口にした。

 リョウがたった今、不吉すぎて頭の隅から一度追いやった台詞だ。


「……いや、西の都市まで行って帰ってきたにしても早すぎる。多分、そろそろ急いだ方がいいと自主的に戻ってきたんだろ」

 グウィンがそう言ってレンブラントの方に目をやる。そして付け足すように。

「お前はどうする?」

 と、問う。

「何が、ですか?」

 レンブラントはグウィンをまっすぐに見返す。

「西の都市が危ないならお前だけでも先に帰るか?」

 にやりと笑うグウィンはレンブラントの答えはもう分かっているのだろう。

「ちゃんと仕事をしてから帰らないと盛大な式は挙げさせてもらえそうにありませんからね」

 そう言うとレンブラントはリョウの肩に手を回した。


 ……まったく! この人たちは!

 この緊急事態においてなんでこんな冗談を言ってられるんだ!

 リョウは気が気ではない。


「あー、じゃあレジーナも戻ってきたことだし、みんな覚醒させちゃって、一気に攻め込みますか?」

 セイリュウがそう言うと立ち上がる、ので。

 リョウとスイレンが意味がわからなくて目を見合わせた。


 ……ということは、宿屋で聖獣造りなんぞに携わったセイリュウとグウィン、立ち会ったレンブラントの三人は事情に通じているということなのだろう。


「何を、するのだ?」

 皆が立ち上がるのにつられてリョウとスイレンも立ち上がり、スイレンが不思議そうにセイリュウの方に目をやる。

「ああ、ちょっと離れてな」

 なんて声をかけるセイリュウに応じて、レンブラントがリョウに寄り添うようにセイリュウとグウィンから距離を置く。スイレンもリョウに寄り添い、その腕に自分の腕を絡める。


 その三人の目の前でセイリュウの外見が変わった。

 黒い髪がふわりと風を受けるかのようになびき、全身がほのかに光を放つ。真っ黒でキラキラしていた瞳の輝きも増す。

 ふと気付くと隣にいるグウィンも同様に竜の力をまとい始め、髪は白髪(はくはつ)となり瞳は稲妻を思わせる金色になっている。

 その二人の視線の先には、ニゲル、コハク、テラ。そしてグウィンの肩にはレジーナ。


 ばさり。


 思わぬ音がする。


「うわぁ!」

 スイレンが上空に目をやりながら歓声をあげた。


 グウィンの肩に止まっていたレジーナはグウィンを包んでいた光とセイリュウを包んでいた光が混ざりあうとそれに共鳴するように翼を広げて空に舞い上がったのだが。

「レジーナ……でか!」

 スイレンが立て続けに声をあげる。

 ただでさえ大鷲だったレジーナがその数倍はあろうかと思えるサイズに、なったのだ。

 体の変化が落ち着くと再び地面に降りてくるレジーナに。

「スイレン、馬はダメでもこれなら乗れそうじゃない?」

 と、セイリュウ。

 スイレンがとたんに目を輝かせる。

「ニゲルに乗るのだってもう慣れてきた頃だしレジーナなら安心だろ」

 グウィンからもそんな声がかかる。

 気位が高い筈のレジーナもスイレンにはもう慣れたようでそんなやり取りの合間にスイレンの脇に寄り、頭を低くして背中に乗るように促してくる。


 で、レジーナに気をとられていたリョウの耳にレンブラントの歓声が入る。

「コハク……お前もまた……凄いですね」

 声のする方に目をやると。

「うわ……」


 コハクだけじゃない。

 ニゲルもテラも、全身がうっすらと光を放っており存在感自体が変化した。


「レンブラント、これ、あなたに預けるよ」

 セイリュウが自分の首に下がっていた竜の石を外してレンブラントに渡す。

「ちょっと僕の力を吹き込んでおいたからね。聖獣に乗るのが脆弱(ぜいじゃく)な人間じゃきっと体がもたないだろ? これをつけてればそこそこ見あった分の力を得られると思うよ」

「へえ、そんなこと出来るのか?」

 グウィンがレンブラントに手渡された黒い石を覗き込む。

「あ、皆やればできるんじゃない? 例えばリョウの石を持ってれば火の中に飛び込んでも身を焼かれずに済む、とかさ。石が自分を守るために力を発揮するのに便乗してそれを身に付けている人を守るように頭なら細工できると思うよ」

「え、そうなんだ……」

 リョウが剣の(つか)にはめ込まれている石に目をやる。

「レン……これ……」

 なんとなく剣を掴んでレンブラントの方に差し出そうとするリョウに。

「リョウ! 大丈夫ですよ、僕は火に飛び込んだりしませんから! セイリュウ、変なことを吹き込まないでください!」

 慌ててレンブラントがリョウの手を押し止める。

「水に落ちる予定はないだろうな?」

 間髪入れずにスイレンの声が上方から降ってきた。

 レジーナの背に乗ってかなりご機嫌なようだ。

「大丈夫です……そんなに大層な石をじゃらじゃらつけていたら恐くて身動きが取れなくなりますよ」

 レンブラントが微妙な面持ちで視線をそらした。

 なので。


「じゃ、行きますか」

 セイリュウが声をかける。

 グウィンは無言でニゲルに乗る。

 で、リョウが。

「え……ねえ、ハナって……このまま?」

 ごく自然に近寄ってくるハナは今までと何ら変わりはない。

「うん。だってハナはもともと聖獣だもん。あとはリョウが覚醒させるしかないよ」

 セイリュウはさらっとそんなことを言うと、テラにまたがり。

「ええええ!」

 リョウが慌ててハナにまたがると三人は先に馬を走り出させてしまった。

 レンブラントも「聖獣」というものにはじめて乗るに当たってかなり緊張しているらしくリョウを振り返る余裕はないようだ。


 何しろ、速度が尋常ではない。


 確かに竜族の力を受けた動物というものは威力が格段に、凄い。

 リョウの前を行く三頭の馬は……これ、もはや馬と呼んで良いものなのかどうかが疑問である。


 光を放つ、しなやかで美しい生き物だ。

 その乗り手も、力にあふれて美しい。

 リョウの頭上では軽やかな羽音と共に白く光を放つ大きなレジーナが優雅に飛翔し、その背には美しいプラチナブロンドの乙女を乗せている。

 こういうものを何も知らない人間が目にしたら、きっと美しい神話や伝説が生まれるのではないだろうかと思われる。


 そんなメンバーに囲まれて、リョウは胸の奥から込み上げてくる不思議な感覚を認識し始める。

 厳かでありながらも、深い喜びが伴う、誇らしい気持ち。こんな仲間と共に走ることができるというこの瞬間を、うっかりすると「楽しみ」たくなってしまうような感覚。いや、間違いなく楽しんでいる。

 そんな気持ちを抱いて、自分がここにいられることを嬉しく思うと胸の奥が震えるような感覚に襲われて。


 ……ハナ。

 走るハナに心の中で声をかける。

 竜族の頭として、恥ずかしくないように。間違いなく、誇り高い、竜族の頭として、私は戦う。だから共に戦いに行こう。

 そう、心の中で言い聞かせる。


 その時、ハナのスピードが格段に上がった。

 前を走る三頭を追い抜き、先頭に出る。


 追い越し際にちらりとグウィンとセイリュウが満足げににやりと笑うのが見える。

 そして、レンブラントの眩しそうな眼差しも。

 ハナは、リョウの力を反映しているからではなく自らの力で炎のような光を放っている。

 そして、沸き上がってきたのはリョウも感じたことがないくらい凄まじい気迫。


 このスピードなら例え世界を駆け抜けるとしてもそう何日もはかからないだろう。





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