南へ
夜が明けて、出発の段となり。
「遅くなったけど、それ。レンブラントの私物ね」
土の竜が青い石のついた剣と、銀の矢と弓、それに傷ひとつない鎧が乗っているテーブルを指差す。
出発のために部屋に集まった竜族の頭四人とレンブラントは「ああ、そういえば」と、テーブルの上の品に目を向ける。
「……これは……」
レンブラントが驚くのも無理はない。剣と弓と矢はともかく、鎧は新調されたかのように傷ひとつないのだ。レンブラントの記憶にあるかどうかはさておき最終的には穴だらけでボロボロになっていたのに。
「一応、直してあるよ。ま、やったのはグウィンだけどね」
土の竜がそう言うとグウィンが。
「ああ、ありゃ酷い有り様だったからな。時間を戻しておいた」
ちらりと鎧に目をやってからそう告げる。
ああ、なるほど。
そんな目でリョウとスイレンが目を合わせ、レンブラントは軽い感嘆の声をあげて鎧を手に取る。
「ねえ、ゲンブがレンブラントの馬連れてきたわよ」
ビャッコの声がかかり五人が顔を上げる。
外に出ると栗毛の馬がゲンブに引かれて屋敷の入り口まで来ていた。
……あれ?
リョウが首をかしげる。
「あれって……レンの馬?」
レンブラントを見上げると、当のレンブラントも一瞬訝しげな顔をした。
「へえ。凄いな、分かるんだ?」
土の竜が面白そうに声をあげる。
「なんだ? どうしたのだ?」
まったく意味がわからないスイレンがリョウの袖を引っ張る。
「あ……うん。知ってる馬なんだけどね……なんか気配が違うような……」
リョウがそう答えると。
「まだ完全じゃないが……もう数日でもすれば使えるようになるだろ」
なんてグウィンが意味ありげに、にやりと笑う。
ので。
「え?……まさか……」
リョウが目を丸くする。
ニゲルやレジーナは元々、普通の動物だったのをグウィンが「手を加えた」いわゆる聖獣だ。その「成功した実験例」に基づいて……。
「俺たちと旅するならこのくらいじゃないとな」
なんてグウィンがリョウに目配せする。
「あ、こっちは僕が手を貸してるんだよ。ちょっとばかり大きい生命力を付与しといたから」
「ええ! 土の竜までそんなこと出来るの?」
リョウが軽くのけぞる。
しかも楽しそうに言ってるけど……動物をそんな風に気軽に扱ったりして……良いもんなんだろうか?
「……すごいですね……。でも……なんだか喜んでますね」
レンブラントがそう言いながら馬の首をさする。
一応、リョウは前日にここまでの道のりであったことを話す際にレジーナやニゲルの話やハナの話はしていたのでレンブラントもなんとなく納得したようだった。
ゲンブは馬の手綱をレンブラントに手渡すと。
「あの時は、大変失礼しました。この馬は本当に賢くて、黒の森から出てすぐのところでずっとあなたを待っていましたよ」
そう言って頭を下げる。
ゲンブの仕草にはレンブラントに通じる礼儀正しさがあるな、とリョウは思いながらそんな光景を眺める。
「土の竜、ほら連れてきてやったぞ!」
不意にスザクの声がして皆が目を向けると屋敷の裏の方からスザクが一頭の馬を連れてきていた。
日の光を反射して銀色にも見える灰色の毛並みの馬だ。
「うわぁ、キレイ!」
スイレンが真っ先に声をあげた。
そして。
「なんだ馬に乗れないのは私だけなのか……」
と悔しそうに呟く。
リョウは思わず吹き出してしまいながら。
「いいじゃない。ニゲルだってスイレンのこと気に入ってるみたいだったし」
なんて慰めてみる。
そんなやり取りをしていると案の定、屋敷の入り口から少しはなれた場所でざわざわと音がして黒の森に入り口が出現し、二頭の馬と白い大鷲が出てくる。
出発の準備は完了、といったところだ。
「レンブラントの馬が聖獣として役目を果たせるようになるまではゆっくりしか進めないけど最終的にはスピード上げられるし戦力にもなると思うよ」
土の竜はそう言うと自分の馬に跨がる。
そして。
「じゃ、行ってくるけど……」
ゲンブとスザクとビャッコに目を向ける。
その目はびっくりするくらい優しくてリョウは思わず目が釘付けになる。
「行ってらっしゃい、土の竜」
「あとは任せとけ」
「しっかりね」
三人からの言葉を受け、土の竜は嬉しそうに微笑んで彼らに背を向けた。
グウィンもニゲルに乗りスイレンを乗せ、レンブラントも同様に馬に跨がる。それを見届けてリョウもハナに乗り、屋敷の前に並んで立つ三人に頭を下げる。
三人は言葉にこそ出さないが「土の竜を頼む」と言わんばかりの視線を送ってきたのでリョウはにっこり笑って答える。
「レンブラントの馬は何ていう名前だ?」
昼過ぎ、ようやく休憩がとれてほっとしていると食事を終えて上機嫌なスイレンがレンブラントにキラキラした目で尋ねる。
天気もよく、川の近くに木陰を作っている大きな木があったので五人はそこに腰を下ろし、レンブラントの馬を休ませながらビャッコが持たせてくれた昼食を食べたあとだ。
レンブラントはくすっと笑いを漏らしながら。
「名前はつけていないんですよ。都市では馬に名前をつける騎士の方が珍しいんです」
「そうなのか?」
スイレンが驚いたような声を上げる。
「リョウのハナは特別だったのか?」
そう言ってスイレンがリョウの方に向き直る。
「んー、そうね。都市に移動して初めて心を許してくれた相手だったからね。勢いで名前つけちゃったのよね。たったひとりの友達になると思ったからひとつって意味のハナにしたんだけどね」
「ふーん……そう、なのか……」
スイレンは頷いてから少し離れたところで例によってリョウたちに倣って草を食んでいる赤毛の馬に目をやる。
「そのわりにはリョウは友達作るの上手いよね?」
土の竜が木に寄り掛かりながらそんなことを言う。
「ええ! まさか!」
リョウがぶんぶんと首を振ると。
「本人が自覚してないだけだ」
グウィンがすかさず口を挟む。
スイレンはその隣で笑い声をあげ。
「なるほど。確かにそうだなっ。だいたいここにいるメンバーは全員リョウが作った友達みたいなものだろう?」
キラキラした目でリョウを見つめる。
リョウがちょっと息を呑み、どう反応したものかと視線を泳がせながら。
「いや、別に私が作った訳じゃなくてみんないい人ばっかりだから私なんかに付き合ってくれてるんじゃない……」
なんてぼそぼそ言い訳のように言っていると、不意に右隣から腕が伸ばされて肩を抱かれ。
「すみませんが、僕は友達におさまる気はありませんからね」
なんてレンブラントが公言する。
グウィンがやれやれと肩をすくめ、土の竜が口笛を吹き、スイレンが「はいはい」と言いながら目をそらした。
リョウは、やはり何と言って良いか分からないまま赤くなる。
で、ここは話をそらせないものかと思いつき。
「土の竜の馬は名前ないの?」
なんて聞いてみる。
「あ? 無いよ。馬なんて使い捨てだったからね。……あ、いや、竜族の命からしたら短命って意味だよ? ……でも今回はつけてやっても良いのかもね」
なんて言いながら自分の馬に目をやる。
ということは、今回の旅の為に「特別仕様」にしたのはレンブラントの馬だけではないということか、とリョウは察する。
考えてみたら土の竜は竜族の、しかも純血種の寿命に未練もなくこの世界を終わらせるつもりでいた身だ。同じように長生きするような馬なんか必要としなかっただろうし必要に応じて間に合わせの馬がいればそれで良かったのだろう。
「それなら馬より先に土の竜に名前をつけるのが先だろう! 私がつけてやろうか?」
にやにやと笑いを浮かべながらスイレンが土の竜ににじりよる。
「えっ……なんだよ! スイレン。君、絶対なんかたくらんでるだろ!」
土の竜が思いっきり顔をしかめる。
「……モグラ、って呼んでやろうか?」
くくくと喉の奥で笑いながらスイレンがさらににじりよった。
とたんにリョウとグウィン、それにレンブラントも吹き出しそうになりあわてて笑いを噛み殺す。
「あのなぁ……! 僕、ちゃんと名前あるし!」
土の竜がちょっと顔を赤らめつつも憮然としてそう言い放つ。
「へ?」
「あれ? そうなのか?」
スイレンとグウィンが同時に聞き返す。
「……セイリュウ」
リョウがそう呼ぶと土の竜が目を見開いてリョウの方に振り返る。
「差し支えなければ、その名で呼んでもいい?」
リョウが微笑む。
「……やっぱりあなたには敵わないね。リョウ」
土の竜、いや、セイリュウはそう言うと照れ臭そうに目をそらし、ため息をつく。
「じゃあ、あの馬がモグラだな……」
「スイレン!」
諦めの悪いスイレンにセイリュウが赤くなったまま声をあげる。
「……ったく、スイレンいい加減にしてやれ。テラ、でどうだ? セイリュウ」
セイリュウの目の前までにじり寄っているスイレンの襟首辺りを掴んで自分の隣に引き戻しながらグウィンがそう言うとセイリュウは安堵の表情を浮かべて。
「ふーん……大地、か。土の竜の馬にふさわしい名前かもね」
なんて言ってにやっと笑う。
「あら、じゃあ、レンの馬も名前つける?」
リョウが隣のレンブラントの顔を見上げるようにして覗き込む。
「つけてもらえますか?」
レンブラントがうっとりするような笑顔を向けてくるので。
リョウは思わず一瞬身構えてしまうのだが。
「……じゃあ……コハク、は?」
なんとなく、色のイメージから口をついて名前が出た。
でも、実は、レンブラントの瞳をいつもこっそり琥珀のようだ、と思っていたので。
遠い昔を閉じ込めている琥珀のように、できることならこの人が私のことをずっと永く想いに留めていてくれたらいいな、なんて思ってしまうので。
「いい、名前ですね……」
そんなリョウの思いを知ってか知らずか、レンブラントはそう言うと自分の栗毛の馬に目を向ける。
「さて。じゃ、そろそろ行くか」
グウィンが立ち上がり、皆がそれに合わせて立ち上がる。
午後の旅路の為に皆を励ますように温かい陽射しの中で、爽やかな風が吹き抜ける。




