同盟
城の最上階。司の部屋。
もとの姿に戻った三人はフェンリルと再びその部屋にいた。
グウィンは「恩を売る」と言ったが、リョウとしては本当に今回のことがそういう結果になったのか正直気になっていた。
「……お前たちの力を我々は軽く考えすぎていたようだ」
緊張した面持ちでフェンリルがそう告げる。
「で?」
腕組みをしたグウィンの表情は相変わらず読み取りにくく、口の端を片方だけつり上げてはいるが笑っているようには到底見えない。
「……こうなると全面的にそちらの言うことを聞くしかないだろう。……あんなのを見せつけられたらうちの騎士隊の力関係にまで影響が出る」
苦虫を噛み潰したような顔でフェンリルがそう告げる。
「ああ、そりゃお前たちのやり方が今までどうだったかにかかってることだろ。口を出すなと言ったのはそっちだ。……そもそも竜族は、自分の意思でここにいるだけだ。頭たる者と北の都市の司のどちらかを選べと言われれば各自が自分の判断で動くだろうし人間ごときにそれをどうこう出来る筈もない」
なんとなく、聞いているリョウにも分かってきたのは。
この、北の都市の司。
竜族を使役しているつもりにでもなっていたということなんだろうか。それによって得ている軍事力を利用して近隣に力を誇示して。
だけど実際のところ、恐らくは、竜族はそんな存在ではない。確かに風の部族のことは良く分からないけど、例えば水の部族みたいに一致団結した部族ではなくて各自が自由気ままに生活することを好む部族なのかもしれないけど、でも。頭の存在を無視したりはしないだろう。
グウィンがその気になればきちんとついてくるだろうし、グウィンにはそういう力がある筈だ。そしてこの度グウィンが既に三つの部族が結束しているという形で、頭としての力を見せつけた以上、人間の社会がどんな圧力をかけようとも竜族が人間の影響を受ける筈がないだろう。ということ。
平たく言うと「こちらはいつでも北の都市の戦力を引き抜けますけど、その覚悟はありますか? ちなみにそうなった場合、そちらへの援助は今後一切しませんけどこのご時世にそれでやっていけると思ってます?」みたいな会話をしているらしい。
……これは恩を売るどころか。
「おいおいグウィン、脅す気か?」
フェンリルがおどけるように肩をすくめて見せる。
「どうとるかはお前次第だ」
……グウィン、目付きがとても好戦的に見えるのは……気のせいかしら?
リョウがそう思いながらそっと目をそらすとそらした先でスイレンと目が合う。スイレンもどうやら同じことを考えているようで「あれ、ほっといて良いのか?」というような視線をよこす。
私なんかが口を出してもねぇ、とは思うのだけど。
「あの。結局、決議をとるって話はどうなったのかしら?」
一応、これが本題だと思うのでリョウが思いきって口を挟んでみる。
すると、フェンリルは意外にもきちんとリョウの方に向き直って口を開いた。
「ああ。その件だが、決議をとるまでもない。西の都市との同盟は結ばせてもらう。……だが」
しっかりリョウの目を見て答えたフェンリルは最後に気まずそうに目をそらした。
「……だが? なんだ?」
すかさずグウィンが聞き返す。
「申し訳ないが、西の都市のやり方に北の都市の者たちがついていけるとは思えん。あそこは……その……やり方が新しすぎるんだ」
ああ、なるほど。
リョウは思わず同情の目を向けてしまう。
東の都市での生活に慣れていた自分でさえ、しかもその東の都市のやり方に反発を感じていた自分でさえあそこのやり方には色々驚かされた。まして、古風極まりないここのやり方にどっぷり浸かっている軍関係者が西の都市のやり方に我慢できるとは思えない。
「東の都市は西との同盟を結んだと聞く。それで直接西に軍を出すというよりは東に援軍を送るという形式をとらせてもらえるとありがたい」
一度そらした目を再びリョウの方に向け、フェンリルがそう申し出る。
彼なりの誠意、と見てとれた。
リョウは自分に向けられた視線に思わず即答しそうになるが、ちらっとグウィンの方を見てみる。
「西の都市の守護者はお前だ。お前が決めろ」
グウィンの視線は今までと違って柔らかくなっている。
なので。
「その申し出、お受けしましょう。確かにその件は考慮するよう伝えておきます。ただし、飽くまで形式上であるということをお忘れなく」
リョウがそう告げるとフェンリルは安堵のため息を漏らす。
どうやらこれで、ここに来た目的は果たせたようだ。
……まぁ、司殿にレジーナを使って報告するのはグウィンなんだけど。という心の声をリョウはしまっておく事にして。
「ああ、そうだ。フェンリル。気付いていると思うが、あのヴァニタス、あれは確実にここを意図的に狙っていたぞ。やつら、今は戦力のあるところは片っ端から潰しにかかっているんだろ? また狙われる前にとっとと軍を動かした方がいいかもな。下手に自衛に力を入れるより力のない者には都市を捨てる覚悟をさせた方が身のためかもしれん」
グウィンが思い出したように告げる。
確かに、今回の襲撃はわざわざ狙いを定めてきたという感じだった。
北の果てにあった水の部族の所で遭遇したリガトルの時より規模が大きかったし。
さしずめ水の部族の時のは偵察隊、今回のは襲撃隊、といったところか。
となると、グウィンが言うように目的をもってわざわざ遠征してきたということになる。少し前のグリフィスからの情報にあったように人間の戦力を潰すのが目的であることを裏付けているかのような動きだ。
こうなったら戦力は分散させておくより一所に終結させた方が敵を潰す力になる。
フェンリルもグウィンの言いたいことが分かったのだろう。
「ああ、忠告に感謝する」
素直に礼を言うと。
「出発の前に……着替えを用意した方がいいのだろうな」
主にスイレンを見ながらそんな言葉が投げ掛けられる。
そういえば。
「ああ、そういや、だいぶ勇ましい姿になったな……」
グウィンが笑いを噛み殺したような顔でスイレンを眺める。
旅に出るに当たって水の部族の近衛に近い服装になっていたスイレンだったがリョウを庇ってヴァニタスに短剣を突き立てた時に思いっきりその体液をかぶったのだ。
美しい髪の所々には黒い汚れがこびりつき、薄い紫の上着は見るも無惨に染みだらけだ。
そんななりでも、胸を張って手を腰に当て、フェンリルを睨み付けるスイレンはかなり勇ましく見える。
「……ここに、私に見合う服があるなら出してもらおうか。どうせたいした服はないだろうがな。……この汚れ、浄化がほとんど効かないのだ。ていうか、なんでリョウは汚れていないのだ!」
最後の一言は小声でリョウを恨めしそうに見上げながら。
「え、浄化って……そんなことにも使えるものなの? それに私、結界張ってたし……」
そんなやり取りをしているうちにフェンリルは新しい服の手配を始めており、とりあえずスイレンは体を洗いたいと主張して一旦部屋に戻ることになった。




