レンブラントの道程(探し人)
翌日。
昼過ぎごろに、ルーベラが目指していると言っていた山の麓についた。
そして、そこには小さな村があった。
レンブラントにとってその村は恐らく、目的地としていた東の高山に到達するまでにある、最後の人の住む地。
ちょうどその村のある山の向こうは竜の住む地、と呼ばれて人が入り込むことを恐れている場所なのだ。
なので、ルーベラが目指していると言っていたこの村自体もそんな場所にあるせいか人は少ない。
「わぁ……! これだけ家が少なければ片っ端からドア叩いたら一日で全部の家が確認できそうね」
ルーベラが楽しそうに声をあげる。
「……え、ちょっと待ってくださいルーベラ。何をするつもりなんですか?」
レンブラントが慌てて聞き返す。
「え? だからウィリディスを探すのよ?」
きょとんとした顔で帰ってきた返事にレンブラントは額を押さえてため息をつく。
ウィリディスというのが探している彼の名前だ。
「ああ、正確な家は知らなかったんですね……まぁ、そうでしょうけど……いや、しかし……片っ端から訪ねるというのはどうかと思いますよ。……明らかに怪しいでしょう?」
「え、大丈夫よぅ! その辺はうまくやるから! ……ほら、降りるの手伝ってよ!」
今にも馬から降りそうなルーベラに。
「ちょ、ちょっと待ちなさい! もう少し穏便に情報を得る方法を考えましょう」
レンブラントが慌てて制する。
この分だと、見つかるまで騒ぎ立てるとか、見つかったら見つかったでいきなり相手の胸ぐらつかんで怒鳴り付けるとか……やりかねない気がしてならない。
「まずは宿屋にでも一旦落ち着きましょう」
そう言うとレンブラントは強制的に馬を引き、歩き出す。ルーベラもそうなると降りるわけにはいかず大人しくするよりない。
「ここの主人にまずは聞いてみますか?」
小さな宿屋を見つけて部屋を取り、荷物を下ろしてからレンブラントが声をかける。
レンブラントは部屋を二つ取るつもりだったがルーベラは恐らくどこかに親族がいるだろうということで部屋は一つということになった。
「んー、そうね。……そうなんだけど……」
ルーベラが首をかしげる。
「どうかしましたか?」
レンブラントが振り向くと。
「あの、ね。あたしはここで目的地に着いたわけなのよね。……なんであたしの荷物を一緒に置くの?」
「は?」
確かにレンブラントは自分の荷物と一緒に持ってきた彼女の荷物もひとまとめにして置いているが。
何しろまだルーベラの宿泊先が決まっていない以上レンブラントにしてみれば何の問題もないと思う行為なのだが。
「え? だからここでお別れでしょ? たった今をもって」
レンブラントが撃沈する。
「……ルーベラ、まさかとは思いますが、その足で、この荷物を持って、一人で、人探しと宿探しをするつもりでいますか?」
「うん」
当たり前じゃない。とでも言うかのような勢いでルーベラが即答する。
「やめなさい! 絶対無理です! 君はまだ右足を引きずっているんですよ? そもそもまだ一人で馬から降りるのだって出来ないじゃないですか!」
「別に、もう馬には乗らないし……」
「そういうことを言ってるんじゃありません!」
レンブラントの力説はなかなか通じないようでルーベラはきょとんとしたままだ。
どう説明したらいいだろうかとレンブラントが思案していると。
「うーん、と。……あのね、レンブラント。あなた、とっても親切だからこの際付き添いしてくれちゃうつもりでいるでしょ? 気持ちはありがたいのよ? ただね。なんと言うか……あたし、これからウィリディスを探しに行きたいんだけど……その……出来れば事情が事情なので一人で行きたいのだけど……」
あ。
その言葉を聞いてレンブラントもルーベラの行動の意味が分かる。
まぁ、確かに……再会の場に僕が居合わせるのは気まずいでしょうね。
いや、しかし。
「じゃあ、荷物は置いていきなさい。宿泊先が見つかったら取りに来たらいい。何にしてもその足で、荷物を持って歩き回るのは許可できません」
ルーベラの足の状態を実際に見ていたレンブラントとしては、これがうちの隊員でもそうする、と確信していた。
無理をすると、怪我が長引いたり、治ったと思っても後で不調が出てきたりするのだ。
「……うーん……分かったわ。じゃあ、取り敢えず行ってくるわ、ね」
ルーベラはまだ何か言いたそうではあったが、気迫負けしたようで荷物を手に取ることは諦め、そのまま部屋から出ていく。
レンブラントは、片足を引きずりながらドアから出ていく彼女を見送ってからそっとため息をついた。
夕暮れが近づく頃、レンブラントは部屋の窓から外を見下ろす。
南からの難民が増えているという情報のために、営業を再会したという宿屋だったがさすがに自衛の手段をほとんど持たない上に竜の住む地に隣接したような村に好き好んで流れてくる難民は少ないらしく客は少ないようだった。
この周辺の地は金属の鉱脈のお陰で鍛冶屋が栄えていたがこの村にある山にはベリルと呼ばれる石の鉱脈があり、宝飾品の為の原石が採れるとのことだった。
この村に古くから住む家にはその家を象徴する石が伝わり、ルーベラの家にはベリルの中でも珍しい赤い石が伝わっている筈だというのでそれを手がかりに親族の家を探してくるのだろう。
彼女は彼女なりにきちんといくべき道を考えながら行動している。
そんなことにふと気づいて、レンブラントは自分の行動がお節介だったかと少しばかり反省していた。
リョウ以外の女性とこんなに関わったのは初めてだ。
ルーベラの中にリョウを見るような気がして放っておけないという気持ちに駆られていたがそこまでする必要はなかったのかもしれない。こんな風に彼女と関わっていたことをリョウが知ったらどう思うだろう……。
なんて考えてみてから、ああ、リョウがそこまで僕のことを想ってくれているとは限らないのだった。などと思い直し、自嘲の笑みが浮かぶ。
僕も、自分に課せられた任務に集中しなければ。
そう自分に言い聞かせて、窓の外の山の向こうに目をやる。
西に沈む夕日を反射しているのか東の空もほんのり赤みがかった紫色に染まって東の高山も美しく見える。人々に恐れられている山には到底見えないくらいの光景だ。
「おや……」
一度、あげた目線をふと下に戻すといつの間にか見覚えのある人影が見える。
右足をわずかに引きずるようにして歩く、ルーベラだ。
足の引きずりかたは宿を出ていった時より悪くはなっていないようであることからすると、長時間歩き続けるはめにはなっていないのだろう。
ということは、親族の家を見つけたか、もしくはウィリディスを探し当てて話をしてきたのか。
きっと嬉々として部屋に入ってくるのだろうと予想できたのでレンブラントは窓辺から離れて部屋のドアを開けて待ってみる。
なのだが。
なぜか一向に二階に上がってくるルーベラの気配がない。
仕方がないのでレンブラントが下に降りて行き、宿屋の外に出ると。
「……あ、レンブラント。出掛けるの?」
ルーベラはやはりそこにいた。
「いえ、上から君が見えたので」
レンブラントがそう答えるとルーベラは笑顔になった。
「見つかったんですか?」
「あ、うん。祖父母の家があってね、そこで暫く泊めてもらえることになったの。父と母のことを話したらもう、そりゃ大変な騒ぎで。危うくあたしは二度とここから出してもらえないんじゃないかと思ったわ」
レンブラントの問いにルーベラの笑顔にはほんの少し影がさす。
自分の子供を亡くした両親からしたら残された孫が心配でたまらなかったのだろう。
「ああ……そうでしたか。では、すぐに戻りますか? 荷物を取ってきましょうか? 送りますよ」
レンブラントは彼女の祖父母の心配を思い、すぐにでも彼女を送り届けた方が良さそうだと判断する。
「……うん。そうね。……ありがとう」
ルーベラは珍しく覇気の無い返事を返すが、レンブラントはとにかく荷物を取りに一度部屋に戻った。
「……ねぇ、レンブラント」
今まで通り馬に乗って、その馬をレンブラントに引かれながらルーベラが口を開く。
「あたしって、運がいい方だと思う?」
なんの脈絡もない質問にレンブラントが言葉につまる。
「あたし、自分はかなり運がいい方だと思っていたんだけど……」
「そうですね。運がいい方だと思いますよ」
レンブラントが肯定する。
「あのさ、運がいい人間って、周りの人の運を悪くしちゃったりする?」
「……は?」
レンブラントがルーベラを見上げる。
何の話をしているんだ?
ルーベラは前方を見据えたまま無表情で、言葉の意図が読み取れない。
「レンブラントってさ、あたしと一緒になってから運が悪くなったりした? あ、でもリガトルに襲われたりしたのよね……あれって一般的には運が悪いことよね」
「何言ってるんですか? 僕は別にそんな風には思ってませんよ。それにリガトルに遭うのは今じゃごく普通でしょう。傭兵じゃなかっただけ逆に運が良かったですよ?」
びっくりするくらいネガティブなルーベラの発言にレンブラントが戸惑う。
祖父母の反応が相当ショックだったのだろうか。
「……そう、か。そう、よね。必ずしも運のいい人間と一緒にいるせいで不幸になる人がいるとは限らないわよね」
消え入りそうな声でルーベラが答える。
レンブラントはふと足を止めてルーベラの方を向く。
「……何があったんですか?」
優しく説明を求めるレンブラントの言葉に、ルーベラの目から涙がこぼれ落ちた。
「だって……ウィリディスは……この村に着く前にリガトルに殺られたって……!」
絞り出すようにそう言うとルーベラは両手で顔を覆った。
レンブラントは言葉を失う。
考えてみれば、確かにそれは十分あり得ることだった。
恐らく職人見習いの一人旅。
遭遇する危険に対する備えは全く無い身。護衛役を雇うような経済的ゆとりさえない身だった筈。
「……確かなんですか?」
レンブラントがわずかな望みを見いだそうとするかのように尋ねる。
一人旅なら確実な目撃者がいるとは限らない。人違いだってあり得る。
「……多分、確実。明日……彼の家に行って来る。……旅の間、彼が身に付けていたものが届いているって……いうから」
声をつまらせながらのそんな言葉が顔を覆った手の間から漏れる。
「そうですか……一緒に行きましょうか?」
レンブラントがそう申し出ると。
ルーベラが涙でぐしゃぐしゃの顔をあげる。
「ありがとう。……でも大丈夫。……おばあちゃんが、一緒に行ってくれるって」
そう言うと、無理やり笑顔が作られる。
レンブラントは深く長いため息をひとつつき。
ああ、やはり、この子は周りの人から愛される子なんだ、と確信する。




