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竜族への反応

 静かな朝だった。


 リョウはベッドで寝返りをうち、すぅっと息を深く吸って、吐く。

 昨夜はレンブラントとしばらく話したあと部屋に戻りそのまま寝てしまった。

 スイレンの使っているベッドルームは明かりが消えていたのできっともうぐっすり寝ているのだろうと思って声もかけなかったが。


 ベッドから起き上がり首をぐるっと回して伸びをする。

 ……ずいぶん静かだな。

 リョウはちょっと首をかしげる。

 宿泊客だって他にいた筈だし、窓の外もすっかり明るい。人が外に出ていてもいい時間帯の筈だ。

 取り敢えずシャワーを浴びて、身支度をして、と、なんとなく時間をすごし。


「リョウ、起きているのか?」

 ちょうど支度が済んだところでスイレンの声がかかる。

「あ、うん」

 ベッドルームから顔を出すと、昨夜のグウィンたちの部屋と同じ丸テーブルの椅子に、逆向きに座って背もたれの上に顎をのせ、両足をぶらぶらさせているスイレンと目が合う。

「なんだかやたらと静か、ね」

 と、リョウが言うと。

「うーん……なんっか、変なのだ。あ、一応朝食はもらってきたぞ」

 そう言うとスイレンは背にしたテーブルの上を指差す。

「あら、ありがとう。……何?変って」

 テーブルに乗せられたスコーンやマフィン、サラダに卵料理といった馴染みのあるメニューを見ながらリョウが尋ねる。


 ……これ、わざわざもらいに行ったのか。このくらいサービスで部屋まで運んでくれそうなものだけど……スイレン、よほど待ちきれなくて自ら出向いたってことなのかしら……。


「うーん……昨日と様子が違うというか……ここの客はさっきからもぬけの殻だし、ここの主人もこの朝食をもらいにいったら愛想が悪かった……いや、愛想というのとはまた少し違ったか……」

 スイレンの返事もどうも要領を得ない。

 なので。

「じゃあ、まずはこれを食べちゃってから外を見に行こうか」

 なんてリョウは提案してみる。


「他の皆はどうしているんだろう?」

 スイレンがスコーンにクリームをたっぷりつけながらそんなことを言ってくる。

「そうねぇ……レンは……昨日だいぶ飲んでたから昼近くまででも休ませてあげたいところだけど」

 昨日、リョウの話を聞きながら果実酒とはいえ一人で瓶二本を空けていた。彼がどのくらい酒に強いか知らないけど、少しゆっくりした方がいいだろう、と思われた。

「そうか……まぁ、グウィンもだいぶ飲んでたみたいだし……だいたい部屋に帰って寝たのは明け方だったからあいつもゆっくり休んだ方がいいのだろうな」

 なんてスイレンが言うので。

「え? そうなの? ……なんでスイレンがそれを知ってるの?」

 リョウの食事の手が止まった。

「あ、ああ。えーっと……私も付き合いで外にいたのだ。ほら、そこの窓から見えるここの庭」

「えー! そうだったの? やだ、それじゃ、スイレンだって寝てないんじゃない!」

 驚きの声をあげるリョウにスイレンが笑い出す。

「忘れたか、私は純血種だ。睡眠は特に必要ではない。……まぁ、眠るのは好きだけどなっ。あれは面白い。夢も見られるし!」


 ああ、そうか。

 リョウは妙に納得してしまう。

 なるほど、体が必要としているというよりは……本当に嗜好品として楽しんでいるのか。


 あれ、でも。

「昨日のセイリュウはずいぶん早くから寝てたけど……」

「ああ、あれな」

 スイレンがちょっと考えるように上を向き。

「グウィンが力の消耗がどうとか言っていたな。……それにしてもあれはちょっと大袈裟だった気がする。……あれじゃないか? グウィンとレンブラントを同室にして男同士の話をさせてやろうとかいう魂胆だったんじゃ……」

「え……? そうなの?」

 そういえばあの二人、一番仲がぎくしゃくしていた。セイリュウなんて第一印象はさておき今は誰にでも人懐っこいしね。

 でも、そんなことにセイリュウが気を回したのなら……昨夜遅くまで私が部屋にいたのってむしろ邪魔だったかしら。


 などと考えるリョウはその二人の関係に自分の存在という付加的な要素が関係していることには……気づいてはいないらしい。



 リョウとスイレンは食事を済ませて外に出てみる。

「やっぱり……静かねぇ」

 リョウが首をかしげる。


 確かに南への援軍として兵力を半分は送ったとの話だったから、都市の男たちの中でも働き盛りの世代がごっそりいないというのは、その一因だろうけど。

 でも、はっきりいって都市に限らず人のいる場所を賑やかにするのは女たちだ。

 それが、いない。

 かといって、人っ子一人いないのかと思えば。


「あ、リョウ……!」

 スイレンが何かを見付けたようで通りの向こう側を指差す。

「あ……」

 リョウが目を向けると、通りの反対側に子供連れの母親らしき人影がちらりと見えたのだがリョウが顔をあげるのと同時に建物の影に入ってしまった。

「宿屋の主人もあんな感じだった……」

 スイレンが憮然としながらそう言ってリョウの方に目をやる。


 リョウはなんだか、嫌な感覚を思い出すような気がした。


 なんとなく、似ているのだ。

 昔、子供の頃、クロードと旅をせざるを得なくなったあの状況に。

 村や町に住んで、初めの内は仲良くしてくれた友達や近所の親切な人たちも、うっかりリョウが力を使ってしまったり、髪の色や瞳の色が変わるのを見られてしまったりしたあとは、あんな感じだった。

 遠巻きに見ているだけで誰も近寄っては来ない。

 こちらから声を掛けようものなら飛び上がらんばかりに驚いて逃げてしまう。

 そして時には、その村や町の主だった人たちが「皆が怖がるから出ていってほしい」と、言いに来るのだ。

 あの独特の空気が嫌だった。

 だから、言われる前に出ていくようにもなったのだ。


「ああ、こんなところにいたんですか。探しましたよ」

 そんな声がかかり、リョウとスイレンが、振り向く。

 気付けば宿屋をかなり離れて城壁の近くまで来てしまっていた。

「……ウゲン指揮官……?」

 振り返ったリョウの目の前には昨日会ったばかりの、そしてもう会うこともないだろうと思っていた人物がいる。

「申し訳ないんですけどね、あなた方にちょっと見ていただきたいものがあるんですよ。ご足労ですが……」

 そう言うとウゲンはちょうど近くにあった城壁の門の方へ手を差しのべる。

 城壁の外に「何か」がある、ということだろう。


 リョウとスイレンが目を合わせて軽く頷いてから、ついてくるのを確認すると。

「……宿屋の周りの様子、何か変わっていませんでしたか?」

 ウゲンが聞いてくる。

 ……なんだか嫌な聞き方だ。

 と、リョウは思う。

 これじゃまるで……原因が自分達にあると責められているかのようだ。

「一夜明けて、状況が把握できたところで都市の民の冷静な判断と反応、というわけですよ」

 ウゲンの冷ややかな言葉に、リョウはなんとなく予感が当たりそうな気がした。


 そして。

 城壁の門が開かれる。


「……げ」

 スイレンがほとんど間髪入れずにそんな声を上げた。

 そこはちょうど、昨夜リガトルの軍が攻めてきていた方角の門だった。なので、門を開けた外は昨夜の戦場だった場所で。

「昨日は暗かったですし、敵に包囲されるという危機的な状況から救われたという目先の朗報だけに民は踊らされて、あなた方を英雄視したわけですけどね。これでは……」


 まぁ、確かに。

 ちょっと迫力のある光景が広がっていて、自分でやったこととはいえリョウも少し驚いてはいた。


 なぜなら、城壁の外が、見渡す限り焼け野原になっているので。

 元々、この地は緑豊かな潤った土地だ。

 特に手入れをしていない場所でも青々とした草が地面を覆っている。

 しかもこの感じだと、この辺りは畑地だったのかもしれない。城壁の中での農耕作業はほとんど不可能なので土地に恵まれてさえいれば昼間は城壁の外で作物を作るというのは一般的な文化だ。


 それが、見渡す限り、焼け焦げている。


 植物だけではなくむき出しになった地面そのものが黒く焦げ付いたように荒れ果てているのだ。


 なんとなく、リョウは事情を察した。

 一夜明けて、明るくなって、夕べの戦いがどんなものだったかを推察した人々は。

 ここに来てようやく自分達がどんな者たちを英雄視して迎え入れているのかを自覚して恐ろしくなった、というところなのだろう。


 朝になればまずは人々が外に出て、それぞれの仕事を始める。まずその過程でこの城壁の外の有り様を見ることになる。

 そして、リョウたちの戦いは誰の目にも触れずに行われたわけではない。昨夜、城壁の外にいた兵士たちや城壁の上にいた兵士たちは人間離れした存在の者たちが戦う様子を見ていたのだ。


 華々しい勝利という積極的な見方で都市が盛り上がっているときには口をつぐんでいた者たちもこんな状態を見たらそんなわけにはいかないだろう。

 そうなればもう、あとは恐怖に支配された人々から遠巻きに見られるとか、出来ることなら関わらなくていいように距離を置かれる。という今の状態になるわけだ。


「なんだよ。もとに戻せばいいってことだろ?」

 不意にリョウとスイレンの背後で声がする。

「あれ? セイリュウ?」

 リョウとスイレンが揃って振り向くと、そこにはセイリュウが両手を腰に当てて不機嫌そうな顔をしている。

「セイリュウ、なんでここにいるんだ?」

 スイレンが声を上げる。

「馬の様子を見に行って帰ってきたら二人が出ていくのが見えたからさ。ついてきたんだ。そしたらそこの人間が命の恩人に向かってひっどい態度ぶちかましてるからさ!」

 そう言うとウゲンを睨み付ける。

「別に助けてほしいと頼んだわけではありませんからね」

 ウゲンはそう言うと薄い笑いを浮かべる。

「ふん。……じゃあ、別に頼まれた訳じゃないけどこの土地も元に戻しといてやるよ。竜族はお前らと違って心が広いからな」

 吐き捨てるようにそう言うとセイリュウは焼けた地面がむき出しになっているところに向かってずんずんと歩いていく。

「え……! セイリュウ?」

「どうするつもりだっ!」

 リョウとスイレンが声をかけるもセイリュウは振り向きさえしない。どうやらかなり機嫌が悪いらしい。


 そして焼け焦げた地面のところまで行くと、すっ、と片膝をついてしゃがみ、右手を地面につく。


 そして。


 セイリュウの全身が光を放つ。


 柔らかそうな黒い髪が風を受けてでもいるかのようにふわりとなびき、全身にまず力を集め、その力を地面に向かって放出しているのが分かる。


「……うわぁ! リョウ!」

 スイレンが嬉しそうに声を上げてリョウの腕に絡み付く。

 リョウも思わず息を呑んだ。

 地面がセイリュウの力を受けて再生し出したのだ。

 めきめきと音をたてて草が地面を覆い始め、同時に肥沃な土がその合間にちらほらと見え隠れする。

 畑だったと思われる場所には作物がみるみるうちに実り始め、緑もいっそう豊かになる。

 それが、見渡す限り一面に広がって行くのだ。


 ふと、リョウが隣にいるウゲンに目をやるとあまりの出来事に呆然としているのが見てとれる。

「これでいいんだろ?」

 文句あるか? とでも言うかのようにセイリュウがウゲンを睨み付ける。

 ウゲンがはたと我に帰って。

「ふん。さすが竜族ですね。でも」

 冷ややかな視線がリョウに向けられる。

「人というのは自分より強いものを誉め称え、その支配を受けようとしますがね、その力が自分達に理解できないほど強いものであると気づいたときには自分たちの中から排除しようとするものなんですよ。あなたはその最たるものですよ。善意でベストを尽くせば受け入れてもらえるなどと勘違いでもしているようですからはっきり教えて差し上げますが、西の都市だって例外ではありませんよ。守護者(ガーディアン)などと名乗ったところであなたの本質が変わる訳じゃない。あなたのような存在を人間は必要とはしていないし、心から受け入れることもないでしょうね」

 リョウが言葉を失う。

「おい!」

 掴みかからんばかりの勢いで一歩踏み出すセイリュウをウゲンは相変わらず冷めた目で一瞥し「竜族というのは野蛮ですね」と呟いてきびすを返す。

 スイレンがリョウの腕をぐっと抱き締めるように引いて。

「リョウ! 気にすることない!」

 と言って顔を覗き込む。

「……うん。分かってる。……大丈夫よ」

 リョウは笑顔でそう言って宿屋に向かって歩き始めるのだが。

 自分の笑顔が表面だけの、本当は笑顔にすらなっていないようなものではないかと思えてならない。


 ……うん、分かってる。

 分かっていることじゃない。

 自分が人の社会から受け入れてもらえない存在であることなんか。

 たとえ受け入れてもらうために、必死で努力したところで、その努力を誰かが見ていて認めてくれるわけでもない。私が持っている力は人を恐れさせ、遠ざけるものなのだ。

 分かっていることを指摘されただけで、どうしてこんなに動揺しているんだろう。

 そんなことを考えながらリョウはスイレンとセイリュウと共に宿屋に戻っていった。


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