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出逢い

「久しぶりねぇ! こんなメンバーでお昼ご飯が食べられるなんて!」

 お馴染みの、食堂に向かう道でザイラが先頭を歩きながらはしゃぐ。

「リョウとレンのおかげ、かな」

 ザイラの隣でクリストフが意味ありげに振り返る。

「うん。代わりにきっちり働かせてもらってますからね。……ふ、あーあ……」

 欠伸をしながらリョウの左隣でハヤトが伸びをする。

「……君は来なくてもよかったんですよ? 朝までの勤務でお疲れでしょうし」

 リョウの右隣を歩くレンブラントがわざとらしく冷ややかな言葉をハヤトにかける。

 そんな四人を見ながらリョウが笑う。

 レンブラントとリョウが怪我をしたせいで、そしてその責任の一端が第七部隊の一部のメンバーにあるという事から、月の後半の勤務をレンブラントとリョウが休養に当てる一方で第七部隊のメンバーが、肩代わりをしているのだ。

 リョウの怪我はといえば、意識がなかった二日間は癒えること無く体力がもつかと心配されていたようだったが、意識が回復してからは本来の彼女の体質通り二日もしたらすっかり治ってしまった。

 軍医からは定期的に傷を見せるように、と言われていたが、リョウはさすがにこの人間離れした治癒力を見せることをためらい「大丈夫です!」と言いきって医務室から遠ざかっていた。

「それにしたってレン、よくこのスケジュールこなしていたね。ただでさえ会議だなんだで日中動き回るのに、夕方から朝まで見張りって……あり得ない……」

 欠伸を噛み殺しながらハヤトが愚痴る。

 彼は第七部隊の隊長として、レンブラントがやっていた勤務をそっくり肩代わりしているのだ。

「……ハヤトは気合いが足りないんですよ」

 二人のやり取りが発展していく。

「そうかなぁ……一日の終わりに楽しみがあると思うと頑張れる、とかじゃないの? 例えばさぁ……ぐえ!」

 で、リョウの方に意味ありげな視線を向けながら放たれかけたハヤトの言葉に、レンブラントがリョウの後ろを通ってハヤトの背後に回り、歩いていたハヤトは喉に腕を回されて言葉を続けられなくなる。

「なになに? なんの楽しみ?」

 ザイラが目を輝かせて振り返る。

 レンブラントは笑顔でハヤトを締め上げながら。

「なんでもありません」

 と言うが顔が赤い。

 見ていて何となく察したリョウは、誰の目もまともに見ることができずにそっぽを向く。

 ……そういえば、私の勤務時間ってレンブラントの勤務時間の最終部分とかぶっていたし、担当エリアも近かった……それにあの勤務初日以降、疲れていてろくに話もしないとはいえ、大抵帰りは一緒だったのよね……。

 特に話すことがあるわけではなく、か弱い女の子を相手にしているわけではないのだから、隊長がわざわざ私を家まで送る必要なんてないだろうに……それでもやはり毎回のように「送りますよ」と声をかけられて一緒に帰宅していたっけ。

 などと考えながら。

「ほら、入るぞー」

 そんなやり取りをしているうちに、目的地に到着し、皆を振り返ったクリストフが声をかける。


 食堂に入るとなぜか雰囲気がいつもと違った。


 異変を感じ取ったクリストフがまずザイラの右側、一歩前に出て妻をかばうような立ち位置に立つ。

 レンブラントも反射的にリョウの右側にすっと寄り、さすがにその動きにリョウが「私は大丈夫ですけど」という不満げな視線を送り、ハヤトは素早く視線だけで食堂の中をざっと見回す。

 雰囲気が違う。

 まず、いつもの賑やかさが、ない。

 静まり返っているわけではなく、雑談の声でざわざわしているのだが音量と音質が違う。よく見ると普段は必ずいる女や子供、年寄りなどがいない。テーブルについているのは騎士や兵士に加えて都市の中でも割合腕に自信がありそうな男たちだ。その他の人たちは早々に引き上げてしまった、という感じでテーブルには食べかけの食事のあともちらほらと見える。

 そして皆、一様に、雑談をしながら食事をしている様子ではあるが、そんなふりをしながら一つの方向を気にしている。

 一番奥の端に座っている男だ。

 見た感じ、旅人。

 使い古したマントを羽織ったまま、目の前の食事を静かに食べている。黒い髪は肩より若干下まで伸びており、髭で顔が覆われていて表情は読み取れないが、髪と同じ黒の切れ長の目は隙がなく、周りの雰囲気をしっかり把握しているようだ。

 マントの端からよく手入れをされている事が窺える剣が見える。

 特に今すぐに何かが始まる、というわけではなさそうで、クリストフはとりあえずザイラを入り口に一番近いテーブルにつかせる。これ見よがしに店を出ていくのもはばかられる、という感じがしたので。

 ザイラが空気を読んで何事もなかったかのように椅子に座り、リョウもそれにあわせて向かい側に座る。

 料理を頼む場所は店の奥にあり、皆の視線が注がれている男の前を通らなければいけないのでザイラにはそちら側にはいかせないようにという気遣いだろう。リョウもそれを察したので女二人が勝手におしゃべりを始める、という雰囲気を作る。

 それを見て安心したようにクリストフがザイラの隣に座り、ハヤトとレンブラントが五人分の食事を頼みに行く。

「レンジャー、かな」

 周りの雑音に紛れる程度の声でクリストフが囁く。

「そう、ね」

 リョウも相槌を打つ。

 よそ者に寛大な西の都市だが、さすがにレンジャーとなると話は別なのだろう。

 一般的にどこの組織にも属さずに自分の腕だけで勝手気ままに旅をして回るレンジャーは、腕っぷしが強いからこそできることではあるが、用心棒的な仕事で生計を立てていることで知られている。さらに彼らは友好的ではなくかえって好戦的であることでも知られており、大抵仕事の報酬に多額の金銭や女を要求する。レンジャーを雇うこと自体が反道徳的な行為と見なされており、実際今となってはよほどの事情でもない限りレンジャーを雇うなどということは聞かれない。雇う者が少ないからこそレンジャーは、ますます好戦的になり弱いものを食い物にするようになっているのが現状だ。

 そして、奥のテーブルについている男。

 身なりからしてよほど長いこと旅をしている。もしくは一定の場所にとどまらない生活をしているのが一目瞭然。さらに手入れのされた武器の携帯と、その物腰からしてただ者ではないことも見てとれる。

 それで彼の存在に気付いた比較的弱い立場の客たちは、絡まれたら最後、と食堂を後にし、何かあったら受けて立つ! という気合いと正義感のある者だけがここに残った、といった感じだ。

 そしてリョウは。

 先程から妙な違和感を覚えていた。

 違和感。

 まず、周りのみんなが感じるような危険を感じない、という違和感。

 そしてもうひとつ。

 リョウの腰の剣の柄についている赤い石が、店に入った辺りからわずかな熱を帯びているような気がするのだ。

 不用意に剣に手をかければ、誤解されかねないのであからさまに触ることはためらわれるが、どうにも様子がおかしい。

 こんなことって今まであったかしら。

 なんて思う。

 この石は、代々「火の竜」の名を継承する者が受け継いできた物だ。もとは首飾りとして持っていた物だったが、ある時剣を作ってもらうにあたってこの位置にはめ込まれた。

 それはもう昔のことで、リョウの記憶には、この石はいつもただの石で儀式的な意味しか持たない物、という認識だった。

 ……でも。

 と、リョウが記憶の糸を手繰り寄せようと無意識に眉間にしわを寄せる。

 でも、この石がただの石ではなくて「生きている」というような認識が頭の片隅にはあったような気もする。

 それってなにかを経験したからだろうか。前にもこんなことがあったということなんだろうか。……もしくは誰かから聞いた情報なのか……。

「何、リョウ、怖い顔しちゃって」

 ハヤトの声にふと我に返る。

 気付けば目の前には既に料理が置かれており、いつの間にか右隣にはレンブラントが座り、クリストフの隣に座ったハヤトがそんな声をかけて、自分の前に、運んできたトレーごと自分の分の食事を置きながら座ろうとしている。

「……あ、ううん。ごめんなさい。何でもないの」

 ハヤトに限らず他の三人の視線も集めていることに気付いてリョウが慌てて笑顔を作る。

「ねぇ、リョウが剣を教わったのって、ああいう人?」

 ザイラがこそっと身を乗り出して聞いてくる。

「え……」

 一瞬リョウは答えに戸惑う。

 ザイラの言う「ああいう人」とは、一般的なレンジャーのことだろうか。……でもあの人からはそういう危険な感じが伝わってこない。なので、ちょっと考えてから。

「私が一緒にいた人は、すごく優しい人だったよ」

 と、言ってみる。

「ふうん。そうなんだ……よかった!」

 そう言うとザイラはにっこり笑って食事を始める。

 そんなザイラを見てみんなも安心したように食事を始める。

 と、その時。

 食堂の客の視線が一斉に動いた。

 例の男が、食事を終えたのか立ち上がったのだ。

 皆がさりげなく男の動きを目で追う。

「……!」

 リョウが固まる。

 レンブラントが隣で、剣の柄に右手をかけようとしているのが分かる。

 なぜなら、その男がしっかりとリョウと目を合わせてこちらにまっすぐ近づいて来たので。

「おっさん、なんか用?」

 ハヤトが顔を向けることもなく背後に近づいてきた男に、とげのある声でそう尋ねる。

「お前さんに用はない」

 男の声に敵意は全く感じられない。

「そこの女、ちょっといいか? ……ここは少し話しづらい」

 男がリョウをまっすぐ見たまま、外に出ないかと顎で合図する。

 リョウは反射的に腰を浮かせるが、隣から腕を掴まれる。

 見ればレンブラントが「行かなくていい」という視線を送ってきており。

 あれ、おかしいなぁ。この人から悪意が感じられないのがわからないのかしら。

 何て思いながら、リョウは「大丈夫よ」という視線を返し、掴まれた手に左手を添えて丁寧に離す。







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