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再起

 一行は東の都市を後にする。

 セイリュウが、聖獣たちを覚醒させた状態で出発させようと言い出したのだが、都市の状態を考えて事を荒立てずに静かに出ていきたいというリョウの主張が通っていた。


「……で? セイリュウ、あれだけ広範囲の土地に力を使って大丈夫なのか?」

 スイレンは、なるべくリョウに話題を向けないように気を遣っているのか皮肉っぽい笑いを浮かべながらセイリュウに絡みだす。

「え? 大丈夫って何が? 僕を誰だと思ってんの?」

 セイリュウのその答えを待ってましたと言わんばかりにスイレンがにやっと笑い。

「聖獣造りで疲労困憊(ひろうこんぱい)する程度の体力の、土の竜様だと思っていたんだが?」

「え……っ! ……あ、あれは……!」

 セイリュウがはっとした様子でしどろもどろになり始めて、スイレンがしてやったり、という顔になる。

「あ? なんだ……じゃ、あれはわざとだったのか?」

 グウィンも今のやり取りで、昨夜、セイリュウが一人部屋を半ば無理やり占拠した理由を察したようでぎろり、と隣に目を向ける。

「なんだよスイレン! せっかく上手くいってたのに!」

 グウィンに睨まれたセイリュウが声を上げるとスイレンが笑い声を上げながら。

「へえ! うまくいっていたのか?」

 なんて聞くのでセイリュウは、むすっとして。

「……うまくいっただろ? グウィン、今日なんかずいぶんゆっくり男同士の話し合いができたんじゃないの?」

「え? ……あ、ああ。まぁ……あれだな……なあ、レンブラント」

 とたんにグウィンはなんとも決まり悪そうに後方のレンブラントを振り返る。

「まぁ……そうですね。思わぬ話も色々聞けましたし……セイリュウのおかげ、ですかね」

 レンブラントはそう言いながらちらり、と隣のリョウに目をやる。

 リョウは、そうか、今日は朝から二人で仲良く腹を割って話ができたのね、と思いながら「そうなんだ、良かったね」とだけ返す。


 ともすると、東の都市で言われた言葉ばかりが頭の中を回って気持ちがどんどん沈んでいってしまう今のリョウには、自分が入り込まなくていい話題で皆が盛り上がるのはとてもありがたかった。

 もういっそ、このまま、誰の目にも留まらない存在になれたらいいのに、と思う。



 昼になり小さな町に差し掛かったが、町の中に入って休憩するよりも誰の邪魔も入らない町の外で休憩しようということになった。

 グウィンはスイレンを乗せたまま、買い出しにいくと言って町に入って行き、スイレンは「一人部屋でゆっくり休んだ罰だ」とばかりにセイリュウを荷物持ちに、と連れていってしまった。

「みんな……あっという間に行っちゃったわね……」

 町の入り口から程近い、道路からは少し外れた木陰でハナから降りたリョウがぼんやりとそう呟きながら町の方を眺める。

「そうですね。……リョウ……何か、あったんですか?」


 レンブラントは先程から、というより宿屋に戻ってきたリョウを見たときから何度も口にしかかっていた言葉をようやく口にした。


 どう見ても、リョウの様子がおかしい。

 そもそもさっきのグウィンとのやり取りだって「そうなんだ、良かったね」なんてさらりとリョウは受け流していたがいつもの彼女なら「なんの話をしたの?」などと嬉々として首を突っ込んできそうなものだ。


 ……まぁ、今朝はグウィンにリョウへの想いがいかに本物であるかについてつい熱く語ってしまったあげく、グウィンからもリョウを大切に思っていることを打ち明けられる、なんていうやり取りがあったので、何を話したのかなんて訊かれても困るのだが。

 その上さらに、リョウが傷付くのは見たくないというグウィンから「絶対に泣かすなよ」と念を押されたりもしたのだ。

 その矢先、リョウがこんな状態であるのはそのグウィンの手前……かなり気まずい、気もする。


 スイレンとセイリュウはリョウの身に何があったのかについては一切触れないが……セイリュウはともかくスイレンがこんな状態のリョウに気付かない筈はなく、あえてそっとしているということは……よほどの事があったのかとも思われる。


 東の都市の人々の様子からしてリョウが昔を思い出した、というのも考えられるが、それにしてもこれほどの間リョウが心ここにあらず、という状態なのも気掛かりでその原因が気になって仕方ない。

 そんな思いでリョウを見つめるレンブラントに。


「え……? あ、ごめんなさい……私、なんか変?」

 リョウはにこっと微笑んでレンブラントの顔を見上げた。

 その笑顔もレンブラントには取って付けたような笑顔に見えて仕方ない。


 レンブラントは眉をしかめて小さくため息をつき。

「……リョウ」

「あーっと! レン!」

 リョウがレンブラントの次の言葉が出る前にすっとんきょうな声を上げた。

「なっ、何ですか……?」

 レンブラントがうろたえる。と、そこで。

「剣の相手、してくれない?」

 にやっとリョウが笑う。

「……なんで今そんなことするんですか……?」

「いや、最近まともに剣を使わないから腕が鈍ってるんじゃないかと思ってね。レンが相手なら手加減しなくても大丈夫でしょ?」

 リョウの声の調子が少し明るくなる。

 なので、レンブラントは「ハヤトですかあなたは……」なんて言いながら腰の剣を抜く。


 ……あ、やば。

 ここに来てリョウは別の意味で「心ここにあらず」になってしまう自分に若干うろたえる。


 剣を抜くレンって……めちゃめちゃかっこいいじゃない……。

 しかも……ここで見とれちゃうと私、手も足も出ない……かも。


「……? どうかしましたか?」

「あ……っと、ううん。なんでもない!」

 訝しげな顔をするレンブラントに、リョウは我に返って剣を抜く。

 で、手の中で(つか)をくるりと回し、峰の側を向ける。これはもう条件反射。それを見たレンブラントがふっ、と笑って。

「……お手柔らかに」

 なんて声をかけてくる。

 リョウの目は剣を手にして、動じることのないまっすぐな目になる。

 で。

 一度、目を閉じてすうっと息を吸ってから目を開けて息を吐き。

 剣を構えてから一瞬だけ間を置いて、真っ直ぐに切り込んだ。


 剣の刃がぶつかり合う音が小気味よく響く。


 リョウはレンブラントの剣さばきにちょっと驚いていた。


 ……この人、結構なんてもんじゃない。かなり、凄いかも。動き方が凄く器用だ。

 それに、この感じ……かなり腕力もありそう。前にハヤトと剣を交えたときと比べても、ハヤトの本気でかかって来た時と同じくらいの手応えを感じるけどレンの様子を見た限りでは手加減しながら余裕で剣を扱っているのが見てとれる。


「レンって……下級騎士の稽古とかって、よく見てあげてたの?」


 ぶつかり合う剣の合間にリョウが尋ねる。


「そうですね……時間があれば。ああ、よくせがんでくる騎士はいましたね……」


 リョウの剣を器用にかわしてレンブラントがそう答える。


「シン、なんかは教え甲斐がありましたけど」


 懐かしい名前が上がる。


「……シンって……レンが教えたの?」


 かわされても、諦めることも怯むこともなく何度でも切り込んでいくリョウの剣とレンブラントの剣が何度目かでまた切り結ばれる。


「ええ……三級に合格したあとは毎日のように付き合わされましたね。彼はやたらと飲み込みが早くてあっという間に二級もパスしてくれました」


 リョウがほとんど間髪入れずに切り込んでいっているのにレンブラントは息を乱す様子すらない。


「うわ、さすが!」


 これだけ腕があれば教えるのも相当上手いんだろうな、と思える。


「あれは生徒の方に能力があったんですよ」


 そう謙遜するレンブラントもまた微笑ましい。


「で?」

 今までずっとリョウの攻撃をかわすばかりだったレンブラントがいきなり切り込んできた。

「わ!」

 思わず後ずさりながら、その刃を受け止めたリョウと至近距離で視線が合う。

「少しは気が晴れたんですか?」

「……え?」

 斜め上から見下ろすようにリョウの目を見ながらレンブラントが問い、リョウはその目に気圧される。

「決着がつくまでやっていたら日が暮れますよ」

 レンブラントはそう言うと切り結んでいた剣を払って間合いを取る。

 剣を扱っている時にしては珍しく、リョウの方が息が上がっていた。

 なんとなく悔しくて、もう一度だけ切り込んでいこうと一度下げた剣を振り上げた瞬間。

「……え?」


 レンブラントがリョウの目の前からいきなり消えた。

 正確には予想していなかった方向に動いたのだ。真横に。まるでリョウの剣から体ごと逃れるように。


 そして剣を握っているリョウの腕が掴まれる。

「……! あぶなっ……!」

 びっくりしてリョウが思わず剣を取り落とす。

「ほら、もうその辺にしておきなさい」

 レンブラントは動じる様子もない。

 なので。

「ずるい! こんな風に終わらせるなんて!」

 悔し紛れのリョウの言葉。

 どんな方法にしろ剣を取り落としたのだからリョウの負けではあるのだ。

「あなたが本気になったらどうせ僕に勝ち目はないんですから、ちょっとは花を持たせてください」

 そう言ってレンブラントはリョウが落とした剣を拾い上げる。

 その剣を受け取りながら。

「それは……まあ、そうかもしれないけど……」


 リョウは「本気になったら」というレンブラントの言葉に、「火の竜」としての力を使うことが都市の人に与える影響についてさっき言われたことをふと思い出す。


 やっぱりレンだって私が本気を出す姿なんて見たくはないということだろう。

 そう思うと再び気持ちが沈み、無意識に剣を鞘に納めながらため息をつく。


「……リョウ?」

 レンブラントがリョウの肩に剣を鞘に納めたあとの右手をかける。

 そして、その肩がわずかに震えていることに気付く。

「何があったんですか?」

 レンブラントに顔を覗き込まれてリョウが答えに詰まる。

「リョウ?」

 問いただすような強い口調で名前を呼ばれて。


「……レンは……やっぱりレンでも私が本気で戦う姿は……怖いと思うよね?」

 つい、口をついて出てしまった言葉にリョウは、はっとして顔を上げる。


 しまった!

 これ、もし、肯定されたら私、今度こそ立ち直れないかもしれない!

 ……答えなくていい!

 そんな思いでレンブラントの目を見てしまう。


 すると、レンブラントは不意に微笑んだ。

 そしてリョウの肩にかけていた手をリョウの顎に移動させ、その親指でそっと唇をなぞる。

「……綺麗だと思いますよ」


「……え?」

 唇にレンブラントの指が当たっているのでリョウはそれ以上喋るのをためらう。

「言ってませんでしたっけ? 僕は初めてあなたのあの姿を見たときからずっと、綺麗だと思っていたんですけど」


 ……なに、その感想!


 リョウの頭が軽く混乱する。

 そんなこと、言われたことない! というか、想定外過ぎて意味がわからない!


「それに、あんなに綺麗で、強くて、誰も触れることができないんじゃないかと思うような人が、こんなに簡単に僕の腕の中で大人しくなるなんて考えたらこれ以上はないくらいに、そそられますよ?」

 そう言うとレンブラントはリョウの顎にかけていた手をするりとその頭に回し、反対の腕でリョウの体を抱き寄せる。


 リョウが言葉を失っているとレンブラントはくすっと笑って。

「それに、その特殊な強さを持っているだけじゃなくて剣の腕も相当です。これだけ強くなるには相当な努力をしたのでしょう? あなたの場合生来の力があることを考えたらそこまで努力しなきゃいけない理由なんてない筈なのに」

「え……いや、そんなに強くなんか……」

 リョウはたった今レンブラントとの腕の差を見せつけられたばかりなので自然と否定してしまう。

「謙遜しなくていいですよ。僕は生きるために死にものぐるいで腕をあげてここまで来たんです。その僕が言うんだから間違いない。あなたの腕は、一流です。……本当に、惚れ惚れするくらいですよ?」

 そう言ってレンブラントはリョウの頭に回していた手を再びその顎にかけて上を向かせ、瞳を覗き込んでくる。

「それ……ほんと?」

「もちろん」

 レンブラントの肯定の微笑み。

 それは、剣の腕だけではなくて、これまで必死で生きてきたリョウの存在自体を全て肯定しているような、そんな微笑み。


 あれ?

 肩の力が抜けるような気がしてリョウはわずかに戸惑う。

 私、ほっとしている?

 レンが、私を認めてくれた。

 誰にも言ったことなんかなかった私の努力を、話してすらいないのに、察して、認めてくれたのだ。


 ……そう。

 私は人から怖れられるこの力を誇示する仕方で生きてきた訳じゃない。

 むしろ人と同じように努力して剣の腕を磨き、この特殊な力を使わなくても認めてもらえるように、頑張ってきたのだ。理解されない力をひけらかすのではなく、理解できる方法で強くなれば受け入れてもらえるのではないかと思ったから。


 レンは、その、私の努力に……気付いてくれた……。


 自分がほっとしている理由を自覚すると同時にリョウのこわばった体からすっと力が抜け、さらに眉間に入っていた力が抜けて表情もやわらぐ。


「……リョウ」

 そんなリョウを見下ろしながらレンブラントがやれやれ、といった風にその名前を呼ぶ。


 あ……しまった。

 リョウは反射的に、少し前「自分に頼りなさい」と言われていたのにそうしなかったことを怒られそうな気がしてとっさに下を向く。


「こら。人の話を聞くときはちゃんとこちらの目を見なさい」

 そんな声と共に再び上を向かされる。

「う……あの……ごめんなさい」

 リョウはつい謝ってしまう。

「謝らなくていいですよ。……本当にそんなことで良かったんですね?」

「……え?」


 怒っているか呆れているかだと思ったレンブラントの表情は意外にもそのどちらでもなく、ただ安心して微笑んでいるように見える。


「リョウ。自分に自信がなくなったら遠慮なく僕に言いなさい。あなたの良い所くらい幾らでも教えてあげますから。まったく……どれだけ僕があなたのことを見てきたと思ってるんですか」


 限りなく、優しい、目。

 リョウは、なんだか呆然としてしまう。


 なんだろう。

 この感じ。

 この人、なんでこんなにも私の欲している言葉を的確に選んで注ぎ出してくれるんだろう。

 心の奥に、すうっと染み込んでいくような、そんな感じ。

 私はたぶん、ただ認めてほしかったんだろうな、と思う。

 自覚していなかったけど。


 それをレンは、必要を大きく上回るほどの、嘘偽りのないまっすぐな言葉と態度で満たしてくれる。

 そして、この人がこう言う以上、その言葉は大袈裟でもなんでもなく本当にその通りなのだ。


 そんなこと、私は知ってる。





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