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グウィンvsレンブラント

 セイリュウの予想と、スイレンの期待通り、大歓迎のうちに迎えられた五人は都市でもかなり程度のいい宿屋に泊まることになった。


「……で? 部屋数が足りないとはどういうことだ?」

 スイレンが不満そうに声をあげる。

「はあ、申し訳ございません。ここのところ難民のお陰で部屋はどこも埋まっておりまして……」

 ……まぁ、ね。そうだろうとは思ったわよ。

 リョウが笑顔でスイレンの肩を叩く。

「仕方ないじゃない。部屋があっただけ良かったわよ。しかもこの宿屋って都市の中じゃかなりランクが高いわよ?」

 リョウは元この都市の住民なので知っているのだが、本当にこの宿屋は庶民が旅の途中で宿泊するような宿ではなく上級騎士や(まつりごと)に関わるような人が仕事の関係で使うようなちょっといい宿屋なのだ。

 部屋だって広いし、サービスも良かったりする。

 こんなところに泊まれるだけありがたい。

 そんなやり取りをしていると。


「はああああああ! 疲れたぁ!」

「うわ! 何?」

「何事だ!」

 不意にリョウとスイレンの間に二人の肩に掴まるように倒れ込んできたのは、セイリュウ。

 びっくりして二人が振り向くと。

「部屋、取れた?」

 生気のない顔でセイリュウが聞いてくる。

「あ、うん。部屋、三つ空いてるそうよ。相部屋が二組と誰か一人が一部屋ってとこね」

 と、リョウが答える。

「あ、そ。……じゃ、僕、その一部屋もらうね」

 のろのろと顔を上げて歩き出そうとするセイリュウをスイレンがぐいと引っ張って引き留める。

「おい! なんでそうなるんだ!」

 その勢いでセイリュウがよろけて転びそうになる。

「おっと……大丈夫ですか?」

 そこにすかさず腕が伸びて背後から駆け寄ってきたレンブラントがセイリュウの体を支えた。

 リョウが顔をあげると、その後ろからグウィンもついてきており。

「何? なんでセイリュウ、こんなに疲れてるの?」

 と、リョウが二人の顔を見比べる。

「ああ。今日言ってた聖獣造りをしてきたんだ。……ったく、だから手加減しろって言ったのに」

「だって下手に手加減して、大事な馬たちになんかあったら困るだろ?」

 不満そうにセイリュウが答える。

 ……あれ?

「馬たち……? ニゲルだけじゃなかったの?」

 リョウが思わず尋ねると。

「折角だからって、レジーナにもやりやがった。……しかもコハクとテラにはさらに力を付与して即戦力にするって言い出すし。まぁ、俺もコハクとテラには力を使ってみたが……おそらくこいつの方がダイレクトに生命力を自分の体から引き出してるみたいで消耗が激しいらしい」

「……しかも僕にも『人間の体力じゃ、明日までもたないだろう』って……大丈夫だって言ったんですけどね……」

 グウィンとレンブラントが説明し、それが終わるやいなや、セイリュウは「僕の部屋どこ?」と宿屋の主人に聞きながら部屋までの案内を頼んでしまう。

 なので。


「げ! なんだ、お前と相部屋か?」

「それはこちらの台詞です……」

 グウィンとレンブラントが取り残される。

「まぁ、仕方ないわよね?」

「私はリョウと一緒の部屋は大歓迎だ!」

 リョウとスイレンは顔を見合わせてにやっと笑う。




「……で、結局こうなるのか……」

 スイレンがボソッとこぼす。

「いいじゃないですか、食事は大勢の方が楽しいですよ?」

 レンブラントが向かい側に座っているスイレンの前にミルクを注いだカップを置く。


 それぞれの部屋に引き取ったあと、宿屋の主人からの「サービスで」夕食が運ばれてくることとなり。

 疲れて休んでいるセイリュウはさておき、折角だから一緒に食べよう、と、グウィンとレンブラントの部屋に四人で集まることになったのだ。


 リョウとしては、これ、絶対グウィンがレンブラントと二人だと間がもたないからって無理やりそういう風に持っていったんだろうな、と思う。


 食事がサービスでここまで豪勢、というのはちょっと信じがたいのだ。

 というのも。

 部屋はある程度大きくて、ベッドルームやシャワールームが二つずつあるような部屋だし、今みんながいる部屋だって四人集まっても全く狭くない、真ん中にちょっと大きな丸テーブルがあったりして、これはきっと会食なんかが出来ちゃうような部屋なんだろうな、と思う。

 もちろん、リョウとスイレンの部屋も同じような造りだった。

 こんな部屋にただで泊めてくれるというだけでもう、相当のサービスである筈なのだ。


 で、そのテーブルに乗せられた食事ときたら。スイレンのいた宮殿の食事を思わせるようなご馳走なのだ。

 きっと宿屋の主人からのサービスというのは先ほどからグウィンが自分の杯に注いでいるお酒ではないだろうか。

 リョウの前にも置かれている、同じ果実酒は前にグウィンと二人で飲んだものよりさらに上等そうな香りがするし、口当たりもかなりいい。

 この辺りの土地柄で、質の良い酒が出来るのだ。リョウもこの都市にいた頃にはたまに安価で手に入る酒を飲んでいたがそれでもわりと物は良かった。


「おい、レンブラント。お前も飲めよ?」

 一応、杯はレンブラントの前にもあるがレンブラントは遠慮して、なのか杯には手をつけていなかった。

 リョウは、やっぱり立場上、飲まないのかな、と思ったのだが。

「そう……ですね。……あの、大丈夫ですか? グウィン、さっきからだいぶ飲んでますけど……」

 レンブラントが心配そうに声をかける。


 まぁ、確かに。

 サービスというのがこのお酒のことだろうとリョウが思った理由の一つは酒瓶の数なのだ。

 食事ではなくお酒をサービスでつける。しかも、こんな宿で、というなら十分あり得る。しかも一本、とかではなく、五本。グウィンがこんなに頼むとも思えないし、逆にこれだけの食事を頼んだのなら人数分ということで付けてくれるのはあり得るな、と。

 で、そのうちの三本目がただ今なくなりかけているのだ。


「……あの、レン? その人たぶん大丈夫よ。体の作りがそもそも人間じゃないからね。多少機嫌が良くなるだけで悪酔いとかはしないから」

 隣に座っているレンブラントにリョウがそう告げると。

「おう。さすがリョウ。分かってるな」

 にやりとグウィンが、笑う。

 ……うーん、それでもちょっと、明らかに酔っていそうに見えるなぁ……。

 と、リョウが思っていると。

「ふぅ……。リョウ、私はそろそろ部屋に帰るぞ」

 隣でスイレンが、席を立つ。

「あれ? もう?」

 リョウがスイレンの方に目をやると、なるほど彼女の前にあった料理はほとんど空になっており、あっという間に平らげていたことが窺える。

 ……お酒を飲んでいる人と単に食事をしている人とではペースが違うんだった……。

 そう思い直すとスイレンににっこり笑いかけて。

「じゃ、お休みなさい。私ももう少ししたら行くね」

 と告げる。

 スイレンも力を使って疲れたのか小さくあくびをすると片手をヒラヒラと振って部屋から出ていった。


「グウィン、あんまり飲みすぎない方がいいわよ?」

 スイレンを見送ったあと、リョウはそう言いながら自分の杯に口をつける。

 翌日に差し障ることはないだろうが……限度ってものがあるだろう。


「二人は……前にも一緒に飲んだことがあったんですか?」

 レンブラントが自分の杯を手に取りながら訊いてくる。


 その口調は決して楽しそうな会話のそれではないのだが、リョウは少し酒が入っているせいかそこには気づかないようだ。


 レンブラントとしてはどうにも居心地が悪い。

 ああ、この聞き方にはトゲがあったな、と、レンブラント自身も口にしてから少しばかり後悔するものの。


 だいたい。グウィンの態度。

 こんなことに腹を立てるのもどうかしているとは思うが、リョウに対して馴れ馴れし過ぎやしないか? ……同族であるということを差し引いても、だ。……いや、それにしばらく一緒に旅をしているから気心が知れてもいるのだろうが。

 西の都市に来たときには伸ばしていた髭はすっかり剃り落としているし……思いっきりリョウの気を引こうとしているように、見える。一応、その経緯はリョウから聞いているとはいえ……それでもどうにも納得がいかない。

 リョウがそのグウィンを嫌がっていないというのも……なんだか納得がいかない。


 恐らくは、先程の戦いで僕自身が全く戦力になれなかったから……イラついているんだろうな。そのせいで些細なことがいちいち気になってくる……。きっとそんなところだ。


 原因は自分の中に思い当たるものの、嫌味っぽい視線を二人に向けてしまう。


 そんなレンブラントにグウィンがニヤリと笑いかけた。

「ああ、あるよ。リョウのやつ、酒が入ると可愛いぞ?」

「え! ちょっと!」

 すかさずリョウが声をあげた。

 何を言い出すんだ!

 そんな勢いでリョウがグウィンを睨み付ける。

 そして。

「あれは、私が酔っていたんじゃなくてあなたが酔っていたんでしょ! 変なこと言い出さないでよ!」

 と、真っ赤になって食い下がるリョウを見て。

「へぇ……そうですか。詳しくお聞きしたいですね」

 レンブラントが手にしていた杯をぐいとあおる。


 さて、ここに来て。

 あれ……?

 なんか……レンの様子がおかしい……ような気がするのは気のせい、なのかな?


 はたとレンブラントの表情が普段見たことのないものであることに気づいたリョウの心配をよそに男二人は妙な視線を交わし合い。


「何を話してやろうか? リョウのことならなんでも教えてやるぜ?」

 にやぁっと、ものすごく人の悪い笑みを浮かべるグウィンに。

「ちょっと! グウィン、あなた絶対飲み過ぎ! 自分が何言ってるか分かってる?」

 リョウが今度はさぁっと青ざめる。

「リョウ、僕に知られちゃ困ることでもありますか?」

「え!」

 グウィンと軽く火花を散らしていたレンブラントの視線がリョウの方に向いたので、リョウがつい、どぎまぎして目をそらすと。

「ちゃんと知らせておいた方がいいぞー! 俺とはベッドを共にした間柄だ、とか」


 がたん!

 がしゃん!


 リョウが思わず立ち上がり、レンブラントが持っていた杯を取り落とす。


「グウィン、ななななにを言い出すの!」

 リョウはもう顔から火が出そうなくらい真っ赤、である。

「あれ……なんか言い方間違えたか? えーと……裸の付き合い……とか? 」

 当のグウィンはすっとぼけているのか本当に酔っているのか平然としており。


「えーと……リョウ、ちょっと説明をいただいても良いですか?」

 レンブラントは酒が入っているせいか、それとも本気だからこそなのか、若干涙目でリョウの方に振り向いた。


「いや、だから……! だってあれは何もなかったって、何もしてないってグウィン、言ったじゃない!」

 リョウが慌てふためく。


「あー……どうだったかなぁ……」

「えええ! グウィン!」


 ほんとに人が悪い!悪すぎる!

 という気持ちを込めて、ついでに怨念を込めてリョウはグウィンを睨み付ける。


「……つまり、それなりのことがあったと、そういうことですね」

 レンブラントはがくんと肩を落としてそう呟く。

「ま、そーゆーことだ」

「あるわけないっ!」

 ケラケラと笑うグウィンと力一杯それを否定するリョウの台詞はほぼ同時だった。

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