レンブラントの道程(鍛冶屋)
さて。レンブラント。
レンブラントは西の都市を出て、地道に東へ向かっていた。馬を休ませなければならない都合上どうしても休憩をとらなければならず、思うように進まないことに始めは少々の焦りや苛立ちがあったのだが。
出発して幾つかめの町で、自分が疲れ果ててしまっていることに気付き、急いだところでこれでは元も子もない、と自分に言い聞かせるに及んだ。
……東の都市を迂回してきたのは正解だったかな。
なんて密かに思う。
あそこはリョウがいた所でもある。彼女はあそこにあまりいい印象を持っていなかったように思えた。
そして、レンブラント自身も軍関係の仕事で行ったことはあるが確かにあまり好きになれないところだったと記憶している。
なんとなくぎすぎすした人間関係。
そのくせ上層部の人間だけは変に馴れ合っている。
まぁ、組織として成り立てばそれでやっていけるのだろうが……本能的に好きになれない。そんな感じ。
そんな東の都市にいたリョウが今は西の都市の守護者だなどという事実を彼らはどう受け止めるのだろうか。
そんなことを考えていたら、なんとなく東の森から続いている道路を途中で外れて東の都市を迂回してしまった。
まぁ、あの道は古代の商人や兵士のために作られたもので当時の地形を利用したものだったらしいから今の町や村や都市の配置を考えると移動に際しての最短ルートにはならないのが現状ではある。ある程度整備されているから通りやすい、というだけのことだ。
お陰で通ったことのない道や、来たことすらない土地を通る羽目にはなったが予想よりも早く進んでいるような気がする。
目の前に見えていた幾つかの山の後ろに、目指している「東の高山」と呼ばれる大きな山がそびえるのを確認して、自分のとったルートがむしろ正解だったことにレンブラントは安堵した。
「……あとは、どこかで矢を見繕わないと……」
レンブラントの背には大きな弓と、やはりこれも大きな、空の矢筒。
ここに来るまでの間にリガトルに遭遇する度に使ってしまったせいで今使えるのは腰にある剣だけだ。
レンブラントの場合、銀の矢の射手であるという事から効率よく戦うにはやはり矢を使うのが手っ取り早いのだが剣の腕も確かだ。
矢がなくとも十分やっては行けるのだが。
前に立ち寄った町ではやたらと武器の類が売られていた。
リガトルの襲撃のせいで、さらには最近増えてきている南からの難民の情報のせいで武器の売れ行きは好調なのだろうが、あの感じだとこの辺の地域は元々、武器の製造に力を入れているのではないかと思えた。
武器に適した鉱脈が近いのかも知れない。
そう考えると、どこかで銀の矢を補充できるのではないかと思えていた。
暗くなりかけてきた頃、目の前に小さな村を見つけ、レンブラントはまずはほっとした。
何しろ初めて踏み込む地ではどこに人の住む町や村があるのかよくわからない。野宿も構わないがリガトルの襲撃を考えると人のいる場所の方がまだ気が楽だ。
とはいえ実際、村に入ってみて少々違和感を感じることとなる。
日が沈みかけているというのに、意外に人が外に出ているのだ。
よそ者が歩いていても奇異の目で見られる事もない。まぁ、これは難民慣れしてきているせいでもあるのか……。
何にしても今までの町や村とはちょっと違う様子にレンブラントは首をかしげつつも宿を探すために馬から降りてゆっくりと歩いてみる。
「……あんた、どこぞの騎士さんか?」
不意に声をかけられてレンブラントが振り向く。
見ると鍛冶屋の店先で店を閉める支度をしていると思われる年配の男性が声をかけてきていた。
白髪混じりの髪を短く刈り込んで職人の仕事着を着ており、鍛冶屋らしい体格をしている。
「ええ、西の都市から来ました。宿を探しているのですが」
丁寧に答えるレンブラントに男が笑う。
「ああ! むりむり! こんな時間に空いてる宿なんてない! そもそも宿屋自体この村には少ないんだ。そこへもってきて最近は南からの難民が有り金はたいてでも宿をとるからな。なんならうちに泊まっていくか?」
人の良さそうな笑顔は、ラウに少し似ている。
「そうなんですか……泊めていただけるならありがたいです」
レンブラントが一礼すると。
「おい、ミヤ!」
と、男は家の中に向かって声をかける。
中から出てきたのは男の妻と思われる同年代くらいの女で、気持ちのよい笑顔を向けてくれていた。
「あら! ……騎士さんなの?」
軽くレンブラントに向かって頭を下げたミヤと呼ばれた女は男に向かってそんな声をかける。
「宿を探しているそうだ。泊めてやろう」
店先に出ていたと思われる両手一杯の武器を器用に抱えて男が店の中に入る。
「あ、馬なら家の脇に馬小屋があるから使ってね」
ミヤはそう言い残すと馬小屋があると思われる方向を指差してから夫を手伝うためにガチャガチャいっている音を追いかけていく。
レンブラントはそんな二人の様子をつい微笑みながら見送ってから、ミヤが指差した方向に馬を引いていく。
夫婦のあとを追うように店に入ったところでレンブラントはところせましと置かれている武具の類に気をとられた。
乱雑に置かれてはいるものの質が良い物であることが騎士としての経験から一目で分かった。
店に入るとすぐ隣には作業場があり、昼間はそこでこうした武具を作っていたのだろうということが窺える。
「おい、騎士さん。食事が出来ているぞ」
作業場のさらに奥からそんな声がかかり、レンブラントは顔をあげる。声のする方に入っていくとそこは居間になっていた。
「突然すみません。ご親切に感謝します。……レンブラント、と申します」
挨拶をするレンブラントに奥にある台所からミヤが顔を出す。
「ああ、気を遣わなくていいわよ! ちょうどうちの息子があんたくらいの歳なのよ」
「ああ、それで……。息子さん、お出掛けなんですか? ……馬小屋に馬がいなかったので」
レンブラントはそう答えながら目の前の男に促されるままに小さなテーブルにつき、男と向かい合う。
いましがた馬を引いていった馬小屋には飼い葉も水もあったのに馬が見当たらなかった。掃除の行き届いたそこはまるで今にも誰かが帰って来そうに見えたのだ。
「ああ、息子は……今夜は帰っては来ないでしょう」
そう言うと男はなぜか寂しそうに目を伏せた。
事情がありそうなのでレンブラントもそれ以上尋ねるのはやめる。
「さあ! せっかく来たんだからたくさん食べてね! たくさん作っちゃったのよ!」
明るい笑顔で奥の台所から食事が運ばれてくる。
確かにこの年頃の夫婦二人が食べるにはちょっと多すぎる量の食事だ。
男ははカザミといい一人息子と妻の三人で暮らしているようだった。
「この辺で銀の矢を扱っている店はありますか?」
食事をしながらレンブラントが尋ねる。
「銀の矢か……」
カザミが居間の入り口に立て掛けてあるレンブラントの弓と矢筒に目をやる。
「裏山のタタラに行ったら作っているが……。あんた、あれを使えるのか?」
ふと気付くとミヤの食事の手が止まっている。
「ええ、一応。ここまで来る間に使い果たしてしまいまして……」
まずいことでも言っただろうか、と思いつつも正直にレンブラントが答えると夫婦は顔を見合わせた。
「……そうか。あ、いや。気にしなくていいんだ。うちの息子もね、銀の矢の使い手になりたくて騎士になったものだから……あれはなかなか使いこなすのが難しいものだからな」
「そうですね……しかもこんなところで作っているとは思いませんでした」
レンブラントが差し障りの無さそうな相づちをうつ。
銀の矢はもとより騎士や兵士の武具は都市にいれば武器商人から仕入れる。軍が行う雑務なので騎士は出所にまでは頓着しない。ただ銀の矢に関しては希少価値があることくらいは知っていて、よほどのことがなければ使わないという程度の認識だ。
「裏の山に鉱脈があるのよ。この地は昔から特殊な金属もよく採れたらしくて。タタラも幾つかあるけど古代からずっと続いていると聞くわね。私たちはもっと東の村から移って来た身だから歴史までは知らないんだけどね」
ミヤが食事を再開しながらそんなことを話し出す。
「だからここは鍛冶屋が多い。そのせいで村人もなんとなくあいつらに対する警戒心が薄くてな……まぁ、武器商人だけじゃなく騎士や兵士も個人で買い付けに来ることが多いからたいてい村には戦力になる男がいるようなもんなんだがな」
そんなカザミの話を聞くに及んでレンブラントは村の様子が他と違っていた理由が分かった。「あいつら」というのはリガトルのことだろう。こんな時間に外を出歩く人がいるなんて、城壁のある都市ならともかく小さな村ではあり得ないことだった。
それに個人で武器を買い付けに来るというなら相当腕に自信がある者たちだろう。そんな者が出入りしている村なら確かに警戒心は薄れるのかもしれない。
「うちの子もね、そんな人たちを見て育ったせいか騎士に憧れてね。しかも銀の矢の射手になるなんて言い出すもんだから……」
ミヤの言葉にレンブラントも頷く。
ここで銀の矢の射手を目指して騎士になるということは、勤務先は東の都市だろう。あそこにも銀の矢の射手は何人かいたはずだ。
銀の矢は、本物の銀で出来ているわけではない。銀色の特殊な金属なのだ。錆びたり褪せたりすることのないその色のために「銀」と呼ばれている、古代から魔除けに使われていた金属で、リガトルに致命傷を与えることができるといわれ、人の社会ではこれを武器に仕立てる試みが続けられてきた。しかし、この金属の弱点は一度リガトル相手に使うと強度がなくなり使い物にならなくなってしまうことだった。なので使い捨ての矢としてしか製造されない。
その特殊な背景から、この武器を使うことに憧れる者も多い。とはいえ実際に使いこなせる者は少ないのだが。
この夫婦の息子なる人物もそんなところだろうか。
「明日、タタラにお連れしましょうね。今夜は息子の部屋を使ってちょうだい」
食事を終えたミヤが、笑顔でレンブラントにそう言うと空になった食器をゆっくり片付け始めた。
「……いいんですか?」
レンブラントはついカザミの方にも目をやる。
息子の騎士が実家に帰ってくるからと家族が準備していたのが明らかに分かるような状態だったことを考えると、息子は本来、今は休暇中の身でもあるのだろう。たまたま今日は用事があって昼のうちに戻ってこられなくなった、とか。
自分と同年代の、言ってみれば何かしらの責任のある立場の騎士ともなればそういうことは十分あり得る。
都市での仕事が長引くとか、緊急事態に駆り出されたとか。
暗くなってからの移動は危険が伴うから、それならいっそ帰省を一日ずらして明朝帰って来るというのもあり得るだろう。
そんな意志のこもったレンブラントの視線を受けたカザミは笑みを浮かべて。
「大丈夫。使ってやってくれ。息子も本物の銀の矢の射手が部屋を使ったと知ったら喜ぶだろう」
そうカザミが請け合うのでレンブラントは余計な気遣いだったか、と、ありがたくその部屋で休ませてもらうことにした。




