手の内
スイレンに連れていかれたのは、リョウが今朝スザクと話した東屋だった。
グウィンと土の竜がすでにそこにおり、ビャッコが食事をサーブしている。
「うわぁ……!美味しそう!」
思わずリョウが声をあげる。
スイレンが言ったとおり、長椅子に囲まれたテーブルにはパンケーキが山ほど乗せられておりその他に美しく盛られた野菜や肉料理、果物のソースやクリーム、形状の異なる何種類かのチーズがあってスイレンも目を輝かせている。
「……ふーん。元気そうじゃない? 体はどこも何ともないの?」
長椅子に座っていた土の竜が腕組みをしながらリョウとスイレンの後ろから歩いてくるレンブラントに目を向けて声をかける。
リョウとスイレンが間を空けてレンブラントが前に出られるようにすると、レンブラントは二人より一歩前に出て。
「はい。お気遣いありがとうございます。この度は侵入者として踏み込んだにも関わらず命を助けていただき、本当に感謝しています」
レンブラントはそう言うと丁寧に膝をつこうとする。
「あー! いいよ! そーゆーの! これから一緒に旅をするんだろ? それとも僕の専属の僕にでもなる?」
土の竜が眉をしかめながらレンブラントの丁寧な挨拶を中断させたうえ、ちょっと意地悪そうに付け足す。
「あ……いえ、申し訳ありませんが僕は西の都市の守護者の護衛を任じられていますので」
レンブラントは律儀と言えば律儀に返しているのだが、その表情には余裕がある。
「ふーん……。なるほどねぇ。……ま、いいんじゃない? 旅仲間に気を遣う必要はないだろうしね」
そう言うと、土の竜は何が気に入ったのかレンブラントに対する表情を一転させて人懐っこい笑みを作った。
そして。
「あ、ほら。リョウも座りなよ。ビャッコの料理は結構美味しいんだよ」
なんて声をかけてくる。
ふと気づくとスイレンはとっくに席についており、料理一つ一つに熱い視線を送っている。
レンブラントがすぐ手前に座っているのでリョウはその左隣に滑り込み、グウィンと向き合う。
土の竜の隣でグウィンはリョウとレンブラントを眺めていたが、リョウと目が合うと「良かったな」なんて目を細めてくれる。
「あたしが作るパンケーキはね、お肉も野菜も挟みながら食べてちょうだいねっ! デザートに果物のソースを添えて食べても美味しいわよ」
にっこり微笑みながら説明するビャッコはとても楽しそうだ。
そして、目の前のご馳走は本当に食事の習慣を持たない純血種なのかと疑いたくなるほど美味しくて、スイレンは大絶賛だ。
「その感じだと明日には出発できそう?」
ちょうど向かい合う位置で土の竜が顔をあげてレンブラントに尋ねる。
「あ、はい。大丈夫ですよ。お陰さまでもうどこも何ともありませんから」
「そっか、良かったね。じゃあリョウ、今夜はレンブラントの部屋で寝る?」
土の竜がさらっととんでもないことを言う。
「ぶっ!」
リョウの目の前でグウィンがまず、吹き出して咳き込み始め、スイレンがそれに冷たい視線を送り、リョウは。
「なっ、ななななんでそうなるのっ! 部屋は別でいいから! てゆーか絶対別にしてね!」
ものの見事に真っ赤になった。
「……それは残念」
なんてしれっと呟くレンブラントは……リョウはこの際完全に無視することにする。
「で、さて。本格的に計画をたてる必要があるかな、と思ったんだけど」
丸テーブルの部屋で夕方集まったのは四人の竜族の頭。
呼び集めた本人、土の竜からそんな言葉が発せられる。
リョウとスイレンはなんとなくグウィンの方を見る。
そんな二人を見て土の竜が微かに笑って。
「やっぱりね。……指揮を執るのはグウィンなんだね」
なんて言ってグウィンの方を改めて向き、腕を組む。
「いや、別に指揮を執っているとかっていう訳じゃないんだが……」
グウィンは居心地悪そうに頭をかく。
「あ、別にね。良いんだよ? むしろグウィンが指揮を執る方が自然だとは思うし。一番前もって動いていたのはグウィンだしね。ただ……」
そこまで言ってから土の竜がリョウとスイレンの方に視線を向け。
「分かってるって」
グウィンがため息をつく。
その様子を見てリョウは、今日の午前中、そして昼食のあともずっとこの二人が一緒にいたことを思い出す。
きっと何かの話し合いがなされたあとなのだろう。
「ああもう! じれったい! なんなのだ!」
スイレンがついに、というか早速しびれを切らした。
「ああ、ごめんごめん。……グウィンがさ、自分の手の内を全部見せないのはどうかと思ってね」
土の竜がスイレンに微笑みかける。
なんの含みもない、微笑みだ。
「手の内……?」
スイレンが聞き返し、リョウはなんとなく察する。
例えばレンブラントがこちらに来ていたこと。
例えばリョウの持っている剣についての知識。
グウィンはいくつかの情報を意図的に隠していた。
もちろん悪意があるわけではないのは明らかだし、リョウもその事をどうこう言い立てる気はないのだが。
他にも知っていて、こちらに明かしていない情報があるのなら……やはり教えておいてほしい、と思った。
「剣のこともレンブラントのことも黙っていたのは悪かったと思ってる。本当に、悪かった」
リョウの考えを肯定するようにグウィンが視線を落としてそう告げる。
スイレンは、その言葉で話の内容を察したらしくリョウの方を盗み見るようにしてちらりと視線を寄越す。のでリョウは。
「そうね……後から知らされるのは……あまり良い気はしないから、必要な情報は前もって教えてもらえると、嬉しいかな」
なんて言ってみる。
「だよね」
土の竜も深く頷く。
「で、さ。一応、僕が客観的にグウィンの持ってる情報を見せてもらった結果ね。少なくともあとひとつは知らせておいた方が良さそうなのが出てきたんだよね」
リョウは黙って土の竜の次の言葉を持つ。
「なら私たちにも見せてもらえれば手っ取り早いだろう? なんで土の竜だけ見てるんだ」
不服そうなスイレン。
その言葉にリョウもふと、ああ、石の記憶を使って情報を共有したのか、と思い当たる。
「うーん……それね、僕も考えたんだけど……やっぱりね、これは男同士だから許される範囲内だと思ったんだよね」
土の竜が微妙な濁し方をする。
……なんだそれ?
という顔をするスイレンに。
「石の記憶って、本人の主観や感情が入るだろ? ピンポイントで特定の情報だけを取り出すんじゃなくてそれにまつわる記憶全体が関係するとなるとね……例えば誰かに対する思いとか、さ。そっとしておきたいものとかもあるじゃない?」
土の竜が一瞬リョウの方に目をやったが、グウィンがわざとらしく咳払いをしたのでリョウはそこには気付かず。
「まぁ……誰にだって他人にまで見せたくはない過去のひとつやふたつ、あるだろうしね」
なんて呟く。
「ふーん……それにしたって……そんなデリケートな記憶をグウィンでも持っていたりするんだなっ! それにそんなものを土の竜と共有するなんて、よくそんなことしたな」
にやにやしながらスイレンが身を乗り出す。
グウィンはげんなりした顔になり。
「ああ……俺がこいつに隠し事をしてないってのを納得させるためにはこれが一番手っ取り早かったからな。それに……代わりにこいつの石の記憶も見せてもらったし」
「はは。お陰で一日かかっちゃったけどね。他人の記憶なんて興味本位で覗くもんじゃないね」
土の竜が肩をすくめて見せる。
「ま、そんなわけで本題ね。まずはグウィンが持っていた情報から。南の地で生まれたヴァニタスなんだけどね……」
土の竜はグウィンに代わって、という感じで話し出す。




