長い夜の始まり
「え……ちょっと。なにそれ……」
グウィンの視線をまともに受けながらリョウが聞き返す。
「ああ。いつか話そうと思っていたんだが……」
グウィンが口を開いた矢先。
バタン!
と派手な音がして部屋の戸が開く。
「ちょっとぉ! 土の竜! あんたあの部屋そろそろどうにかしないと次の武器が入らないわよ!」
戸が開くなり長い黒髪を高い位置でまとめた女がその髪を勢いよく揺らしながら飛び込んできて、ガシャンと何かを床に下ろす。
「うわっ! なんだよビャッコ! お前相変わらず唐突だな! 今大事な話してたんだぞ!」
スザクがぎょっとした顔で入ってきた女の方に目を向ける。
土の竜も一気に表情が変わり、テーブルに向かって上体を脱力させ組んでいた手の片方で頬杖をついた。
「……それ、今じゃなくてもいいだろ? 今、来客中!」
土の竜はわざとらしくため息をついて見せる。
「……あらぁ。お客さんだったの? あ? こないだゲンブが言ってた人たち?」
ビャッコと呼ばれた女は、見た目はリョウより年上に見えるがなんだか口調もしぐさも可愛らしい。……そして、やはり彼女もまた土の竜に対して馴れ馴れしい。
そんな、言ってみれば張り詰めた空気の中で気が緩むような光景の中で。
リョウは何気なくビャッコが床に置いた荷物に目をやり、視線が釘付けになった。
それは大きな袋に入った武器と思われるものなのだが。袋から飛び出しているのは大きな弓と銀の矢。
どくん。
と、リョウの心臓が脈打つ。
まさか、ね。
いや、いくらなんでもこんなところにレンブラントの弓と矢があるはずがないじゃない。
だいたい、銀の矢の射手なんて他にもいるわけだしこの近くなら東の都市の騎士隊にだっている。
久しぶりにレンブラントを思わせるものを目にしたもんだから動揺してるだけよ。
そう自分に言い聞かせながら。
「あの……それってどうしたんですか?」
と、ビャッコの方に視線を向けて訊いてみる。
「え? ああ、これ? ここに入り込んでくる人間の持ち物よ。ここは昔から竜族を倒そうと目論む人間が武装して入り込んで来るのよね。で、見ての通り土の竜があんな悪趣味な片付け方をするからさ、彼らが持ってる武器の類がその辺に散乱するわけ。たまに片付けないといけないんだけど……森で侵入者を見張ってるゲンブっていうおっさんがね、最近は侵入者に入ってくるなって警告しがてら武器は取り上げちゃうから増えちゃって仕方ないの。ひとまとめに置いておく部屋もあるんだけど誰かさんがいつまでも放置してるからもうそこにも入らなくて!」
一気に捲し立てるビャッコに土の竜が再びわざとらしくため息をついて見せて。
「だって嫌いなんだよ。その辺の山から採れる貴重な資源で作られたそんなもんなんか。出来れば目につかないようにと思って使ってない部屋に放り込んでたけど……」
「あそこ、もう一杯だぜ?」
当たり前だろ? とでも言いたげにスザクが追い討ちをかける。
「じゃあ今度は別の部屋に……」
「あのねぇ……土の竜。そんなことしていたらこの世界が終わる前にこの屋敷が武器で埋もれちゃうわよ?」
ビャッコもまるで土の竜の母親のような口調。
「……最近は人間もここへは入り込んで来ないわけではないのか?」
スイレンがそんな声をあげる。
確かに。
リョウも今までの感じからしてあの森を怖れた人間はもうほとんど入ってこないのかと思っていた。
「ああ。昔みたいに大軍で攻め込んでくるようなことはさすがにないかな。……でもたまに手柄をたてて名をあげたいのか入り込んでくる奴らはいるんだよ。大抵はさっきビャッコが言ってたゲンブが忠告するから武器を捨てて引き返すけどね」
頬杖をついたまま土の竜がそう答える。
隣でスザクが「そうそう」と相づちをうちながら。
「あ、でもこないだの奴は武器を捨ててそのまま突き進んだんだろ? 今どき肝が座った奴もいたもんだってゲンブが感心してたな……」
ガタン!
なぜかいきなりグウィンが立ち上がった。
「……っと、なんだ?」
話していたスザクがぎょっとしてグウィンを凝視する。
そしてグウィンは。
「な、なに?」
テーブルの上から腕を離して、椅子に座ったままわずかに後ずさるように体を後ろに引く土の竜に詰め寄ると。
「ここに来たのか? 人間が!」
「……それがどうしたの?」
今までになく土の竜がおどおどするのも無理はない。グウィンの迫力が今だかつてないほどのものなのだ。
「その人間をどうした!」
ものすごい剣幕でグウィンが土の竜に掴みかかりながら問いただす。
「え……どうしたって……どうもしないよ。人間がここに入り込んだらどうなるか知ってるだろ?」
土の竜が、当然のようにそう答える。
「そういえば、あの人ずいぶんこの近くまで入ってこれてたわよね。ここの木って人の心を読むから、あれって相当意思が強くて迷いがない人じゃないと無理な筈だけど」
ビャッコがそれとなく自分が入ってきた入り口の向こうに目をやりながらそう呟くと。グウィンはすかさずビャッコに目を向けて。
「そいつ、騎士だったか?」
ガタン!
グウィンの言葉と共に、今度はリョウの座っていた椅子が派手な音を立てた。
嫌な予感がする!
背筋に悪寒が走る。
身体中の力が抜けそうになる。
……まさか!
リョウは先ほどから気になっていたビャッコの足元にある、武器がたくさん入っている袋に勢いよく駆け寄りその口を開く。
「え? なに? どうしたの?」
ビャッコのそんな声はもう耳には入らない。
「……! うそ!」
その袋には、それこそたくさんの武器が入ってはいたのだが。
銀の矢と弓。
こんなものを持つような立場の者が己の名声をあげるためにこんなところに入ってくるわけはないのだ。銀の矢の使い手であること自体がその者の地位を保証している。
そんなことはリョウの頭の片隅にあった。でも、それを肯定してしまうとたまたま頭の悪い銀の矢の射手がここに入り込んできて運悪く命を落としたのかもしれないという可能性を自ら否定してしまうことになるので考えないようにしていたのだ。
でも。
見つけてしまったものは。
「なんだ、リョウ。剣、か?」
訳がわからずリョウの行動を目で追っていたスイレンがただならぬ雰囲気に気づいてそっと近寄り、リョウの手にある剣を覗き込む。
それは銀色の細工が施された騎士の剣。
その柄にはいびつな形をした青い石がはめ込まれている。




