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強敵

 見張りの時刻。

 そこはすでに騒然としていた。

 鳴り止まない警笛の音。

 走り回る馬の蹄の音と騎士の叫び声。その合間に上がる独特の奇声。


 城壁の外に出るなり、リョウとシンは状況を察して顔色を変えた。

「大変だ!」

 シンの一言にリョウもハナを走らせる。

 音のする方に向かいながら、リョウは何かおかしい、と感じる。


 騎士の数が少ない。


 ちょうど交代の時間であるはずだから、引き継ぐ前の時間帯の騎士とこれからの時間帯の騎士の両方がいても、つまり通常の倍の人数の騎士がいてもおかしくないはず。

 なのに、いない。

 少し早めにリョウとシンが来ていることを考えれば、すでに引き継ぎが終わっているとも思えない。

 さらに、この混乱状態を見るに、今しがた攻撃が始まったとも思えない。


 ということは。

 前の時間帯の騎士たちはほとんど倒されてしまったということだろうか……?

 リョウは無意識に、そこにあるはずの知った顔を探す。

 この篝火の中ならあの子の金髪は目立つはず。


「リョウさん、後ろ!」

 シンの声に反応するまでもない。

 考え事をしながらだって戦闘モードに入っているリョウの感覚は研ぎ澄まされている。

 器用にハナの向きを変えて走り込んでくるリガトルの首を、抜いた剣の勢いでそのまま切り落とす。

「ありがと」

 リョウとしては一応お礼は言ってみるが、シンはちょっと目を丸くして自分が注意を喚起する必要がなかったことを悟り、自分の分を果たすべく周囲に目を向けなおした。


「……おかしくないですか?」

 シンがリョウの方を見ずにそう呟いた。

「騎士の数が少ないと思いましたけど……第七部隊から加勢に来ているメンバーがごっそりいませんよ……」

 リョウが気にしていたことをシンも口にする。

「第七部隊のメンバー……?」


 そうか。

 まだ自分の部隊のメンバーも完全に覚えているわけではないリョウなのでそこまでは分からなかったのだが、よく見ればカレンといつも一緒にいた人たちがいないのだ。


「まさか、そんな厳選的な攻撃を受けてやられるなんてことありませんよね……」

 訝しげにシンが首をかしげる。

 確かに。何か事情があって襲撃が始まった時にはすでにいなかったのかもしれない。


 その可能性にリョウはわずかに安堵した。

 どんな事情にせよ、この場にいなかったのなら、あの子が死んでいるという可能性は低いのかもしれない。


 となれば。

 見知った子を探す必要がないのなら、状況把握に全集中力を傾けられる。

 かなりの数のリガトルが暴れているとはいえ、騎士たちの対応は適切と見てとれる。

 森の方の見張りに当たっている一級騎士たちも駆けつけているようで、中には戦いっぷりを見れば相当な腕を持っていると分かるような人もちらほら混ざっている。

 リョウは混乱している場所から少し離れて全体を見渡し、あえて近づいてくるリガトルだけを確実に打ち倒しながら周りに目を配る、と。


「……え? シン?」

 隣にいたはずのシンが唐突に馬を走り出させた。

 混乱に陥っている騎士たちとは少しずれた方角に向かって。

 少しずれた方角。森の方だ。そしてその先にあるものは。

「ちょっと待って! 駄目よ!」

 思わず声をあげて追いかける。

 森のちょうど入り口辺りに、リガトルよりもさらに一回り大きな影がゆらりと動いたのだ。

 あれは、ヴァニタスの方。

 二級騎士の相手になるようなものじゃない。しかもその存在に他の誰も気づいている様子がない。


 奇妙なことに、ヴァニタスはシンが向かってくるのを見て森の中にゆっくりと戻り始めた。

「逃がすもんか!」

 そう叫ぶシンを見てリョウははたと気づく。

 罠かもしれない!

「追いかけちゃ駄目!」

 リョウがそう叫ぶも、声はシンには届かない。

 届かないというより血気盛んな若者には、またとない腕試しのチャンスとばかりに聞く気もないといったところだ。

 なのでリョウは慌ててシンを追いかけて森の中に駆け込む。

 そして。


 ……やっぱり!

 まず、シンが馬を止めた。

 止めるというより、馬が自主的に急停止した。騎士の馬とはいえ元は野生の馬だ。そのあり得ない状況に身の危険を感じないわけがない。

 そして息を呑むシン。


 少し離れた場所に、恐ろしいくらいに殺気を発しているヴァニタスが三体こちらを向いて待ち構えている。

 その大きさは普段目にするリガトルよりも大きく、腕や足の太さも違う。人のように二足歩行の体勢ではいるが人の体型のバランスからしたらあり得ないパーツのサイズ。腕は長く地面近くまでのびており、先にいくほど太くその先には研いだ刃物のような鉤爪。目は赤く爛々と光っており、ごつごつした体の色は夜の闇に紛れてはいるが、わずかな月明かりを反射してぬらりと光っている。

 おそらく、普通の人間なら目をそらしたくなるような姿。

 見た目だけでもあまり正視したくないほど気味が悪いのに、それが恐ろしい殺気を発しているのだ。


 さすがのリョウも背筋に寒気が走り一瞬身震いする。

「あれ」が三体……。

 以前の記憶がよみがえる。

 もう逃げる猶予がないのも明らか。

 怖じ気づくシンとその馬を気遣うように、ハナがゆっくりその前に進み出る。

 リョウは内心感心してしまう。ハナだってこの殺気を感じているはずなのに。いや、むしろハナの方がよほど敏感に感じ取っているはずなのに、リョウの気持ちを汲んでリョウのしようとしている行動に合わせているのだ。


 とはいえ。

 リョウが、ぎり、と奥歯を噛み締める。

 ここにいるのは私の事を知っているレンブラントやクリスではない。シンは私が人ではないことを知らないのだ。ここで私が姿を変えることは望ましくない。……つまり本気を出すわけにはいかないということ。

 どうにかならないものかと目の前に立ち並ぶ三体のヴァニタスを睨み付ける。

 よく見ると、リガトルは皆一様に同じサイズであるのに対してヴァニタスは多少の個体差がある。

 真ん中に立つものは一番大きく左右のものはそれほどでもない。しかも右端のは若干華奢でもある。リガトルと比べたら断然大きく人の身の丈の三倍はあるにしても、だ。

 でも三体は全く動く気配がない。

 こちらの様子をうかがっているのだろうか。

 ならば。

「リョウさん……」

 不安げな声を出すシン。

 シンのこの反応はむしろある程度腕が立つ者の証かもしれない。さすが準一級。

 一見してかなう相手ではない事を理解できるのは目が利く証拠であり、自分の力を冷静に判断して限界をわきまえていることの表れである。

「大丈夫。私が何とかする。……シン、悪いんだけどちょっとここから動かないでね。私がやつらの気を引くからその間に隊長を呼んできて」

 なるべくシンを怖がらせないように、余裕を覗かせた口調でしっかりと指示を出す。

「気を引くって……」


 ぴし。

 小さな音がした。

 リョウがシンの周りに結界を張った音。

 たぶんこれなら最悪の事態でも危害は加えられないはず。

 そしてシンには背中を向けたまま。

「いーい? 私たちの姿が見えなくなったら動くのよ」

 そう声をかけると、後ろで「はい」と言う弱々しい答えが返ってくる。

 ちゃんと言うことを聞いてくれれば結界の存在に気づくこともないかもしれない。

 で。

 シンに背中を向けているのをいいことに、前方を睨み付ける目にほんの少し力を入れる。

 三体にわずかな反応があるのを確認して。

「あなたたちの相手は私よ。先に私を倒さないとこの子には指一本触れられないからね」

 そう言い放つ。言葉を解するのかは分からないけど。

 そして、睨み付けたリョウを乗せたままハナが三体に向かって走り出す。

「ハナ、いくよ!」

 言わなくても分かってくれそうなハナに思わず指示が出る。今、シンの目の前でやられるわけにはいかない。

 ハナはリョウの誘導通りに、そして当たり前と言わんばかりに三体のヴァニタスの一番右のもののさらに右側をすり抜ける方角に向かう。

 三体はありがたいことにシンから関心をそらしリョウの方に向かって動き出した。


 しめた!

 と、リョウが思った瞬間。

「……っ!」

「リョウさん!」

 リョウの左肩に衝撃が走り、後ろでシンが叫ぶ。

「シン! 絶対に動いちゃ駄目!」

 そう叫ぶとリョウはハナを加速させながらヴァニタスの横を力ずくで通り抜ける。

 今、速度を落としたら完全に仕留められてしまう。

 一番右のヴァニタスが、リョウが近付くのに合わせてまるで虫を払うかのように腕を払ったので、その腕の先の鉤爪がリョウの左肩に深い傷を作ったのだ。それでも叩き潰されなかったのはハナの足が早かったから。


 仕留め損ねた獲物をさらに追うように再び腕が振り上げられる頃にはハナもろとも距離をおいた位置におり、仕留め損ねた、という自覚からかヴァニタスは完全にリョウを追う体勢に入っている。


 三体が一斉に自分を追う体勢に入ったのを確認し、リョウはハナをさらに加速させる。森の奥へ。


 どこまでヴァニタスに識別力があるのかは分からない。

 でも、私の目の色の変化に反応した。

 そして、おそらく、私が張った結界も理解した。

 そうでなければ三体揃って私だけをターゲットにする筈がない。

 そんなことを考えながらリョウが後方に目をやり、おや、と思う。

 追いかけ方が不自然だ。

 あのスピード。

 本来のヴァニタスのスピードからしたら到底全力とは思えない。

 ……まるで追いかける事を楽しんでいるようだ。

 そう思い当たって、ぞっとした。

 まるで、傷ついた獲物を追い詰める過程を楽しんでいるようなスピードで後ろからついてきている。


 いい加減、離れたかなという距離。

 いい加減。

 おそらくここから引き返してシンの所に行こうとされてもどうにか食い止められる距離。なおかつシンが全速力で森を抜ける時間を稼げる距離。

 それを見計らって、リョウは結界のために集中させていた一部の力を解く。

 これでシンは隊のみんなのところに戻れるはず。

 そして。

 やつらにしたら、ゆるゆると楽しんでいたのであろう追いかけっこを終結させるべくハナの速度を落とさせてこちらも本気になる。


 森の中の一部開けた場所。

 以前ここを通った際に、こんな場所が森の中の所々に点在することは確認していた。下草はあるが木の生えていない場所。森の生態系上、こういう場所が所々に出来るのかもしれない。

 そこに差し掛かり、足を止めさせたハナは近付いてくる敵に向かって向き直る。

 月明かりの中、リョウの髪は赤く浮き上がり、瞳は深紅に染まっている。抜いた剣は炎のように輝いており、向かってくる足音の主たちと対峙する。

 ゆっくりと近づいてきた三体は元々ゆっくりだった速度をそれ以上緩めることなくリョウを取り囲む。


 ……やっぱり、楽しんでいる。

 直感でリョウがそう思った時。

「オマエ、リュウ、カ?」

 予想しない事が起こった。

 一番体の大きなヴァニタスが言葉を発したのだ。

 リョウが息を呑む。

 ……お前、竜か?

 そう聞こえた気がした。

「それが何?」

 睨み付けたまま、リョウが答える。

「マチノ、シュウゲキヲ、ソシシタノハ、オマエカ」

 ……町の襲撃……あの山間の町の事だろうか。

「ナラバ、イイ、ミヤゲガ、テニ、ハイッタ」

 肯定のかわりに睨みつける瞳にさらに力を入れたリョウにそんな言葉が放たれる。

 その口調はまるで状況を楽しむような、あざ笑うようなものだったが、その音はくぐもった独特な音だった。

 そして、言うや否や今度は三体が同時にリョウめがけてゆっくり間合いを詰め始める。


 やはりまだ「楽しむ」つもりらしい。


 リョウは一番先に正面に来そうな一体に狙いを定める。

 ハナが地面を蹴り、飛び上がると同時にリョウは身を低くして振り上げられる腕をかわす体勢に入り、逆手に持った剣で首の辺りを切りつける。

 ハナは器用に、切りつけた首の反対側の肩に着地したので、かわされた腕の反動でバランスを崩したヴァニタスはさらにバランスを崩す。

 それを見た一体、一番体の大きなヴァニタスが、加勢とばかりに腕を振り上げてリョウをハナごと叩き潰そうとするが直前でハナにかわさせたので、その腕は同士討ちのようにハナがいた仲間の肩に降り下ろされて、くぐもった声が出る。ただでさえ恐ろしい切れ味を発揮するリョウの剣によって、首を切りつけられていた上に、自分より大きなものの一撃を食らったその一体はそのままくずおれた。


 まずは一体。


 残るは二体だ。

 そう思って着地したとき。

 地面に降りるや、ハナが体勢を整える間もなく大きな一体が足を振り上げた。

「ハナ……!」

 ハナがとっさに避けきれずバランスを崩し、リョウを投げ出した。

「……っ!」

 投げ出された衝撃で、リョウの傷付いていた肩に新たな激痛が走る。

 でもそれより。

「ハナ! 大丈夫?」

 肩を押さえたままリョウが叫ぶ。

 あろうことか乗り手を変にかばおうとしながら降り下ろされる足を避けようとしたせいで、ハナはそれに巻き込まれ悲鳴をあげるようにいなないたのだ。

 怪我をさせたかもしれない……!

 とっさにそう思ったリョウはハナの周りに結界を張る。

 これ以上ハナを使うわけにはいかない。


 再度降り降ろされる足が結界によって弾かれるのを確認して、リョウは投げ出された拍子に手から落ちた剣に手を伸ばす。

 その柄を握ると、ぬるりとした感触。傷から血が溢れる肩を押さえたせいで右手は血で染まっているのだ。

 右手だけではない。左腕と左上半身も肩からの血が服ごと赤く染めている。


 こんな姿、人が見たら卒倒するだろうな。

 リョウは口元にうっすら笑みを作って、ゆらりと立ち上がる。

 リョウの体質上、この程度の怪我なら大怪我には入らない。一晩もすれば大方直ってしまう程度の怪我であるはずなのだ。

 なので。

 とっとと片付けてしまおう。そして何事もなかったかのようにしなければ。

 そう考えて剣を構え直す。

 ハナを諦めてこちらに向き直る二体を見据えて。

 力を込めて握る剣が一瞬で炎をまとう形をとり、こちらに向かってくる二体に向かって軽くなぎ払う仕草をすると、その勢いで炎が剣先を離れる。

 そして。

 炎はまるで意思を持つかのように二体を取り巻き、締め上げ始める。

 はずだった。


「……?」

 あろうことか、リョウの放った炎は呆気なくかわされて、あっという間にリョウの体が宙に浮く。

「……っ!」

 リョウが声にならないうめきを漏らす。

 炎をかわした二体の内の一体、その大きな方は、炎をかわしたその勢いでリョウの目の前まで近付き、その手でリョウを掴み上げたのだ。


 上半身をすっぽりと手の中に握られた形になったリョウの、開いた肩の傷はさらに鮮血を溢れさせ、苦痛にリョウの顔が歪む。

「ワレワレガ、ツケタキズヲ、アマク、ミルナ」

 あざ笑うような声がかけられる。

「……? どういうこと?」

「マダ、イキガアルノハ、ヒトヲ、コエタ、チカラノセイダ。ソレモ、ナガクハ、モツマイ」

 痛みと、締め付けられることによる息苦しさの中、朦朧とする頭でリョウは言われたことを反芻する。


 そういえばさっきから力を出しているつもりだったのに、勢いがいつもより出ていない気がする。

 それに、これだけ自分の力をフル稼働させているのに傷がいっこうに治癒しない。それよりもさらに悪くなっているような気さえする。

 強行突破するために、鉤爪が当たるのを覚悟の上ですり抜けたせいで、つまりは避けることなく飛び込んだせいで、思いの外傷が深かったのかな、くらいにしか考えていなかった。

 それに結界。ハナの周りに結界を張って、多少は力を分散させてもいる。普段なら大した負担にはならないが、怪我をした上、こういう強敵を相手に例外的な行動をしているのだから力が弱っているのかな、と思っていたのだが。


 この感じ。

 力が抜けていくような感覚がある。

 ……こいつら、毒でも仕込んでいる?

 そんな考えが脳裏をよぎる。

 それも文字通りの毒ではない。呪いの類。普通の毒ならばリョウの体は怪我同様、耐性を発揮したりもしてしまうので。

 だとしても。

 リョウは眉間に深いしわを寄せながら歯を食いしばり身体中の力を集結させるべく集中する。

 この程度のことで負けてあげるわけにはいかないのだ。

 まだちゃんと戦っていないのに。



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