東の都市のやり方
「おい……あれ……」
グウィンが、思わず声をあげる。
「事態は結構……深刻なんだね」
セイリュウが答える。
明るいうちに東の都市に着くかと思っていたが、レンブラントのために少しの休息を取ったため予定より少し遅れて東の都市に着いたのは夕方薄暗くなってから。
都市に近づくにつれグリフィスからの報告のことが五人は気にかかり、都市の状況はどうなっているのだろうなんていう話題で持ちきりだった。
そして、実際に都市を目の前にして、その異様な雰囲気に五人は息を呑む。
都市の城壁の外には、軍隊が夜営を張っている。
都市の中に入りきれない他の都市からの援軍なのだろうと思われたが、よくみると組織的な陣営の組み方をしているわけではなさそうで、近付くと負傷兵たちがいく場所もなく城壁の外で休んでいるらしいことがわかった。
「負傷兵が中に入れないって……中はどんな有り様なの……?」
リョウは背筋が凍るような思いがして思わず自分の肩を抱いた。
「とにかく、中に入ろう」
スイレンがグウィンを見上げながらそう言うとグウィンも「ああ」と短く答えてニゲルの方向を変える。
それに合わせてセイリュウとリョウがあとに続き、レンブラントもその後ろからついていく。
「どういうことだ……?」
城壁の中に入ってグウィンがまず呟く。
後ろから続いた三人も城壁の門を入って中を見回しながら呆然とする。
城壁の外には負傷兵が休んでいた。明らかによそから来た援軍の兵士たちだった。
なのに。
城壁の中は平常通りに機能している、ように見える。
「ここって前からこんな感じ……?」
セイリュウがリョウの方を振り返る。
「うん……たぶん。こんな時間帯だしそもそも人が外に出ている時間ではないから人通りが少ないのは……納得できるとして……」
いや。違う。
そこが納得できないのだ。
「これだけ人がいないなら、どうして援軍の負傷兵を城壁の中に収容しないんですかね……? 外の方が危ないでしょう? ……あれじゃまるで……」
レンブラントはそこまで言って言葉を切る。
まるで生け贄だ、と言いそうになった。
子供の頃に自分が経験したように。
大人たちが自分の身を守るために考え出した忌まわしい習慣。生け贄で敵の気を引いて、敵を満足させて、自分たちは命を長らえる。
「……レン……?」
リョウが心配そうな顔でレンブラントを振り返る。
「あ、いえ。大丈夫ですよ」
普段通りの微笑みを浮かべるレンブラントにリョウは少し安心して。
「……どうする?グウィン」
今度は先頭のグウィンに声をかける。
「宿屋を探して見て見ぬふりで先を急ぐこともできるが……そうできないのが性分だろ?」
グウィンが、そう言うとにやっと笑ってリョウを見る。
「まぁ、ね……。でも、私一人の意見で動くわけには……」
「僕も気になるよ」
「私もだ」
セイリュウとスイレンが間髪いれずに答える。
なので。
「レンブラント、人間の体に休みなしは辛いだろうが……ちょっと付き合ってもらっていいか? 後でセイリュウから力を分けてもらえ」
なんてグウィンがレンブラントを見やる。
リョウは心配そうな顔で。
「ねぇ、先に宿屋を探してレンだけでも休んでもらっていても……」
「大丈夫です。そこまで弱くはないですよ? それにリョウが行くなら僕が同行するのは仕事のうちです。どうせ城に行くんでしょう?」
レンブラントがリョウの言葉を遮るように答える。
「じゃ、決まりだ。行くぞ」
グウィンはまだ何か言いたそうなリョウには目もくれずニゲルを歩かせ始める。
リョウも食い下がろうとした言葉を飲み込んだ。「どうせ城に行くんでしょう?」と言ったレンブラントの言葉。
まさにそこに乗り込もうとしているのだ。
東の都市も、例に漏れず政の類いは昔からある都市の古城で行われている。そこが都市の中枢なのだ。軍関係もしかり。
そこに行けば、この都市で行われていることが把握できる。いったいなんのつもりで援軍をあんな風に扱うのか、とか。
そして、そういうところに行く以上ただの旅人なんていう立場では中には入れない。
つまり、今ここにいるメンバーで正式に踏み込むとしたら「西の都市の守護者」という立場のリョウと、その援護のために同行している「西の都市の騎士隊隊長」という立場のレンブラントが必要なのだ。
東の都市の城は頑丈そうな古い石造りで、北の都市で見た城を思わせる。
まぁ、それは西の都市の城を知っている者の感想で西の都市があまりにも簡素なだけだ。
ここ東もまた、昔からの形や伝統に重きをおいているので古い装飾にもよく手入れをして維持している。これが本来古城を持ちながら城壁を構える歴史ある都市の姿だ。
入り口で身分を明かすと、中に入ることが許可され、軍の指令部へ案内されることとなる。
案内役の兵士がドアを叩き、一度中に入ってから来客の用件を告げ出てくるのに、そう時間はかからない。
次にドアが空いて中に五人が通されると広々とした部屋には男が二人。
年配者とはいえ背が高く姿勢のいい無表情な男と、やはり年配者であり、こちらはいくぶん小柄ではあるが鋭い目付きが印象的な男。
この段階でリョウは少し眉をしかめる。
こんな事態において、軍の中枢部であるこの部屋に、なんで人が二人しかいないんだ?
しかも。
背の高い男の方は確か、ここの総司令官。リョウは辛うじて顔を見たことがある程度。もう一人の小柄な男の方は、よく知っている。リョウが所属していた部隊の指揮官だった男だ。彼は古くからこの都市の軍と関わりがあったらしくこういうところによく出入りして色々と「進言」していた。それは飽くまで個人的な行動ではあったのだが。
いってみれば、そんな個人的な行動をしていると思われるこの二人しかここにいないということは、今、この都市の軍は実質的に全く動いていないということだ。
「久しぶり、ですね。お元気そうで何より」
鋭い目付きのまま小柄な男が口元だけに器用に笑みを作ってリョウに挨拶した。
「ええ。お陰さまで」
たぶん私も同じような顔をしているんだろうな、なんて思いながらリョウが形式だけの挨拶を返す。
そんなリョウを気遣ってかレンブラントがリョウの一歩前に立って穏やかに挨拶し、自己紹介と他のみんなの紹介を済ませてくれる。
「これはご丁寧に。私はここで指揮官を務めているウゲンといいます。こちらは東の都市のミヨシ総司令官です」
ああ、そんな名前だったな、と、リョウはここに来て初めて彼らの名前を思い出した。
好ましくない印象の人物は本能的に極力忘れようとしていたのだろう。
「それで、こんな時間になんのご用でしたか? 隊長殿」
ウゲンが相変わらず鋭い目付きで尋ねる。「こんな時間に」というところをやけに強調する辺りこちらの訪問を非常識だと暗に伝えようとしているのが丸分かりだ。
「ああ。すみません。こんな非常事態において、まさか夜に平常通り休んでいるとは思いませんでしたので」
レンブラントの返しにリョウの後ろでスイレンがにやっと笑う。
「何か勘違いをされているようですね。私たちは無駄に兵を休ませているわけではありませんよ。この都市も例に漏れず騎士と兵士の半数は南に向かっています。残った兵力は貴重ですから夜にはしっかり休ませているだけです。我々だって同じですよ。ちゃんと休息をとらねばいざというときに使い物になりませんからね」
……半数……?
リョウはまずその言葉に引っかかる。
南へ向かったのはたったの半数なのか。それはつまり東の都市が西の都市に協力して外に向ける勢力を出し惜しみしていることを意味する。
そもそも今は軍隊を持っている都市が格好の的にされてもいるのだ。下手に戦力を残していたらそのせいで他の民が危険にさらされる。
しかも。ここに来るまでの間、城の内外や城壁の周りといった兵士や騎士が働く場所の様子を見た限り……人材が減らされているようには見えなかったのだ。城壁の周りなどはむしろ上級騎士がきっちり警護に当たっていた。
リョウの知る限りでこの現状を考えると、この都市から南に向かわせたといわれている兵力のほとんどは……三級騎士の類いではないだろうか。
つまり、体裁を取り繕うために形式的に、西の都市に力のない軍隊を送り、自分のところには都市の中にあった主要な戦力を残しているということ。……自分の都市を守るために他の都市への協力をあからさまに惜しんでいるということだ。
「兵をしっかり休ませる、と言ったか?」
グウィンが低い声を響かせる。
「俺たちがここに入ってくるとき、城壁の外には負傷兵がかなりいたが、あれをここではしっかり休ませる、というのか?」
グウィンの目付きは既に好戦的なものになっている。
ウゲンはやれやれ、といった風にわざとらしく肩をすくめてみせ。
「あれはうちの兵士ではありませんから。よその都市からの援軍で、彼らには彼らの文化やしきたりがあります。こちらで良かれと思ってすることが裏目に出てお互いの関係が悪くならないように都市の外で全て組織してもらっているんです。初めからそういう協定を結んでやっていますからなんの問題もないはずですよ」
いとも簡単に言い切るウゲンにリョウは以前の記憶がよみがえる。
そうだった。
この人たち、自分たちの手を煩わせるようなことを嫌う傾向が強かった。面倒は一切ごめん、なのだ。
状況に合わせて臨機応変である、ということが一切できない。前例がないことは一切やらない。そんな体制だった。そして自分たちはいつも安全なところにいる。
「……せめて、夜の間だけでも城壁の中にいれてあげたらいいんじゃないの?」
リョウがやっとの思いで言葉を絞り出す。
本当なら、この卑怯者! と罵ってやりたいところだった。それをぐっとこらえての、言葉。
「あなたは、確か西の都市に移された二級騎士でしたね?」
ミヨシが言葉こそ丁寧だがとげのある口調でそう尋ねてくる。リョウが顔をあげると。
「たかだか二級騎士の分際で都市のやり方に口を出すなど……。少し身分をわきまえた方が良いのではないですか?」
老齢ゆえに声に張りはないがそれでもその言い方には力がこもっている。
リョウが唇を噛んで下を向くと同時にレンブラントが強い口調で口を挟む。
「彼女は騎士ではありませんよ。今は西の都市の守護者です。それに口を出しているのではありません。提案しているだけです。今リガトルの襲撃があればあの負傷兵が真っ先にやられてしまいます」
守護者という言葉が出て二人の老人は一瞬怯む。
「……まあ、立場なんてどうでもいいことですよ。そもそもそれはそちらの都市での立場でしょう。ここにはここのやり方があるということです」
忌々しそうにウゲンがそう言った矢先、部屋の外が急に騒がしくなった。
「……早速、敵の襲来でもあったのか?」
皆のやり取りをただ黙って聞いていたセイリュウが片眉を上げてドアの方に目をやった。




